第二十一章 乱世の胎動 -11-
「それでは、わたしは中座致しましょう、パユヴァール公。賢明なご判断を期待致します」
嫌みなほど丁寧にシュヴァルツェンベルク伯は一礼し、ぼくに片目をつぶると部屋の外に出ていった。
考えてみれば、この展開は予想できたことだ。
この街には彼の手下が徘徊していたし、ヴォルフラム卿がぼくの来訪を遅いと言っていた。
あれは、エーストライヒ公の対応に比べたら遅いと言っていたのだ。
パユヴァールはエーストライヒの隣国だし、早馬を飛ばせばパユヴァール公の一行に追い付くのは難しいことではあるまい。
マイン大司教らが動くより先に、若きエーストライヒ公はとっくに手を打っていたのだ。
初めて見たときから、あの男はただ者ではないと思っていたが──本当に油断ができない。
しかし、参ったな。
あの曲者がパユヴァール公と何を話したか。
それを探り出さないと安心できないかもしれない。
「閣下、これが書状です」
ヴォルフラム卿が
動くのが大儀そうなパユヴァール公は、ヴォルフラム卿が自分の目の前に置くまで手を出そうとしない。
書状が置かれ、ヴォルフラム卿が離れてから初めて公爵は手を伸ばし、封蝋を破って書状を開いた。
書状は、ボーメン王からのものと、レナス帝領伯からのものと二通ある。
それを、パユヴァール公は時間をかけてゆっくりと目を通した。
それから、食事を続けることもせず長く思考の海に沈んだ。
「ヴォルフラム卿、使者の少年には帰ってもらっていい。わたしは、いま少し考えることとする」
暫くしてから、パユヴァール公はぼくがまだ部屋の入り口で佇んでいることに気付いた。
此処で返事をもらえるとは思っていなかったが、シュヴァルツェンベルク伯はいるのにぼくは帰されるというのはあまりいい展開ではない。
それでも、ぼくは大人しく引き下がり、パユヴァール公の許を辞した。
此処で政治的に力のないぼくがごり押ししても、いい結果が出るはずがない。
それよりは、レオンさんたちと合流し、ルイーゼさんを頼った方がいいだろう。
「有難うございました、ヴォルフラム卿。お陰で書状を渡せました」
「ふん、あの史上最高の大会と言われた去年のフェストの優勝者と知り合えたのだ。こちらこそ光栄である」
部屋の外で礼を言うと、ヴォルフラム卿は髭を撫でながら唇を歪めた。
口はあまりよくないが、この人は悪い人ではなさそうだな。
あの如何にも典型的な無能な貴族っぽいパユヴァール公に比べれば、かなりましな気がする。
階段を降りて一階まで行くと、そこではシュヴァルツェンベルク伯が待ち受けていた。
テーブルに座っていたとかではなく、階段の下に立っていたのだ。
「ティアナン・オニールが、まだ卒業もしていない手駒を使い始めるとは驚きですねえ。それだけ持ち駒が払底したのか──はたまたこの駒がよほど優秀なのか」
「なに、ボーメン出身の人間を腹心にするエーストライヒ公の度量にはかないませんよ」
実際、シュヴァルツェンベルク伯はカレルと同じイェルニク家の出身だ。
本来なら、ボーメン王を支える立場である。
それが政敵のエーストライヒ公が信頼をして使っているのだから、その胆力は大したものだ。
だが、シュヴァルツェンベルク伯はその切り返しには特に怒りも喜びも見せず、面白そうな表情でぼくを見つめた。
「ティアナン・オニールは、
「有難うございます。ついでに、外に三人いる貴方の配下にも、ぼくを追わせないようにしてもらえますか。ま、どうせついてこられないんですがね」
宿の中からは外は見えないが、来たときにはいなかった気配が三つ増えていた。
気配の消し方も上手く、ただの兵ではないのは丸わかりである。
ぼくの指摘を受け、シュヴァルツェンベルク伯はやれやれを両手を広げた。
「フェストの優勝者に見張りを付けるなんて無駄だと悟りましたよ。流石に、あの化け物揃いの昨年大会を制しただけはありますね」
「ま、単純な一対一の戦闘だけでなく、総合的な手強さでいえば、シュヴァルツェンベルク伯、貴方はあの大会で二番目に厄介な方でしたよ」
「おや、わたしも認めていただけますか」
右手を胸に当て、シュヴァルツェンベルク伯は恭しく礼を取った。
「光栄ですね。で、一番の難敵はやはり、レナス帝領伯ですか?」
「いえいえ」
ぼくも合わせて礼をすると、外に向かって歩き始める。
「
そのぼくの答えに、シュヴァルツェンベルク伯は頭を押さえ、面白そうに笑い出した。
あれは、ぼくと同じことを思っていたのであろう。
コンスタンツェ・オルシーニほど、あらゆる意味で隙を見せられない人物は、あの出場者の中にはいなかった。
だが、コンスタンツェさんは、味方の方が信用できない。
優しそうな笑顔を浮かべたまま、平気で背中を刺してきそうだ。
でも、そう感じ取れるだけまだわかりやすいのだろうか。
「また、フランヒューゲルでお会いしましょう」
背中から、シュヴァルツェンベルク伯の声が追い掛けてくる。
ぼくはもう返事を返さず、外に出た。
一度、
そう思った瞬間、咄嗟の勘でぼくは
銃声とともに、ぼくのいたところに弾着がある。
この気配のない狙撃。
これにはポルスカで覚えがある。
そのまま、全速で飛んでその場を離れた。
しかし、面倒な護衛を連れてきているじゃないか、シュヴァルツェンベルク伯め。
味方の選帝侯もそうだが、ボーメン王の暗殺も警戒しなきゃいけなくなったなあ。
とりあえず、フランヒューゲルに戻って、
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