第二十二章 選帝侯会議 -1-
フランヒューゲルには、続々と選帝侯会議の参加者が集結してきていた。
マイン大司教ダニエル・フォン・リーベンシュタイン。
ヴィオルン大司教ルーブレヒト・フォン・ヘッセン。
トレヴェリンゲン大司教オットー・フォン・ツェーリンゲン。
レナス帝領伯アルトゥール・フォン・ビシュヴァイラー。
パユヴァール公フェルディナンド・フォン・ホーエンローエ。
ザッセン辺境伯ハインリヒ・フォン・ザルツギッター。
ブランデアハーフェル辺境伯ヨハン・ゲオルグ・フォン・ローゼンツォレルン。
これだけの大貴族に加え、ボーメン王ヴェンツェル・フォン・リンブルクと、エーストライヒ公ユリウス・リヒャルト・フォン・ヴァイスブルクという二人の皇帝候補が来ているのだ。
市内の混雑は最高潮に達し、このさほど大きくない都市が国中の注目を集めていた。
やっとレオンさんとルイーゼさんと合流できたぼくは、ハンスを交えて四人で情報の交換をしていた。
レオンさんの宿はレーベン広場の一等地にある。
なぜこの時期にこんないい場所が取れているのかと聞くと、どうやら聖修道会に手を回してもらったらしい。
ちえっ、ぼくもそうしてもらえばよかった。
「──成る程、
煙草の煙を吐き出すと、レオンさんは天井を見上げた。
「それじゃ、パユヴァール公は向こうに取り込まれているかもしれねえな」
「そうですわね。こういう工作に関しては、彼の右に出る者はいませんわ」
「し、しかし、こちらからもかなりの条件を提示しています。それでも目がないんでしょうか」
否定的な二人の意見に、ハンスは立ち上がって声を張り上げた。
レオンさんは目深にかぶった帽子を押さえると、天井を見上げたまま言った。
「向こうの条件がわからないことにはな。誰か、それについて探りを入れたのか?」
「いえ──レナス帝領伯はパユヴァール公とそれほど親しくないので──」
「お前の親父さんは。少なくとも、ザッセン人の旗頭として諸侯と渡り合ってきた男だろう」
「いえ、父はまだ──ただ、明日パユヴァール公と会う予定のようです」
「それなら、お前の方が早いな。なあ、ルイーゼ」
レオンさんは身を起こし、煙草を自前の灰皿に押し付けた。
苦笑したルイーゼさんは、ハンスに座るように合図すると口を開いた。
「リンブルク家派の諸侯にはやる気が見られませんわね。後手を踏まされているようですわ」
「ああ。おれたちは手助けはできるが、あくまで補助的な仕事だけだ。本来なら
レオンさんは暫く卓の上で指を叩いていたが、やがて考えをまとめると閉じていた目を開いた。
「ルイーゼに、ヴァイスブルク家の条件を聞き出してもらう。ハンスはそれを親父さんに伝えて明日の会見に生かしてもらえ。それと、
ぼくは護衛役か。
まあ、大抵の相手なら防げると思うけれど、相手は
感知ができない相手だと、結構きついな。
「アラナン、狙撃ってのは、大抵狙う場所は決まっているんだ。どの位置が怪しいかわかっていれば、お前なら気付くはずだ」
不安が顔に出たか、新しい煙草を咥えながらレオンさんがぼくに言ってきた。
成る程ね。
漠然と全方向を探らなくても、狙撃の場数を踏んだレオンさんなら、相手のいる場所を予測できるわけだ。
だが、そいつは経験を積んだレオンさんならではだ。
残念ながら、いまのぼくでは一見で危険な狙撃場所を見抜く力はない。
ハンスの紹介があったので、ザッセン辺境伯の護衛には滞りなく付くことができた。
ハンスの父、ハインリヒ・フォン・ザルツギッターは、如何にも厳格なザッセン人貴族らしい容貌である。
刈り込まれた髭に、鷹のような眼光。
人に命令することに慣れた視線は、まさに大貴族に相応しい。
少なくともパユヴァール公よりは意志と知性を感じさせるが、それならもう少し主体的に動いてほしいところだよね。
「貴様がアラナン・ドゥリスコルか。腕は立つそうだが、あまり動かれると目障りだ。大人しくしてるんだな」
ハンスの父親は、冷たい目でぼくを見てきた。
息子とはちょっと違うようだな。
「
「帝国から追放されたというのに、大胆不敵な連中だ。無論、見つけ次第始末させるがね」
ザッセン辺境伯は、貴族の中では割りと評判はいい方だ。
頭の固い守旧派ではなく、新しい聖修道会とも手を組み、自由都市の商人とも繋がりを作っている。
でも、この初見の印象は、そんな噂とはかなり異なるものに映った。
──わざとだろうか。
息子の友人として相応しいか、見極めようとでも言うのだろうか。
正直こんな状況で勘弁してくれとも思うが、
大人しく、敵の発見と撃退に勤めよう。
パユヴァール公と面会してきたルイーゼさんは、ちゃんとエーストライヒ公の条件を聞き出して来てくれた。
向こうは、パユヴァール公にレツェブエル公、ブルグンド伯、フランデルン伯の爵位を約束していた。
レツェブエル公とブルグンド伯はいま宙に浮いている爵位だからわかるが、フランデルン伯はヴァイスブルク家の一族で継承している爵位だと言うのに、よく出す気になったものだ。
この三つだとエーストライヒ公爵位をより旨味がなさそうにも思えるが、フランデルン伯爵領を手に入れることで海洋貿易に打って出られるのは大きい。
しかも、戦いに勝たないと回ってこないエーストライヒ公爵位より、こっちの方が実現性が高い。
そして、もうひとつ約束している内容があった。
それが、帝国宰相だ。
「──ありえん。帝国の宰相はマイン大司教に付随する職だ。それを、パユヴァール公に与えられるはずがない」
それを聞いたザッセン辺境伯は、初めルイーゼさんの報告を信じなかった。
だが、ルイーゼさんは確かにパユヴァール公から聞いたと言い張り、自説を曲げなかった。
「だが、マイン大司教が承知するはずがない」
それが事実なら、エーストライヒ公の爵位よりパユヴァール公が魅力を感じる可能性はある。
しかし、そんなことをしたらルウム教会が黙っていないはずだ。
「それが、どうやらエーストライヒ公は、聖修道会の帝国での禁教と引き換えに教会に飲ませたらしいですわ」
ザッセン辺境伯が唸った。
ルイーゼさんの聞き出す手腕もお見事だが、敵の政治力も大したものだ。
若いエーストライヒ公の力なのか、シュヴァルツェンベルク伯の手腕なのかはわからないが、きちんと有効な手を打って会議に臨もうとしている。
帝国宰相位を越えるものとなると、すぐには思い付けない。
ザッセン辺境伯の眉が、大きく寄った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます