第十九章 白光の脅威 -4-

 太陽神の翼エツィオーグ・デ・ルーを翻し、円眼の巨人キュクロープに向かって飛ぶ。

 ヴァイセスリヒトの動きは巨体の割には速いが、それでもぼくほどではない。

 真円の眼の正面に入らなければ、白の閃光を食らうことはないはずだ。


 だが、それにしても何というでかさだ。

 近付いてみて、改めてその巨躯に膚に粟が立つ。

 大木も凌駕するその高さは、まるで城塔のようだ。

 タスラムでも、ゲイアサルでも障壁を突破すらできない。

 シピの援護の魔法が飛ぶが、無論かすり傷ひとつ付かないだろう。

 太古の巨人は神々と争ったというが、納得せざるを得ない。

 ファリニシュくらいじゃないと、対抗できないんじゃないか。


 暴風のように槍が振り回されているが、掻い潜ることは容易い。

 懐に入り込んで、フラガラッハを振るう。

 飛竜ワイヴァーンすら紙のように両断した神剣の斬れ味。

 その秘密は、神剣に仕込まれた破魔の魔法陣にある。

 ぼくの魔法陣マジックスクエアなどとは比べ物のならぬ完成度のその力で、魔力障壁マジックバリアごと易々と断ち割れるのだ。


 だが、その刃をもってすら、巨人の厚い筋肉と骨を断ち切ることは不可能であった。

 肩口から斬り下げた刃は、皮膚と僅かな肉を斬ったのみで弾かれる。

 何という分厚い肉であろうか。


太陽の剣スパシー・トウ・イリオウ──」


 再生を始める傷口に手を当てると、巨人はフラガラッハを嫌なものを見るような目付きで見つめた。


忌々しい神の使徒めアナセマ・アポストロス・トウ・セオウ!」


 猛り狂った叫びを上げると、巨人の槍を振り回す速度が更に速くなる。

 それでも、太陽神の翼エツィオーグ・デ・ルーの速度には及ばず、数度巨人の腹や胸を裂く。

 だが、斬り裂いた傷口も、すぐに再生がかかって短時間で癒えてしまっていた。

 正直、倒せる気がしないな、これは。


 急所攻撃しかないと思ったが、流石に急所を攻撃できるほど隙がない。

 巨体とは思えぬ素早い動きで、急所だけは避けてくるのだ。

 時折発射される白の閃光も厄介で、周囲の大地は完全に木々が薙ぎ倒され、足の踏み場もないほどであった。


 不意に、巨人の影が伸びて足に絡み付いた。

 シピが影魔法の距離に入ったか。

 ヴァイセスリヒトの足が止まり、上体も大きくぐらつく。

 これほどの隙は二度とないかもしれない。

 フラガラッハを握り締めると、一気に地上五十フィート(約十五メートル)の高さに駆け上がる。

 狙いは一点。

 あの、真円の眼だ。


 だが、一直線に真円の眼を貫くかと思った瞬間、いきなり巨人の姿が消失した。

 勢い余ってもう四、五フィート(約一メートル半)ほど上昇したところで、急制動をかけて止まる。

 何があった。


「シピ! 巨人が消えた!」


 駆け寄ってきたシピは、目を閉じて鼻と耳を動かしていたが、やがて口を開いた。


「恐らく虚空に退避したわね。神話の巨人ならではの技でしょうけれど、逆に利用もできるわ」


 シピは大地に複雑な紋様の魔法陣を描くと、そこに血を数滴垂らし、何かを呟いた。

 すると魔法陣マジックスクエアが光輝き、聖なる魔力を放ち始める。


「とりあえず、簡単な封印の術式を施しておいたわ。暫くは出てこれないはず。後で、大魔導師ウォーロックの手が空いたら、処置を相談しましょう」

「──放置していいのか?」

「アラナン、ヴァイセスリヒトを復活させた連中が、放置するはずがないでしょう。じきに此処を突き止め、封印を破るわ。でも、同時にわたしはその犯人が誰か知ることができるというわけよ」


 何だ、この封印の魔法陣は囮ということか。

 流石、シピ・シャノワールだ。

 裏で糸を引く連中を突き止める算段も考えていたんだな。


「とりあえず、小鬼オルクを片付けましょう。大鬼オルク・ハイも出ていたわ。ちょっと、彼らには荷が重いかも」

「急ごう。ぼくは、先に行く」

「あら、後からいらっしゃいな」


 太陽神の翼エツィオーグ・デ・ルーで飛ばそうと思ったぼくを置いて、シピが黒猫の姿で影の中に消えていった。

 影渡りシャドウムービングで先回りか。


 慌てて、空を飛んで引き返す。

 ちょうどいいから、このまま小鬼オルクの後背を突いて挟撃といこうか。


 巨人に荒らされた地域を脱し、暫く飛ぶと小鬼オルクの小集団の中に、大鬼オルク・ハイがいるのが目に入る。

 即座にタスラムで周囲の小鬼オルクを一掃し、ゲイアサルの一撃で大鬼オルク・ハイの頭を吹き飛ばす。

 小集団を殲滅するのに、瞬きほどの時間しか掛けていない。


 そのまま更に戻ると、再び小鬼オルクの小集団を率いた大鬼オルク・ハイが現れる。

 同様にして瞬時に屠ると、更に突き進む。

 すると、次第に小鬼オルクが増え始めてきた。


 タスラムを乱射しながら、小鬼オルクの大軍の中に突っ込んだ。

 瞬く間に十数体の小鬼オルクを薙ぎ倒すと、木々の向こうからユルゲンの怒号が聞こえてきた。

 あいつはまだ持ちこたえているようだな。


 光弾リヒトクーゲルの連射音が別の方角から聞こえてきたので、そちらに向かう。

 立ち塞がる小鬼オルクの首を斬り飛ばし、流星のように小鬼オルクの中を駆け抜けると、レオンさんが三人の学院生を守りながら群がる小鬼オルクを撃ち倒しているのを発見した。


「レオンさん!」


 周囲の小鬼オルクをタスラムと風刃グィーの掃射で挽き肉に変えると、宙を駆けてレオンさんの傍らに降り立った。


「早いお帰りだな。円眼の巨人キュクロープも|ソーセージ

《ヴルスト》の材料にしてきたのか?」

「いえ、臨時に封印したんですが、退治はできていません。シピが、小鬼オルクの処理を優先すると」


 レオンさんの後ろでは、ヘルマンとアリステーアが座り込んでいた。

 魔力が尽きて、戦闘継続が難しくなったようだ。

 イザベルが二人を守るように立っているが、彼女も疲労困憊のようである。

 やはり、初等科生や中等科生にはこの数はやや荷が重かっただろうか。


「この分だと、マクシミリアンも限界でしょうか」

「だろうな。だが、ユルゲンにはルイーゼを付けてある。アラナンが来たということは、シピも戻ってきたのだろう。なら、大丈夫さ」


 煙草を取り出しながら、レオンさんは接近しようとする小鬼オルク光弾リヒトクーゲルを撃ち込む。

 そして、一本咥えると火を点け、大きく煙を吐き出した。


「ふー、これでもう一回戦戦えそうだぜ。アラナン、お前も此処はいいから敵の中に入って狩り立ててくれ」

「はい」


 大きく頷くと、堅い顔のイザベルの肩を叩き、親指を立てた。


「よくヘルマンとアリステーアを守ってくれたね。大丈夫だ。後は、ぼくが小鬼オルクを殲滅するよ。だから、そんなに緊張しなくてもいいんだぜ」

「は、はい!」


 イザベル・ギーガーの指は、強く剣を握り締めすぎて白くなっていた。

 責任感はわかるが、これでは柔軟な動きはできまい。

 レオンさんが自ら前線に出て、三人を守る戦術に切り替えたのもわかる気がした。

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