第十九章 白光の脅威 -5-

 レオンさんの周囲の敵は掃討したので、ユルゲンの方に駆けることにする。

 こちらの敵影も濃いが、おびただしい数の死体もまたたおれていた。

 多くは鋭い刃で切り裂かれたものだが、肉厚の重い鋼で潰された死骸もあった。

 ルイーゼさんに負けないよう、ユルゲンも頑張っているようだ。


 激しい金属音が響いたかと思うと、大鬼オルク・ハイの咆哮が聞こえてきた。

 ユルゲンの持ち場に、危険な魔物も紛れていたようだ。

 群がる小鬼オルクに弾丸を浴びせながら、声が聞こえる方向に走る。

 小鬼オルクの数は全体的にかなり減ってきていたが、その周辺だけはまだ大量に残っていた。

 風が渦巻き、闇の触手が伸びていたが、殲滅するより増殖する速度の方が速かったようだ。


 だが、ぼくが加わったことで殲滅の速度が一気に上がったことと、そもそも増援の小鬼オルクをぼくが片付けてしまったために、すぐに小鬼オルクの圧力が薄くなった。


 大鬼オルク・ハイと大剣を撃ち合っているユルゲンを放置し、とりあえずルイーゼさんの隣に駆けつける。


 流石のルイーゼさんも、肩で息を切らせていた。

 魔力が尽き始めているのだろう。

 シピがあちこちを飛び回っているが、ルイーゼさんは昏倒したマクシミリアンを守ってユルゲンから少し離れた位置から動いてなかった。


「助かったわ、アラナン」

「マクシミリアンは大丈夫ですか?」

「ちょっと殴られたみたいだけれど、傷は大したことはないわ。魔力が完全に尽きただけよ」


 昏倒するまで使いきるなんて、まだまだ魔力の使い方がなってない証拠だな。

 初等科生には、いい薬になったかもしれない。

 長期戦に耐えられる魔力運用を身に付けないと、実戦では物の役には立たないのだ。

 だから、中等科生のイザベルだけが壁役を任されたわけだが──。

 最後まで壁役を務めたユルゲンの豪勇に比べたら、イザベルはまだ所詮学生レベルでしかない。

 ユルゲンは一応帝国でも名の知れた騎士だったわけだしな。

 唸り声を上げながら、大鬼オルク・ハイを頭から叩き潰していた。

 少なくとも、接近戦だけなら白銀級ズィーバーの力量はあるんじゃないか?


「大体終わったようね。少し逃げたのもいるけれど、人里に下りてくる数ではないわ。とりあえずは、こんなところでしょう」


 人間の姿に戻ったシピが木々の間から現れる。


「予定より大分数が多かったかしら。倍の人員──それも、初等科ではなく、中等科、高等科並の力を持つ冒険者で固めるべきだったわ。わたしたち、見通しが甘かったようね」


 ルイーゼさんの自嘲に、シピも頷いた。


「精々三十体くらいの数だと思っていたわ。でも、二百体はいたようね。ちょっと初等科生を入れてはいけない数だったわ。ごめんなさい、わたしの失敗よ」

「それも、工作したやつがいるんですかね?」


 ギルドが魔物の戦力情報を見誤るなんて、普通考えられない事態だ。

 だが、もし本当にそんな事態に陥ったというなら、そう誘導されたと思う方が納得できる。

 元々、今回の件は誰か背後で動いている気配があるのだ。


「可能性としては、闇黒の聖典カラ・インジールが最有力候補だと思うけれど」

「先日のベールでの掃討作戦で、ヘルヴェティアの領内の聖典の民ミズラヒムは概ねポルスカに移住したと思ったけれど」

「反撃するために残ったやつがいたってことかな。贈り物にしては、センスジンがないがね」


 向こうの小鬼オルクも一掃したのか、疲れきった学院生を連れてレオンさんが現れた。


「しかし、それなら評議会開催中のベールを狙った方がいいとは思うがね。大魔導師ウォーロック不在のフラテルニアを狙ってくるとは、やることがせこいぜ」

「──もしくは、アラナンが狙われたか、ね」


 シピがちらりとぼくの方を見る。


「あんな巨人をわざわざけしかけなくても、フラテルニアを襲撃するだけならやりようはあるはず。あの巨人はアラナンを斃すために用意されたのかもしれないわ」

「そんなに強いのか?」

「そうですね。一人で倒すのは難しいです。一撃では殺せないし、すぐ再生されるんで」


 大魔導師ウォーロックや、飛竜リントブルムあたりがいないときついよ、あれは。


「ベールから大魔導師ウォーロック飛竜リントブルムを引き離して、何かを企んでいるのかもな。で、どうするんだ、シピ」

「とりあえずは撤収よ。貴方たちも限界でしょう。向こうの出方をうかがうわ」


 レオンさんの後ろにいる三人の様子を見ると、イザベルは背筋を伸ばして直立したままであり、アリステーアはやや回復したのか一人で立ち上がっていた。

 だが、ヘルマンだけはまだ座り込んだままである。


「おい、ヘルマン。だらしないなあ。お前、ぼくと一緒に朝鍛練に参加した方がいいんじゃないか?」

「そ、それいいですね!」


 反応したのは、ヘルマンじゃなくてアリステーアであった。


「わたしも強くなって国に帰りたいんです! 鍛えて頂けるならお願いしたいです!」

「おい、アリステーア。兄貴に教わるのは弟分のおれに決まっているだろう!」


 息も絶え絶えなヘルマンが、ぼくに懇願するアリステーアの足を掴んだ。

 アリステーアはその手を振りほどくと、ぼくの手を両手で掴んだ。


「お願いします、わたしに訓練を! セルトの未来のために!」

「そ、それならわたしも参加させて頂きたく。今日のような不甲斐ない様では、ルツェーアンの護民官に叱られます」


 アリステーアの嘆願を聞いて、イザベルまで同調してきた。

 ふーん、やる気なのはいいことだな。


「別に構わないが、毎日早朝にやっている鍛練を一緒にやるだけだぞ。それでも構わないなら、日の出前に菩提樹リンデン亭に来るんだな」

「はい!」

「了解しました」

「おい、おれもだ、おれも!」


 ちょうどいいか。

 あのヴォルフガングに初等科中等科の連中が総なめにされるのも面白くない。

 こいつらを鍛えて、少しは試合になるようにしてやろうかな。


「おい、もう解散でいいなら、おれは帰るぞ。早く水でも浴びたいわ」


 ユルゲン・コンラートは、この戦いで最も奮闘していた功労者であった。

 全身小鬼オルクの血を浴びて赤黒く染まっていたし、鎧もあちこち凹んでいたが傷はないようだ。

 シピは頷くと、報酬は各自の口座に入れておくということで解散を宣言した。

 ユルゲンは一人でその場を去り、シピも影渡りシャドウムービングで戻っていった。


 ぼくたちも帰ろうかと思ったが、もう暗くなっていたので、とりあえずツークの街に向かい、そこで宿をとることにした。

 マクシミリアンは一人で帰ろうとしたが、夜は危険なのでそれは止めた。

 ユルゲンならともかく、マクシミリアンじゃ一人で歩かせられない。


「ツークじゃ湖の魚料理でも食いますか、兄見」


 飯の話で元気が出てきたのか、ヘルマンが先頭に立って進んでいる。

 そういや、こいつもかなりの食いしん坊だったな。


「現金なやつだな。褒賞金出るんだから、自分の分は自分で出せよ」

「そういや、ヘルマン」


 浮かれるヘルマンに、アリステーアがにこやかに笑いながら言った。


「貸していた金貨一枚、これで返せるわね。宜しくね」

「ええっ、それじゃほとんど残らねえ……」


 ヘルマンは崩れ落ちた。

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