第十九章 白光の脅威 -2-

 ヘルマンとアリステーアに誘われ、久しぶりに冒険者ギルドに出掛けた。


 仕事をしなければならぬほど金に困っているわけではない。

 だが、フラテルニアの南にあるヴィルトシュピッツ山に、小鬼オルクの集団が移ってきたらしい。

 ギルドが冒険者に召集をかけたのだ。

 学院の生徒は強制されないが、放ってもおけないだろう。


 ギルドに入ると、見慣れた面子が揃っていた。

 中央の奥にはシピ・シャノワール。

 ぞの両隣には、レオンさんとルイーゼさんがいた。

 ポルスカから戻って来ていたんだな。


 他に学院生で来ていたのは、マクシミリアン・フォン・ティロールとイザベル・ギーガーだ。

 落ちぶれ貴族は金に困ってのことだろうが、護民官の部下は義心にかられてのことか。

 

 そして、ベールにいたはずのユルゲン・コンラート・フォン・ツェーリンゲンが、威張った顔で一番前に座っていた。

 ユルゲンの隣にいるのは、あのヴォルマーか?

 いけ好かないやつが揃っているな。


「来たのね、アラナン。これで目処が立ったわ。ちょうど人手が足りないところだったのよ。みんな出払っていてね」

「たかが小鬼オルクの集落でしょ? レオンさんとルイーゼさんだけでも余裕じゃないの」

「そのレオンが偵察に行ってきてね。小鬼オルクは逃げてきただけのようなのよ。ベルクヴァイセ山に棲むと言われている円眼の巨人キュクロープ、ヴァイセスリヒトに逐われてね」

円眼の巨人キュクロープだと? そんなのお伽噺の存在じゃねえのかよ」


 嘲笑うようにヴォルマーが言った。

 無理もない。

 円眼の巨人キュクロープヴァイセスリヒトと言えば、前に見た丘巨人ベルグフォルクなんかと違って神話の時代から名が残る怪物だ。


白き山ベルクヴァイセに封印されていたはずなのよ。だれかが封印を解いて、こちらに向かわせたんでしょうね」

「じょ、冗談じゃないぜ! 青銅級ブローンセのおれらを危険度ロートと戦わせる気かよ!」

「そんなわけないでしょ、ヴォルマー。円眼の巨人キュクロープは、わたしとアラナンで相手をするわ。他の人は、レオンの指揮で小鬼オルク退治よ」


 おかしいな。

 ぼくも青銅級ブローンセだったはずだが、それは無視なのかな。


「フェストの優勝者をただの青銅級ブローンセと一緒にするはずないでしょ」


 ぼくの顔色を読んだが、しゃあしゃあとシピが言った。

 ちえっ、読心リーディングを使わなくても、いつもシピには心を読まれるな。


「昨日アルトドルフの冒険者ギルドの青銅級ブローンセ冒険者が三人殺された連絡が入ったの。円眼の巨人キュクロープは、北上を続けている。もう今日には、シュヴァイツの領域に入っていると思うわ。このままでは山を下りて、ツークに現れる。その前に何とかしないと」

「フラテルニアだけを目指しているのか。人里を避けて、ベルナー山脈をずっと駆け抜けてきたというのか」

「何らかの意図をもって動いているのは確かでしょうね。それでは、状況は掴めたかしら。先に小鬼オルクと遭遇すると思うから、わたしとアラナンも途中までは一緒に行くけれど、準備がよければすぐにでも発ってちょうだい」

「いやいや、支部長。こいつはちょっと危険すぎる。おれは降ろさせてもらうぜ──懲罰金は払うから文句ねえよな」


 両手を広げながら、ヴォルマーが立ち上がる。


「ヴォルマー、貴方はこの中では一番の古参じゃない。その貴方が真っ先に降りているようじゃ、示しが付かないわよ」

「はっ。命には代えられねえ。それに、そこの坊主と一緒に仕事をするのも、ごめんだしな」


 ヴォルマーが指差したのは、ぼくである。

 ふん、人に絡んでおいて返り討ちにされた程度のことで、まだ恨んでいるのか。


「構わん。小鬼オルク程度なら、前衛はおれ一人でも何とかなる。援護の駒は揃っているしな」


 腕組みをしたままユルゲン・コンラートが言った。

 こいつは金を稼ぐためには、ぼくと一緒の作戦でも文句はないらしい。


「ただし、学院のがきどもが死んでも、おれは一切責任は取らねえぜ。自分の身は自分で守れるやつだけ来るようにしてくれ」

「へっ、小鬼オルク程度、大したことねえぜ。このヘルマンさまにかかればな!」

「ああ──何処かで見たと思えば、お前フランデルン伯の息子──」

「え、おれを知っているって──あ、ツェーリンゲンの雄牛ツェーリンゲンス・リンダーヴァーン!」


 お互い帝国貴族の子弟だけあって、顔を見たことはあるようであった。

 雰囲気を見た感じでは、それほど親しい間柄でもなかったようであったが。


「フランデルン・ヴァイスブルク家の問題児が、まさか学院に入っているとはな。厄介払いか?」

「へっ、てめえこそツェーリンゲン家を追い出されたそうじゃねえか。親父さんの自慢の息子じゃなかったのかよ」


 心温まる交流の後、互いにふんと顔を背ける。

 いやあ、息の合ったパーティーになりそうだな。


「レオンさん、こんな連中で大丈夫ですか?」

「──アラナン、冒険者にとって一番大事なことを知っているか?」


 レオンさんに問いかけると、彼は足を組んだまま煙を天井に向けて吐き出した。


「え、魔物を退治することですか?」

「健康に気を使って、朝には野菜ジュースを一杯飲むことさ」


 そう言うと、レオンさんは片目をつぶった。


「あら、いつもそうだと嬉しいのだけれど」


 くすくすルイーゼさんが笑うと、澄ました顔でレオンさんは煙草をふかした。


「月刊冒険者アーヴァンタイラーに載せる予定だぜ」

「肝に命じておきます」


 ぽんぽんとレオンさんはぼくの肩を叩くと、立ち上がってみなに出発を告げた。


「さあ、行くぞ。日暮れまでには、ヴィルトシュピッツ山に到着する予定だ。もたもたするな」

はいヤヴォールロイスダール殿ヘル・ロイスダール!」


 真っ先に返事をして動き出すイザベル・ギーガー。

 冒険者というより、この子は兵士だな。

 中等科生だし、学院生の中では一番頼りになりそうだ。


 次に、アリステーアがヘルマンを立たせながらその後に続く。

 初級迷宮でいつも班を組んでいるだけあって、何だかんだでアリステーアはヘルマンの面倒をよく見ている。

 逆にいえば、ヘルマンは一人では危なっかしいのだろう。

 腕っぷし以外は子供みたいなものだ。


 マクシミリアン・フォン・ティロールは、よくわからない。

 あまり喋らないからな。

 だが、ヘルマンを見る目は好意的ではないのは確かだ。

 ティロール伯の爵位を奪ったヴァイスブルク家に恨みを持つのは当然かもしれないが──ヘルマンは全く関係ないと思うがな。


「じゃ、おれはこれで。悪く思うなよ」


 回りに流されずに、ヴォルマーは自分の意志を貫き、立ち去っていった。

 特に誰も引き留めないのは、ヴォルマーが大した戦力ではないせいか。

 まあ、小鬼オルク一体と戦うのがやっとのヴォルマーにいられるより、ユルゲン・コンラートに暴れてもらう方がいいかなって思うよね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る