第十八章 アプフェル・カンプフェン -2-
「それで、初等科の情報を知りたいんでしたっけ、兄貴」
一通り食事を終えると、やっと人心地ついたかのように大きく息を吐き、ヘルマンは天井を仰いだ。
「ああ。最近の初等科にはあまり詳しくなくてね。気を付けた方がいいのがいたら、聞かせてくれ」
「任せてください──と言いたいところっすけれど、所詮初等科ですからね。大したやつはいないですぜ。去年の優勝班のセヴェリナ・クラニツァールも中等科に進みましたし」
「主要班の面子だけでいいさ。ノートゥーン伯の班から行くか」
「マクシミリアン・フォン・ティロールですか? 零落した落ちぶれ貴族が一旗上げてやろうってんで、かなりこすっからい手を使ってきますね。魔力も剣も大したことはないんですが、策を弄するのは好きみたいですよ」
マクシミリアンはランキングも十位くらいと高くはない。
ノートゥーン伯は、何で彼を選んだんだか。
「マリーとハンスの班には、誰が入ったんだい」
「はあ、これが厄介なやつで──最近入ってきたんですが、何と皇帝推薦の騎士なんですよ。ヴォルフガング・フォン・アイゼンブルク。話によると、
「へえ、いつの間に──成る程、ハンスが気に入りそうだな」
「そうなんで──実際、対戦したらおれも負けそうなんすけれど、いい助言とかないですかね」
「勝て」
「助言にもなってねーっす! 冷たいっすよ、兄貴!」
だってなあ、相手を見てもいないのにどう助言しろってんだ。
第一、こいつがそんなに殊勝な柄か?
初めてあったときは、もっとこう、柄の悪いチンピラみたいな雰囲気だったぞ。
いまは─まあ、チンピラの舎弟みたいな雰囲気か。
そう考えれば、そんなに変わってないのだろうか。
「仕方ないだろ──ぼくは、そのヴァルフガングって新入生を知らないんだから。しかし、それほど腕が立つっていうなら厄介だな。カンプフェンは、三人でやるものだからな。マリー、ハンス、ヴァルフガングとそれぞれが自分の身だけを守ればいいなら、その班の攻撃力は桁違いに上がる」
うちの班は、カレルもヘルマンも初等科生相手なら何とかなるが、中等科生相手には厳しい。
ぼくが守ってやらないと、林檎を取られてしまう。
だが、マリーの班は全員がアタッカーになれるということだ。
「──後でカレルと相談だな。で、ジリオーラ先輩の班は誰が入る?」
「そっちはそっちで面倒なやつっす。いや、腕は大したことはないんですが、ルベークの商人ギルド本部の送り込んできたギーゼラ・リヒターって曲者の女っす。ランキングは十五位くらいをうろちょろしてますが、やたらとすばしっこいんで、捕まえるのが難しいんすよね」
成る程、大将たる初等科生に攻撃力はいらない。
奪われないよう、逃げ回ればいいという作戦か。
「しかし、商人ギルドが魔法学院に来てどうするんだろう。商人が戦いをするのかな」
「あれ、意外と海の情勢には詳しくないっすね、兄貴。ブラマンテの姉御から聞いてないっすか? 商人ギルドの艦隊は、ダンメルク王国やアルビオン王国の艦隊としょっちゅうぶつかってますよ。まあ、海の覇者はスヴェーア王国の海賊どもなんで、こいつらが出たらみんな逃げるんですけれどね」
アルビオンの東に広がるノルトゼ海と、スヴェーア王国のある
このふたつの海の覇権を、彼らは争っているのだという。
となれば、当然武力も必要になるわけか。
大陸の南、ノストゥルムの内海の覇者たるジュデッカの商人だったジリオーラ先輩と同じ班ってのも、偶然ではないだろうな。
もっとも、スパーニア王国の艦隊が、西にある新大陸との航路を切り拓いたので、この情勢もどうなるかわからないらしい。
「へー、流石、フランデルンにはブルーゼという商業都市があるだけに詳しいね。大したもんだ」
「いやー、これでなかなか厳しいんすよ。元々八百年くらい前はフリースラントの商人が力を持ってたんですがね。スヴェーア人やデーン人のでかぶつたちが暴れまわったんで追い払われ、ちょっと南にいたおれたちフランデルン商人が力を持ったんですよ。でも、帝国がルベークを作って北方との交易を奨励すると、必然的にこっちゃあ苦しくなってきやすんでね……。いい日ばかりは続きませんや」
どうやら、商人にも熾烈な争いがあるようだな。
ヘルマン意外と色んなことに詳しいし、実は頭がいいんじゃないか、彼は。
「まあ、そのギーゼラって子を逃げ回らせて、ジリオーラ先輩とアルフレートの二枚アタッカーで来るんだろう。此処も手強そうだ」
「後有力な班と言えば、ティナリウェンの班と、トリアーさんの班っすね。イシュマール・アグ・ティナリウェンと組むのは、中等科はセヴェリナ・クラニツァール。去年の優勝班っす。初等科では、グランビアン王国から来たアリステーア・マクニールって女ですね。セヴェリナはご存じだと思いますが、まだ中等科のランキングは二十位前後と大したことはありやせん。アリステーアは初等科ランキング二位でなかなかのもの。初級迷宮も一緒に行っているんですがね。よく気が付くいい子なんですわ」
何だ?
最後の方は惚気に聞こえたけれど、気のせいか。
それにしても、グランビアン王国から人が来ているとは、知らなかった。
グランビアン王国は、アルビオン王国の北にある小さな国だ。
エアル人と同様、グランビアン人はセルト民族の末裔であり、現存する数少ないセルトの王国なのだ。
そこから来ているというのに、挨拶もしないなんて宜しくないな。
よし、今度暇そうなときに会いにいくか。
「ちなみに、アリステーアは兄貴の熱狂的なファンでして……兄貴のところにも班に入れてくれと何度も行ったはずです。凄いのっぽの女がいたと思いますが──」
「え、ああ──そういやいたね。赤毛のポニーテール。あれがアリステーアか」
「ええ。すげえケチなのがたまにキズですが、しっかりしてるやつですよ。判断がいいんで、手強いやつです」
ふーん。
ぼくの熱狂的なファンってまだいたんだなあ。
初等科の女の子には避けられていると思ってたよ。
そういや、あの子は随分熱心だったな。
男ばっかり群がってきたから、印象に残っている。
「トリアーさんの班には、中等科からイザベル・ギーガー。彼女はルツェーアンのマティス護民官の愛弟子だとか。中等科ランキングは七番目くらいでそれなりですね。初等科からは、ジェレミー・フランソワ・ド・シャルトワ。こいつは、ロタール公の息子ですね。初等科ランキングは五位でまあまあっす」
へえ、ロタール公の息子って──そいつは一大事じゃないか!
何でまた、学長はそんなの受け入れたんだ!
マリーにどんな手出しをしてくるかもわからないのに!
「そ、そのジェレミー・フランソワってどんなやつなんだ」
「そ、そうすね。ティオンヴィル
よし。
トリアー班は、初めに潰そう。
聞いておいてよかったよ、うんうん。
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