第十八章 アプフェル・カンプフェン -1-

 十二月になると、フラテルニアの風は冷たさを増す。

 五度を上回ることは滅多になく、氷点下になることも珍しくない。


 雪がちらつくこの季節になると、学院はあるお祭りの話題で騒然となる。

 初等科生から高等科生まで、数人で集まってはひそひそと話し合う。

 何の話かは、聞かなくてもわかっている。

 年末最大のイベント、林檎争奪戦アプフェル・カンプフェンだ。


 これは学院の生徒交流の一貫として行われるもので、高等科生、中等科生、初等科生それぞれ一名ずつからなる班で参加するのだ。

 ルールは簡単で、頭の上に結び付けられた林檎を、それぞれの班で奪い合うというものだ。

 林檎を取られた者は、その場で失格。

 更に、初等科生の林檎が奪われた場合、他の二人がまだ生き残っていても失格である。

 基本的に武器の使用は禁止、直接相手を攻撃する魔法も禁止である。

 そして、神聖術も禁止されるため、意外な班が勝ち残ったりするのがこの祭りのいいところだ。


 ちなみに、去年優勝したのは、ジリオーラ先輩、マリー、セヴェリナの班だ。

 ぼくは、クリングヴァル先生の強化訓練中で、残念ながら参加していない。


 優勝した班には、学長から高価な魔法のアイテムが贈られる。

 去年の賞品は、小さな懐中時計であった。

 ペンダントの形になっていて、蓋を開けると中に時計が仕込まれている。

 本人の微弱な魔力を吸って動き続けるので、基本的に狂うことはないとか。

 装飾品としても見事で、女性陣は狂喜したらしい。


 これで、一番問題となるのは、班の編成だ。

 学院の高等科生は十六人。

 中等科生が二十五人。

 初等科生が四十二人。


 つまり、中等科生や初等科生からは、あぶれる者が大量に出る。

 一応学院は救済措置として、あぶれた者同士での班編成も認めているので、参加できないということはない。

 お祭りだからな。

 だが、人気の高等科生のところには、下級生が自分を選んでほしいと殺到するわけで。

 ぼくら学長の教え子たちは、班に入れてほしいという下級生たちに付け狙われる毎日を過ごしている。


「でも、ほとんど決まっているんだろう?」


 そんなぼくの愚痴を聞いていたハーフェズが、ちょっと顎を上げながら唇を尖らせた。


「まあね。カレルとヘルマンと組む。何だかんだでカレルとは話も合うし、面白いことを考えているからな。ヘルマンは──まあ、うるさいから仕方がないや」

「賑やかそうだな」


 皮肉っぽい微笑みは、如何にもハーフェズらしい。

 この微笑みにむかついたことも何度もあったが、暫く見られないと思うと寂しいものだ。


 ハーフェズの帰国の日が、迫ってきていた。

 もう、出発の準備はできていて、ギルドの用事で出払っているダンバーさんが戻ってくれば、すぐに発つらしい。


「ま、ハーフェズのいない林檎争奪戦アプフェル・カンプフェンなんて、楽勝もいいとこさ。学長が何をくれるのか、楽しみだよ」

「エリオット・モウブレーがいるだろう。彼は誰と組むんだ」

「ビアンカと──マクシミリアン・フォン・ティロールとかいうパユヴァール公の推薦で入ったやつだな」

「ティロール家といえば、ティロール伯の家柄ではなかったか?」

「いや。いまのティロール伯はヴァイスブルク家が持っているよ。何代か前に相続争いで負けた分家の末裔だろうな。ティロール伯爵領は、皇帝が戴冠のためにルウムに行くときに通る交通の要所だから、抜け目なく押さえているね」


 ぼくのところには来ず、初めからノートゥーン伯に絞って働きかけていたのが効を奏したらしく、気に入られたらしい。


「マリーがハンスと、ジリオーラ先輩がアルフレートと組んでいる。手強いのはその辺りかな。──そういや、面倒臭そうな班もあったな。ベルナール先輩と、アドリアーノと、サルバトーレの班だ。聞いただけで滅入ってくる」


 オーギュスト・ベルナールはアルマニャック王国で天才と持て囃された男で、炎の芸術家アルティスト・ド・フランムの異名を持つ属性魔法アトリビュートの大家だ。

 だが、選抜戦セレクションでマリーに敗れ、再起を期したハンスとの対戦でも敗れたことで、スランプに陥っているらしい。

 アドリアーノ・ヴィドーは中等科トップを狙っていたのに次々と初等科から上がってきたぼくらに抜かれたことで、逆恨みに思っている陰険なやつだ。

 何か仕掛けてくることはないが、よく悪口を言い触らしているのは知っている。

 そして、サルバトーレ・スフォルツァ。

 言わずとしれたメディオラ公の公子である。

 一度ぼくたちと同期で入ってきたのに途中で挫折して退学し、それを父親に叱られて再入学してきた甘ったれだ。

 基本、気障で嫌みなやつなので、関わりたくはない人種である。


 よりによって、この三人で組まなくてもいいだろうと思うんだがな。

 何か惹かれ合うものがあるのだろうか。


「ふふ──下らないと思っていたが、存外学院の生活も楽しめたよ。これはアラナン、お前のお陰だ。礼を言わせてくれ。国に帰れば、もう戦いの日々になるだろうからな」

「ふん、初めてあったときに昼寝愛を力説されたぼくは、何て変なやつだと思ったけれどな」

「あのときは、出会った初等科の同級生たちがみんな赤子のように見えていたのだよ。とてもやる気になれなくてな」

「自惚れは足許を掬われる原因になるぞ。生きて国を奪回するんだろ」

「ふふふ。アセナ・センガンに肋を折られたやつに言われると、説得力があるな」

「ちょっと! 折られたんじゃなくて、ひびだから──って、よく知っていたな、センガンのことなんて」

「ダンバーが教えてくれたよ。世の中は広うございます、だとさ」

「ちえっ、人の恥を吹聴してくれてんな。でも、確かにアセナ・センガンは強かったよ。飛竜リントブルムの孫なだけのことはある。闇黒の聖典カラ・インジールは侮れないや」

「わたし以外の者に苦戦されては困るな。だが、飛竜リントブルムの拳と魔王の血を継ぐ者か。二代目の魔王ボルテ・チノの子孫であるということは、東では今でも大きな強みだ。下手をしたら、そいつは死の女王シャヘルと、戦いと舞踏の女神アシュタルテーの両方の加護を持っているかもしれない。気を付けろよ、アラナン。旧い神はいまでは大した力は持っていないが──それだけに、歴史を変える機会を虎視眈々と狙っている」


 歴史を変える機会を狙っている。

 それは、ひょっとしたら、ぼくたちもそうなのだろうか。

 創造神エルの作り替えた歴史に抗っているのは、彼らも同じなのではないだろうか。

 ふと、そんな疑念が頭をよぎるが、現に付け狙われている身分でどうこうもできる話ではない。

 それに、敵の敵が全て味方とは限らないしね。


 適当なところでハーフェズの邸を辞し、菩提樹リンデン亭に戻る。

 すると、一階の食堂では、アンヴァルとヘルマンが競争するかのように皿を積み上げているところだった。


「あ、兄貴、お疲れさんです! 先に頂いてますぜ!」

「──いいけど、ヘルマンの分は払わないぞ」


 ヘルマン・フォン・ヴァイスブルク──どういう思惑があるかは知らないが、何故か舎弟にしろとしつこく付きまとってくる男である。

 見た目はあどけない子供なのに、アンヴァル並みに食べるとは末恐ろしいな。

 いや、そんなにがーんて表情しても駄目だから。

 お前さん、フランデルン伯の子供なんだから、仕送りたくさんあるだろ。


「勘弁してくださいよー兄貴。おれは家の世話になんてならねえって突っ張っているんすよ。だから、冒険者ギルドに登録して自分で稼いでいるんすよ。でも、いつもはこんなに食えないんで、腹を空かせているんすよー兄貴」

「ああ、もう、意外と偉いが、それでぼくにたかったら、同じことだろう! ──まあいい、今日だけだぞ」


 もう、何でぼくのところには、欠食児童ばかり集まるのかね。

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