第十七章 飛竜の拳 -9-
「──ハーフェズも、魔王の血をひいているんですか?」
思い切って聞いてみる。
学長は、その質問は予想していたようであった。
「何処かに混じってはいるかもしれぬが、直系ではなかろうな。じゃが、彼は三代目の魔王になる資質は持っているとも言える。何せ、イスタフルの
──そうか、魔王の実態が神の依代なら、
やれやれ、要するに超常なる存在のうち、ルウム教会──すなわち
コンスタンツェさんがぼくに絡んできたのも、その辺りに原因がありそうだ。
「ぞっとしない話ですね。ぼくもハーフェズも、魔王認定されて追いかけ回されるのはごめんですよ」
「いまは、わしらがそうはさせぬ。二百年前なら危なかったのう、アラナン」
そのための力を蓄えてきた、と学長は髯をしごいた。
成る程、セルト民族はラティルス民族にもスカンザ民族にも圧迫され、住み処を奪われ続けてきたからな。
対抗しようとするのは、容易なことではない。
「この大陸の歴史は、千五百年前に現れた強力な
「
聞き捨てならない科白に、思わず聞いてみる。
学長は難しい顔になると、重々しく口を開いた。
「無論、人の子の成せる業ではない。神にのみ許された力じゃ。じゃが、その依代はなし得た──そして、その反動で自らを滅ぼした。そして、未だに世界はその呪いから逃れられぬ」
学長はマリーに視線を移すと、厳しい声で言った。
「じゃからマルグリットよ。そなたの力は、認証機の情報を書き換える程度に留めておくのじゃ。歴史を変えようとしたら、我が身を滅ぼす──ゆめ忘れぬことじゃ」
「ひゃ──はい!」
いきなり話を振られたマリーは泡を食っている。
でも、確かにマリーの力も規格外だ。
セルトの王家の血を受け継いでいるだけのことはある。
学長は、そんなマリーの反応を見て、孫娘を見るかのように目を細める。
この人、一番マリーを可愛がっている気がするよ。
「さて、余談はそれくらいにして、本題に入るかの。アラナンも帰ってきたことじゃしな」
ぼくが帰ってきたことで、逸れていた話題を学長が元に戻した。
本題とは何か。
言うまでもなく、今回のポルスカ王国の顛末についてである。
「結論から言えば、わしがエリオットに委ねた以上、どんな判断を取ろうとそれはわしの判断と変わらん。エリオットは間違ったことはしておらん。それは確かじゃ」
学長の言葉を聞くと、ノートゥーン伯は我が意を得たりというように頷いた。
この人は
師に正しさを認めてもらえれば、当然口許も緩むだろう。
「じゃが、それは上官としての意見じゃな。教師としての意見は、また違う」
学長がそう続けると、ノートゥーン伯の表情がちょっと曇った。
不安そうになっているな。
「今回、そなたらをポルスカに派遣したのは、将来に備えてのことじゃ。責任を負い、自分の判断でどう最適の行動を取れるか──学院を卒業すれば、すぐにそれが求められるのじゃ。そのための試練。じゃが、その意味ではいささか不満も残る」
学長は紅茶のカップを傾けて喉を潤すと、更に続けた。
「オペルンの食糧奪取。これはよい策じゃった。思い切った決断と実行。手際も見事じゃった。わしが求めていたのは、こういう発想と行動じゃ。じゃが、シュヴァルツェンベルク伯に目を付けられたことで、守りに入ったのう、エリオット。その後は消極的になり、見守るだけとなった。ヘルヴェティアの基本方針としては、無論間違ってはおらぬ。じゃが、指揮官というものは、正しいことをするものではないのだ。結果を出して、その判断を正しくさせるのじゃ。──わかるかの?」
学長の言葉に、ノートゥーン伯の顔色が青ざめる。
そう、ノートゥーン伯は間違っていない。
だが、間違っていないだけでは駄目なのだ。
「決断することは責任を背負うことじゃ。そなたは、ヘルヴェティアの方針に責任を預け、決断を放棄した。ゆえに、ポルスカの国王派が敗れた。結果を見れば、そういうことになる。そして、指揮官というものは、まさに結果のみを求められるのじゃ」
「し、しかし──シュヴァルツェンベルク伯が出てきた以上、下手に動けば彼らに格好の口実を与えることになります! ヴァイスブルク家とヘルヴェティアの戦争に発展することだって……」
慌ててノートゥーン伯が自己を弁護する。
学長は、残念そうな口調で反論した。
「そうなれば、全力でヘルヴェティアを守るのじゃ。それが責任の取り方というもの。ことなかれで問題を起こさぬのが正解ではない。どんな問題を起こしてでも結果を出し続けるのが、真に正しい選択なのじゃ。今回は、それを理解させるためにおぬしたちを派遣した。よく肝に命じることじゃ」
「は──はっ」
無理もないか。
ノートゥーン伯の本質は研究者だ。
学問を探求する姿勢は素晴らしいが、現実よりも理論を優先するきらいがある。
学長は、それを矯正したかったのか。
ぼくを利用して
ぼくのことは、結構放置なのにね。
「アラナンも他人事ではないぞ。エリオットに指揮権があった以上、それに従うのは正しい。じゃが、やるべきと思った行動があるのなら、エリオットを動かすように言葉を選べ。マルグリットとジリオーラも同じじゃ。如何に人を自分の思うように動かすか。これは、どんな状況でも必要となるのじゃからな」
おっと、こっちにも飛び火してきた。
むう、ノートゥーン伯を説得できなかったのが悪いということか。
相手の思考を読んで、自案を受け容れやすくするよう誘導しろということか。
うーん、そういうのはちょっと苦手なんだけれどなあ。
「しかし実際、ポルスカ王国が親ヴァイスブルク家の政権に変わると、今後どのような影響が出てくると思いますか?」
「そんなん簡単やっちゅうねん。ポルスカとマヴァガリーの連携によって、ボーメンに圧力をかけるんや。ボーメンは帝国にとっても、皇帝家にとっても急所に当たる領邦。此処をリンブルク家から奪取したら、もうヴァイスブルク家に逆らえる勢力は帝国には存在せえへん」
商人の嗅覚か、鋭くジリオーラ先輩が情勢を読んでくる。
学長も概ね同意したが、一言付け加えるのを忘れなかった。
「うむ──間違ってはおらんが、ポルスカとマヴァガリーに、恐らくペレヤスラブリが噛んでくるじゃろう。帝国の東方に、帝国に匹敵する巨大な国家が誕生する可能性がある。そして、その糸を引くのがヴァイスブルク家というわけじゃ。これは、東方からの侵略を考えた場合には悪い方策ではないのじゃが──そして、
学長の言葉には、いささか後悔の色が滲んでいた。
ヘルヴェティアの独立のために、アレマン貴族との抗争の道を選択したのは、学長だ。
ティアナン・オニールには、その選択の責任を取る義務がある。
学長の言葉を借りるなら、こんな感じであろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます