第十七章 飛竜の拳 -8-

 センガンが、自身を貫いた神槍を引き抜き、投げ捨てた。

 噴き出す血とともに、センガンの体から魔力も流れ出しているようだ。

 圧倒的な魔力も、少し精彩を欠いている。


「此処までです、センガン様」


 いつの間にか、センガンの傍らに銃を持った青年が一人立っていた。

 彼は手を伸ばしてセンガンを立たせると、静かな口調で撤退を勧めた。


「これ以上の戦闘はお命に関わります。退きましょう」

「バカ言うな、このボクが、紛い物ごときに二度も退却できるか……!」

「傷を負う方が悪いってんです。さっさと退けって言ってんのがわかりませんか、このウスラトンカチ」


 うお、丁寧なやつかと思ったら、凄い辛辣なやつだった。

 センガンもちょっと鼻白んでいるようだ。


 ──しかし、やはりもう一人いたんだ。

 初めに狙撃してきたのはこいつ──しかも、その後も神の眼スール・デ・ディアでも捉えられない隠形でずっとぼくらを見張っていたはずだ。

 そうでなければ、こんなに頻繁に闇黒の聖典カラ・インジールに襲撃されるものか。


「逃がすと思ったか、お前ら」

「強がりはおよしなさい、アラナン・ドゥリスコル。貴方もろくに動けないでしょう。見逃してあげるから、さっさとお行き──」


 不意にばくの後ろから現れたファリニシュを見て、狙撃手の目が見開いた。

 ぼくと馬しか残っていないと思っていたのであろう。

 残念だな、ファリニシュはいつでも喚べる。


「ペレヤスラブリの白銀の魔女! 貴女のような危険な相手とは、正面から戦わないのが得策ですね」


 こいつ、ぼくより余程ファリニシュのことを恐れているらしい。

 仮にもフェスト優勝者を前に失礼なやつだな。

 だが、間違ってはいないかもな。


 叫びとともに、狙撃手とセンガンの姿が薄れていく。

 こいつ、隠形を自分だけではなく、他人にも施せるのか。

 慌てて神の眼スール・デ・ディアを凝らすが、やはり存在を感じ取れない。

 これだけの術を持っていたら、化け物のような暗殺者になれるのではないか。


静音のセッスィスセスウルクパルでござんすか。わっちも久しく見ない顔でありんすな」

「知り合いかい」


 ファリニシュの説明によると、百年ほど前から裏稼業では名の知れた殺し屋らしい。

 体術や短剣も得意のようだが、最近は銃をよく使っているという。

 しかし、百歳以上には見えなかったぞ、あれは。

 まだ二十代に思えたくらいだ。


闇黒の聖典カラ・インジールでも、頭抜けて厄介もんでござんすな。あのセンガンよりももっと」


 正直、アセナ・センガンより手強い相手がいるとは思いたくない。

 だが、実際あのアセナ・ウルクパルの実力は、ぼくの想像を容易く超えてきた。

 そして、センガンよりも強いという彼の父親。

 闇黒の聖典カラ・インジールの底は、まだ知れないな。


「──気配は感じられない。行ったのかな?」

「姿も気配も誤魔化しておりんすが、わっちの鼻は欺けなさんす。もう此処にはいなさんすよ」

「匂いね。流石の暗殺者も、狼の嗅覚までは計算に入れてないのか。くくっ、なかなか完璧というものはないもんだね──あいたっ」


 笑ったせいで、胸に痛みが走る。

 センガンのせいで、治りかけていた傷が悪化したようだ。

 仕方なく、ファリニシュにまた再生レジェネレイションを施してもらうが、お陰で腹が減ってきたよ。

 この術は治癒力を促進してくれるのはいいが、普段の何倍も腹が減るからな。

 財布には優しくない術だぜ。


「行こうか。遅くなると、三人とも機嫌が悪くなって、雷が落ちる」

「ちっとはマリーにも優しゅうしなんせ。あれでなかなか女子おなごは難しゅうござんす」

「あいた。おでこを叩くなよ。でも、仕方ないじゃないか。問題は山積して一向に片付かないんだ。前を見て進むしかないんだよ」

「それを何とかするのも主様の甲斐性でござんしょう」


 おっと、今日のファリニシュは厳しいね。

 でも、実際のんびり遊んでいられる余裕はあまりない。

 この大陸は常に戦乱で覆われている。

 大陸西部での抗争もそうだが、一番の問題は東からの大きな波だ。

 これまでに、二度西部諸国はこの波を食らい、壊滅的な打撃を被っている。

 セイレイスの侵攻が三度目かとも思ったが、どうやらセイレイス帝国には魔王と畏怖される存在が確認されなかった。

 次の魔王が何処に誕生し、いつ押し寄せてくるのか。

 それは、あのヴァイスブルク家の公子の問題より、更に大きな問題なのだ。


 カリツェには、当然ながらまだ国王派の敗報は届いていなかった。

 だが、聖修道会セント・レリジャス・オーダーにはノートゥーン伯が知らせていっており、慌ただしい気配が外にまで漏れていた。

 カリツェ公が国王派について敗れた以上、此処にも影響は波及するだろう。

 まあ、割りと宗教にはおおらかな国柄だし、大事にはならないだろうが──。


 すでにノートゥーン伯らはフラテルニアに戻っているようだったので、すぐに後を追った。

 念話で無事は伝えてあるけれど、寄り道すると小言を食らいそうだからな。

 余計な雷は回避しなければならない。


「戻ったか、アラナン」


 転移の魔法陣マジックスクエアは学長室の隣に設置してあるため、扉を開ければすぐに学長がいた。

 無論、三人もお茶を飲みながら待っていた。

 菓子を食べながらとか、結構楽しんでいたんじゃないの、君たち。


「ノートゥーン伯から聞いていたけれど、無事でよかったわ、アラナン」

「せや。あの兄さん、えらい強かってんな。フェストでもあんな強いのは見てへんで」

「アセナ・センガン。学長が言うには、やはり飛竜リントブルムの孫だそうだ。息子であるアセナ・イシュバラ、そしてその妻のアルトゥン、息子のアセナ・センガン、そしてさっき報告のあったアセナ・ウルクパル。これが闇黒の聖典カラ・インジールの四人の幹部と目されている」

「その四人の誰かがイフターハ・アティードだという可能性はあるんですか?」

「いい質問じゃがなあ、アラナン。その可能性はあるともないとも言えぬ。飛竜リントブルムですら、イフターハ・アティードの正体については知らぬのだ」


 本当かよ。

 しかし、そうか。

 やはり、センガンとウルクパルは闇黒の聖典カラ・インジールでもトップクラスの使い手なんだな。

 あんなのがごろごろしていたらたまらんと思ったよ。


「それと、センガンと戦ってみてどうじゃった、アラナン。魔力が異様に多かったじゃろう。それも当然じゃ。彼奴の母親であるアルトゥンは、魔王の血を継ぐ女じゃからな」

「魔王の血族ですか?」

「うむ。初代ではない。二度目の魔王の方じゃな。そもそも魔王というのは何かと言えば、つまりは神の依代じゃ。初代の魔王は戦いの神アッタルを宿したノヨンオールの王じゃった。二代目は、死の女王シャヘルをその身に受け入れたムグールの覇王じゃ。アルトゥンは、このムグールの王家の血筋というわけじゃな。センガンは、何れは魔王の魔力とアセナの拳を持つ最強の男として、大陸に君臨する可能性もある」


 道理で魔力が多いわけだ。

 強いのも納得がいったよ。

 ──待てよ、するとハーフェズにも、そのどちらかの血が流れているということか。

 あれだけの魔力を持っているのだから、そうであっても不思議はない。

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