第十七章 飛竜の拳 -7-

 神銃タスラムの銃弾を防ぎながら、センガンが剣の間合いに踏み込んでくる。

 まずは、挨拶代わりにメディオラ公の孤月イル・メッセ・ソリターリオでも真似をさせてもらおうか。

 袈裟斬りに右上から斬り下ろす。

 センガンは、右に避ける。

 振り下ろした剣を止め、反動を付けて追うように斬り上げる。

 そこから更に踏み込み、センガンは刃の内側に入ってきた。


 武器を魔法の袋マジックバッグにしまうと、繰り出される雷衝サンダーショックをいなし、連続して来る尖火シャープフレイムを上から叩き落とした。

 お返しだ。

 右拳をセンガンの胸に付けると、竜焰ドラヒェンフランメで逆襲を試みる。

 だが、体重を乗せて放った竜焰ドラヒェンフランメが、綿に衝撃を吸収されるかのように手応えがなかった。

 実体がなく通り抜けたとかではない。

 センガンが、何らかの方法で衝撃を逃がしたのだ。


「中途半端なアセナの拳が、このボクに通じると思うな」


 反撃の尖火シャープフレイムを食らい、吹き飛ばされる。

 まずい、今ので治りつつあった肋骨が、再びいかれたっぽい。


「痛そうだな、アラナン・ドゥリスコル。紛い物のキミには、苦しんで死んでもらわなきゃダメだ。精々、足掻いてみせてくれよ」

「こんなもん、ちょっとしたハンデだよ。フェストの優勝者が、出場すらしていないやつを相手にするんだからな」


 痛みを堪えて立ち上がると、右手で招いてセンガンを挑発した。

 特に意味があるわけではない。

 これくらい平気だと強がっただけぇある。


 案の定、センガンにはばればれであった。

 驕りも気負いもなく、流れるように踏み込んで追撃をかけてくる。

 連打で撃ち込んでくるのは、虚の拳だ。

 力を入れて決めにきていない拳は、捌くのも容易である。

 だが、それは向こうも隙を窺っているだけにすぎない。

 実の拳は──右の門の破壊者ツェルシュトーラー・デス・トーレス

 風を巻き起こすほどの魔力の回転が、やつの腕を覆っている。

 あんなもの、受けても避けてもただでは済むかー!

 障壁を厚くしながら、必死で身をよじる。

 恐ろしい勢いで障壁を削りながら、かわされた右の拳が背後の岩に当たる。

 その瞬間、轟音とともに岩が爆散した。


「見たか、この破壊力こそが門の破壊者ツェルシュトーラー・デス・トーレスの真髄。キミのような紛い物とは、訳が違うんだよ」


 のそりと岩の残骸から右手を抜き、センガンが振り返る。


「ああ──アセナの拳最強の破壊力を持つ絶技、確かにその通りだ。だが、大技は隙もでかいし読まれやすい。現に、当たらなかったじゃないか」

「ふふふ、一撃で終わらせては詰まらないじゃないか。紛い物には、もっと本物の凄さを知ってもらわないと」


 ちえっ、やつめ、病気なんじゃないの。

 頭のネジの一本や二本はぶっ飛んでそうだ。


「しかし、あれだな。センガン、君のその底無しの魔力は何なんだい。ぼくは、君くらいの魔力の持ち主は、まだ二人しか見たことがないよ」

「ふふん。まだ到達していない者にはわかるまい。その身で味わって、刻み込むがよかろう!」


 再び、センガンの体から大量の魔力が噴き上がる。

 それにしても、異常な量だ。

 外から集めている形跡はない。

 体内で産み出されている魔力で間違いなさそうだが、それにしてはやや異質だ。

 むしろ、虚空の魔力に近い──。


 ああ、そうか!

 神の眼スール・デ・ディアで、やつの丹田の辺りを精査する。

 すると、予想通りセンガンの腹中には虚空へと繋がる門があった。

 考えてみれば、黒騎士シュヴァルツリッターも同様のことをやっていたじゃないか。


 ただ、黒騎士シュヴァルツリッターと異なるのは、センガンは神聖術セイクリッドのためだけに虚空から魔力を引き出しているわけではない。

 まるで自分の魔力であるかのように、制限なく虚空の魔力を行使しているのだ。


 驚くべきことだが、それが──到達したということなのか。


 センガンの両腕に、おびただしい魔力が集まってきている。

 あれを食らえば、ただの突きでも致命傷になりかねない。


「ボクの独自の絶技、双竜爪牙ツェヴィリングドラヒェを食らったら、骨も残るまいよ──精々、無駄な足掻きをしてくれ!」


 右の竜爪掌ドラゴンネイルと左の竜爪掌ドラゴンネイル

 ふたつを上下に重ね合わせ、竜の咆哮のように魔力を撒き散らしながら繰り出される。

 だが、間合いはまだ遠かった。

 手を伸ばしても、ぼくの体には届くまい。


 センガンともあろう者が初歩的なミスをと思ったとき、両の掌から放たれた魔力の奔流がぼくの障壁を撃ち砕いた。



「ぐはっ……」


 吹き飛ばされ、地面に叩き付けられる。

 障壁でかなりの部分を吸収したものの、抜けてきた衝撃に息が詰まった。

 くっ、まさかあんな単純な技に引っ掛かるとは。

 魔力を操って動かすなど、自分だってよくやる戦法じゃないか。


 それにしても、障壁も砕かれた以上、もう逃げ回っているわけにはいかないな。

 次にやつの攻撃を食らえば、それこそ五体ばらばらにされてしまう。

 短期決戦でやつを仕留めるしか、生き延びる手立てはない。


 だが、まともにやって勝てる方策が見当たらない。

 いや──あれを使うか。

 まだ一回も使ったことはないが、試す相手としてこれ以上相応しい相手もそうそういない。


 中級迷宮で、ダンバーさんと戦った後に入手した三つ目の神器。

 こういうときこそ、役に立ってもらわないとな。


 よろよろと立ち上がると、センガンがとどめを刺すべく距離を詰めてくる。

 相変わらず巨大な魔力を身にまとい、何気なく繰り出された拳打も手刀も、一撃必殺の威力を持っている。

 だが、本気で決めにきている技ではない。

 それはむしろ好都合。

 この動きなら、決め技は恐らく背中からの体当たり。

 この拳を弾き、肘打を逸らしたら、強い踏み込みがくる。

 そら来た、この動きに、あれを合わせる!」


「イヴァル!」


 召喚の呪文とともに、ぼくのいた場所に一本の槍が出現する。

 センガンは、その槍の穂先に対して体当たりをかけ、背中をまともに刺されていた。


「おのれ……面妖な術を!」


 センガンが膝を突き、血を吐いた。

 内臓を傷付けたか、血は黒ずんでいる。

 さしものセンガンの障壁も、あの槍には紙同然か。


「神槍ゲイアサルに、自ら貫かれる気分はどうだい」


 皮肉を込めた嘲笑に、血の気がなくなっていたセンガンの頬に赤みが戻る。

 ちっ、一撃で仕留め損なったか。

 だが、いまので戦況は五分、いややや有利に転じたと見ていいだろう。


「はん、キミごときの攻撃に、このボクが──あってはならんことだよ、本当に」

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