第十六章 雷鳴の傭兵団 -6-

 丸一日捜索したようだが、ヴァツワフ・スモラレクは消えた小麦粉を発見できなかった。

 当然だろう。

 全て、ファリニシュの魔法の袋マジックバッグに入っているんだ。

 小山のような小麦粉を満載した大量の荷馬車を想定しても、見つかるはずがない。


 そして、行軍を急いで輜重を持ってこなかったつけが出る。

 ヴィシラン騎士団と雷鳴の傭兵団グジモート、合わせて七百人の兵糧が尽きたのだ。

 オペルンの民家から徴発して凌いでいるようだが、長くは続かない。

 ヴァツワフ・スモラレクの思惑が、ここで狂い出す。


 翌日の昼には、もうシロンスク公の部隊がオペルンに迫ってきていた。

 ヴィシラン騎士団は撤退の機を逃し、交戦に入らざるを得ない。


 シロンスク公は、流石に六百余の兵力で、いきなりオペルンの城壁に押し寄せる愚を犯さなかった。

 オペルンがヴィシラン騎士団の手に落ちていることを知ると、城壁から二マイル(約三千二百メートル)ほどの地点に陣を敷き、様子を見る。


「兵站を商人にやらせているシロンスク公と、当てにしていた小麦がなくなったスモラレク騎士団長。長期戦になればシロンスク公が有利なんだが、シロンスク公はヴィシラン騎士団が兵糧がないことを知らん。それが問題だな」


 ノートゥーン伯が危惧を口にする。

 まともにぶつかれば、シロンスク公に勝ち目はない。

 だから、一番いいのは撤退なのだ。

 最悪、増援がくるまで此処でにらみ合い。

 それで膠着が一番いいんだが。

 でも、無理だろうな。


「ヴァツワフ・スモラレクは我慢ができない性格。彼から仕掛けるでしょうね」


 今までの行動が物語っている。

 ヤドヴィカ排除に動いた国王に我慢できずに叛乱を起こし、幽閉した国王を奪回されるとカトヴィッツに攻め込んだ。

 激昂すると、抑えきれずに行動に出てしまうのだ。


「スモラレク騎士団長も、シロンスク公をそのままにして撤退はできん。一度叩いてからだろうな。となれば、動くのは明日か」


 こっちも、あんまり此処に長時間いたくはない。

 小麦粉団子スープに腹を立てたアンヴァルが、ぼくの腕に噛み付いてくるんだよな。

 鍋ごと食べているくせに、文句だけはしっかり言ってくるんだよ。


「匿名でシロンスク公に小麦はもうオペルンにないと知らせても──」

「信じんだろうな。スモラレク騎士団長の謀略かと疑うだろう」


 ノートゥーン伯はため息を吐く。

 できれば、シロンスク公国軍に深刻な被害が出る前に退いてほしいが、有効な手段が思い付かない。


歯痒はがゆいわね、手が出せないというのも──」

「しゃあないんちゃうかな。倍の金に目え眩んだ連中や。危険な仕事やっちゅうんはわかりきっとることや」


 同情するマリーと、現実的なジリオーラ先輩。

 徴兵された兵ではなく、傭兵である以上、自己責任だというのがスタンスのようだ。

 あほな指揮官の軍には雇われるなというのが、彼女の主張らしい。

 まあ、事前にそれが全部わかったら苦労しないよね。


 翌日、シロンスク公国軍はまだ動きを見せない。

 だが、ヴィシラン騎士団と雷鳴の傭兵団グジモートの方から撃って出てくるようだ。

 城門が開き、まずはイェジ・タルノフスキ率いる雷鳴の傭兵団グジモートの五百が前進してくる。

 シロンスク公国軍が騒然とし、まず百人の部隊がふたつ押し出そうとする。

 だが、傭兵の統率が取れておらず、その足並みは乱れている。

 そこで雷鳴の傭兵団グジモートの前列が立ち止まり、横に展開し始めた。


 シロンスク公国軍は、突出し掛けていた指揮官の騎士が立ち止まり、遅れる傭兵を叱咤している。

 その前進速度は、呆れるほど遅い。

 その間に、雷鳴の傭兵団グジモートは戦列を整え、二列に横陣を敷いた。

 前列の兵が片膝を突き、火縄銃マスケットを肩に構える。

 あれは、まずい。

 あんな速度でばらばら進んでいたのでは、いい標的だ。


「──アラナン、飛び出すなよ」


 唇を噛み締めたのを敏感に察知したか、ノートゥーン伯がぼくを制した。

 わかっている、わかっているがくそっ。

 見ているだけというのは、想像以上に辛い。


 それでも、指揮官の騎士と従士を先頭に立て、一隊が雷鳴の傭兵団グジモートまで五十ヤード(約四十五メートル)ほどまで近づいたとき、タルノフスキ団長が割れ鐘のような声で叫んだ。


撃てシュツェライ!」


 同時に、前列二百五十の銃口から轟音が鳴り響いた。

 先頭を行く騎士が、複数の弾丸を身に受け馬から転がり落ちる。

 馬自身も、馬甲を貫通され血を噴いて膝を折る。

 後に続く従士たちも次々に撃ち抜かれ、傭兵たちも前を進んでいた者たちはもんどりうって倒れた。


 傭兵たちが唖然として固まる中、雷鳴の傭兵団グジモートの後列が前列と鉄砲を交換し、前列は再び構えに入る。


撃てシュツェライ!」


 再度、タルノフスキ団長の声が蒼穹そうきゅうに吸い込まれる。

 一斉に銃撃音が鳴ったとき、突出していた一隊は完全に潰走状態になっていた。


 それを見て、進もうとしたもう一隊も腰砕けになっている。

 その情けない前衛に、シロンスク公が怒声を浴びせた。


「怯むな! 鉄砲なぞ、そう連続して撃てやせん! 進め、接近すればこっちのものだ!」


 崩れる第一隊に遮られ、右翼は前進できない。

 仕方なく、怯んでいた左翼の第二隊が前進を再開する。

 だが、その間に後列が弾薬の装填を終えた火縄銃マスケットを、撃ち終わった前列の銃と交換する。


 再度銃撃音が耳を打ったとき、先頭を進む騎士の姿は馬上にはなかった。


「一方的すぎる。これは、全滅しかねないぞ」


 思わず呟くが、ノートゥーン伯が小さく首を振った。


「いや、暁の傭兵団ブラスクが動き始めたぞ」


 見ると、大盾を持った一隊が前進を開始している。

 今までのばらばらな動きと違い、流れるような移動の仕方だ。

 指揮官も騎士ではなく、傭兵だった。

 あれは、シロンスク公麾下の最精鋭、暁の傭兵団ブラスクの傭兵たちだ。

 あの大盾は、銃撃を防ぐために用意したのか。

 流石、臨時に雇い入れた傭兵とは違うな。


 雷鳴の傭兵団グジモートは大盾の列に向かって銃撃する愚を犯さず、中央を空ける。

 すると、そこからヴィシラン騎士団の騎士と従士たちが一斉に前進してくる。

 先頭を行くのはヤドヴィカだ。

 その右手に、膨大な魔力が宿る。

 あれは、危険な量だぞ。


 魔力の宿った斧をヤドヴィカが大盾の列に向かって投げ付けると、オギェインの火による爆発で列の中央が吹き飛ばされた。


したっけそれじゃくらつけっどぶん殴るぞ!」


 ヤドヴィカが騎士たちに命を下した。

 混乱する暁の傭兵団ブラスクに、ヴィシラン騎士団の騎士たちが濫入する。

 広がった穴を、後続の従士たちが更に広げにかかる。


 暁の傭兵団ブラスクの両翼がその突破に対応しようと列を崩すと、すかさず銃撃音が轟いた。


 さしもの歴戦の傭兵も、これには為すすべがない。

 十数分持ちこたえたが、次第に押し込まれ、後退する。

 暁の傭兵団ブラスクの敗走は、全体の崩壊を招いた。

 士気を挫かれたシロンスク公国軍は、雪崩を打って逃げ出していく。

 怒声を発していたシロンスク公も、いつの間にか姿が見えない。

 呆気ないほど簡単に、ヴィシラン騎士団が勝利を決めていた。

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