第十六章 雷鳴の傭兵団 -5-
実際、どれくらいの袋があって、どれくらい時間がかかるかはわからない。
基本、触れれば
だが、数が膨大なら、それだけ時間もかかるだろう。
十分、二十分と焦燥に駆られながら待つ。
ノートゥーン伯もマリーも、身動きひとつしない。
ぼくだけ気配を悟られるような失敗もできないから、大人しくしているしかない。
倉庫の中の状況を探査すると、ジリオーラ先輩は、
自分が移動する手間も省けるし、同時に沢山回収できる。
それでもこれだけ時間がかかるんだから、やはり相当袋の量が多いのだ。
三十分ほど経過したところで、ジリオーラ先輩が出てきた。
得意気に
上手くいったようだな。
よし、じゃあ次は認証機に接続して、記録の書き換えだ。
星明かりの下、城門の隣にある衛兵詰所へと移動する。
詰所の中では、二人の衛兵が椅子に座りながら舟を漕いでいる。
あと一日で敵が来るのに、緊張感のない衛兵だな。
まあ、衛兵の仕事は警察任務で、軍事ではない。
軍隊が来れば、抵抗せず門を開けるのかもしれないね。
姿を消したマリーが詰所の中に入り、簡単に認証機を持って出てくる。
警戒緩いな、おい。
そのまま物陰でマリーは認証機に手を触れ、
そうか、マリーはまだ独力では虚空との回廊を開けないんだな。
認証機を使うことで接続し、認証機の及ぶ範囲内の情報しか触れられないんだ。
いまは極めて限定的な能力だが、成長すれば恐るべき術になりそうだ。
マリーの書き換えは短時間で終わった。
数人分の名前の書き換えだけだからな。
検索して発見すればすぐだそうだ。
そのまま認証機を返してくると、後はオペルンを脱出するだけだ。
昼間のうちにアンヴァルと馬たちは先に外に出してあるが、後はぼくたちが出なければならない。
城門の強行突破もできるが、普通に城壁を乗り越えて行くことにするかな。
ジリオーラ先輩は自分で越えられるし、マリーはファリニシュが狼に変化して運ぶ。
みんな、ファリニシュが狼が本体だと思っておらず、狼に変化できる術を持っていると思っているのにちょっと笑ってしまう。
最後のノートゥーン伯は、仕方がないのでぼくが運ぶ。
が、ぼくに抱えられたノートゥーン伯を見て、ジリオーラ先輩が自分もそっちのがよかったと駄々をこね出す。
すると、マリーまで同調して愚図り出した。
付き合っていられないので、さっさと城壁を飛び越えてノートゥーン伯を下ろす。
そこには、アンヴァルと三頭の軍馬が待っていた。
「アンヴァルを待たせるとはいい度胸です。朝食は覚悟していやがれです」
「さ、少し離れるぞ、アンヴァル」
アンヴァルの軽口にも付き合わない。
とにかく、此処から離れるのが先決だ。
とはいえ、あまり遠くにもいけない。
街から少し離れた崖の上に潜み、ファリニシュを偵察で街の側に置いておく。
それで、ヴィシラン騎士団の到着を待つのだ。
交代で眠りつつ、翌朝を迎える。
オペルンで騒ぎが起きてないところを見ると、盗難には気付いていない。
食事はぼくらの
アンヴァルや馬たちが不満そうだが、その割には大量に食いやがる。
こいつらの食事用に、この小麦粉はある程度残しておいた方がいいかもな。
昼過ぎに、ファリニシュからヴィシラン騎士団の先頭が見えてきたと報告が入る。
予想より、数時間早い。
ヴァツワフ・スモラレクめ、相当急いだな。
だが、遅かったな。
お前の目的のものは、もうそこにはない。
先頭を進む灰色の軍装の騎士がヴァツワフ・スモラレクだろうか。
なかなかいい魔力を持っている。
後続のヴィシラン騎士団の動きも統率が取れている。
普通にいい軍隊だな、あれは。
驚いたことに、その後ろにヤドヴィカが続いていた。
女王自らのお出ましか。
兵がいなくなったクラカウに置いておくのも、怖いからな。
最も、ヤドヴィカ自身の力も、ポルスカ随一だろう。
彼女の斧に立ち向かえる武人は、そうはいない。
だが、ヤドヴィカの後ろに続く傭兵たちの方が、更に威圧感を発していた。
あれが
一人一人が鍛えられたひとかどの戦士であり、しかも全員
五百挺からなる鉄砲を揃えている部隊は、そうそうない。
民間レベルでは、
実質、最強の傭兵と言ってもいい。
五百挺の鉄砲の斉射を食らったら、ぼくだって耐えられないだろうな。
あれをオペルンの中に入れた段階で、シロンスク公国軍に勝ち目はない。
シロンスク公が素直に撤退してくれればいいが。
ヴィシラン騎士団の堂々たる行進を見て、城門の衛兵たちは即座に降伏していた。
賢いといえば賢いかな。
十五人の衛兵で抵抗しても無駄だ。
ヴァツワフ・スモラレクは、満足げな表情でオペルンに入場していく。
此処までは、彼の描いた絵は
いい気にもなるだろう。
「調子に乗ってるんも、いまのうちやねんな」
「すぐに顔色変えるわよ」
ジリオーラ先輩とマリーが、悪い顔で話し合っている。
女は怖い!
だが、確かにちょっと楽しみだ。
暫くすると、街の方から怒号が聞こえてきた。
ファリニシュから、小麦粉が消えたのが発覚したと、連絡が入る。
「見つかったみたいだね。ヴァツワフ・スモラレクが泡を吹いて怒っているらしいよ」
「やったわね!」
「せやな!」
マリーとジリオーラ先輩が、右手を掲げて叩き合っている。
のりのりだな、二人とも。
ま、今回は、二人の活躍が大きかったからね。
喜ぶのも無理はない。
「あ、騎士が飛び出してきた」
十騎ばかり、騎士が捜索に駆り出されたようだ。
北に向かって駆けていく。
あれだけの量の小麦粉なら、そう遠くまで行っていないと思っているのだろう。
まさか、二万袋も
数を聞いて、ぼくもびっくりしたわ!
「で、実際この小麦粉どうしようか」
「はいはい、うちが
ジリオーラ先輩が真っ先に手を上げるが、ノートゥーン伯は渋い顔をする。
「いや、此処はブレスラウに運んでシロンスク公に返そう。下手に売ると足が付くだろう」
「うちはそないなへませえへんのに」
「いやいや、いかんいかん。ヴィシラン騎士団に渡さないのはありだが、着服はよくない」
ノートゥーン伯は、固い人だな。
ま、貴族の坊っちゃんとして育てられてきていれば当然か。
ぼくなら──そうさな。
ちょうど兵糧を欲しがってそうなマゾフシェ公に叩き売るね。
でも、ま、ノートゥーン伯は承知しないだろうな!
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