第十六章 雷鳴の傭兵団 -4-

 一軒だけ開いていた食堂で昼食を食べる。


 んー、何だろう、これ。

 みじん切りにした生の牛肉か?

 パンと一緒に出てきた肉料理は、見たことのないものだ。

 一口食べると、塩胡椒とオリーブオイルの風味の中に、生肉の甘みが感じられる。

 玉ねぎなどの香草を使うことで、臭みも緩和しているようだ。


「これは、タルタル人の食べ方ねえ」


 料理についてはうるさいマリーがちょっと嫌そうな顔をする。


「へえ、この辺はタルタル人が荒らして回った土地やねんし、連中の料理が伝わってても不思議はあらへんけど、何かちゃっかりしとんねんな」

「まあ、生肉には抵抗あるけれど、意外と旨いよこれ」

「アラナンは勇気あるね。──成る程、肉の味が真っ直ぐに出てくるような料理だな」


 三人とも怖々口に入れ、そして味はいけるという認識に至ったようだ。

 それにしても、レグニーツァからさほど離れていないこの土地で、タルタル人の料理を食べるってのも皮肉なもんだよなあ。

 提供しているのがタルタル人だったら、暴動が起きかねないんじゃないか。


 それにしても、こんな田舎の街に麦を長期間貯めていたシロンスク公は愚かだな。

 規模の大きな盗賊に狙われる危険性だってあるだろうに。

 もう少し衛兵を増やすか、せめてブレスラウまで移送するべきだろう。

 今まで大丈夫だったからと、安易に考えていたんだろうな。


 食事を終えて外をぶらつくも、誰も出歩いていない。

 全員街を捨てて逃げたわけではなく、家に閉じこもっているだけという者もいそうだ。

 ある程度財産のある者は、逆に逃げられないんだろう。

 貧乏人と大金を持っている者は逃げる。


 途中、ファリニシュから念話が入る。

 ヴィシラン騎士団は、もうオペルンから十二マイル(約二十キロメートル)ほどの地点まで来ているらしい。

 予想よりかなり速いな。

 ヴァツワフ・スモラレクは、兵を迅速に動かすことにかけては長けているようだ。


「明日の夕方には、ヴィシラン騎士団が先にオペルンに到着しますよ」


 ノートゥーン伯に報告すると、彼は難しい表情になった。

 彼もヴィシラン騎士団のこの進軍速度は予想していないだろう。

 普通、カトヴィッツが収まるまで待たず、すぐにオペルンに向かうとは思わない。

 シロンスク公は厳しい立場に追い込まれている。


「オペルンの麦をヴィシラン騎士団に渡さない手はありますがね。ぼくたちが奪って魔法の袋マジックバッグに入れて出ていく。いまの状況なら、さして難しい話じゃない」

「おいおい、わたしたちは介入を禁止されているんだぞ。それに、魔法の袋マジックバッグに入る量じゃない」

「ぼくたちのはそうですけれどね。イリヤの持っているのは、超高級品ですよ。倉のひとつやふたつの物資は入ってしまう。ま、実際やれば怒られそうなんですけれどね」

「──面白そうな話ね」

「ええ案やねんな。どうせ敵に取られる麦なら、うちらが有効活用してもええんちゃう?」


 おっと、意外なところで二人が食い付いてきた。


「マリーの術でうちを隠してくれれば」

「ジリオーラがこっそり倉の中に入ってかっさらう、と。大して難しくもなさそうだわ」

「いやいや。その後のことを考えてくれ。明らかに他所からきたわたしたちに疑いの目が向くのは当然だろう。ヴィシラン騎士団だって、旅券の記録くらい調べるぞ」


 ノートゥーン伯が困った顔で止めに入ると、マリーが人差し指を立てていたずらっぽく笑った。


「ふふーん、マリーさんが何の神聖術サクリを研究していたと思っているのかな」

「マリーの神聖術セイクリッドの研究って、何か実用化できたのかい?」

「戦闘向けのはできないけれど、わたしの独自呪文ユニーキの発展形をね。認証機って、あれは虚空と接続して記録しているのよ。わたしは、その一部の情報を書き換えることに成功したわ」


 おいおい。

 虚空の記録アカシックの書き換えって、とんでもない術だぞ。

 大魔導師ウォーロックだってできるかどうか。

 太古は神々が自分に有利になるように競って書き換えていたらしいが、ほとんど神に匹敵する力ってことじゃないか。


「あくまで、認証機で読み取った情報程度よ? 人の運命までねじ曲げられないわ」

「──ああ、ちょっとほっとしたよ。でも、そうか。偽装カムフラージュの発展形か。固有呪文ユニークってのは、とんでもない進化をするもんだな」


 成る程。

 それなら、ぼくらが此処に来なかったことにできるな。

 認証機を通した情報の信頼性は絶対だ。

 と、巷では思われているからね。


「それなら、面白いんじゃないですかね。どうしますか、ノートゥーン伯」

「う、ううーん」


 果断なノートゥーン伯にしては、珍しく迷っていた。


「学長には、現地での判断はわたしに任せると言われている。──それだけに怖いな」


 責任か。

 確かに、学長に聞いて判断を仰げれば楽だ。

 だが、それでは成長しないと、あえて判断をノートゥーン伯に投げたんだ。

 これも勉強ということか。


「しかし、このままヴァツワフ・スモラレクの思う通りに進んでも面白くないのは確かだ。痕跡を残さずできると言うのなら──やってみるか」

「なんや、話せるな、エリオットの兄さん。うちとマリーなら、簡単な話や。イリヤが戻ってきたら始めるで」


 ジリオーラ先輩が張り切って胸を張る。

 元々迷宮でも偵察要員で、隠密系の技術が高いジリオーラ先輩だ。

 こういう仕事は得意なのであろう。


 ファリニシュが帰ってくるまでに、街の中をぶらついて倉庫の場所に当たりを付ける。

 市庁舎に隣接する大きな倉庫が、それかな。


 しかし、小麦粉五十ポンド(約二十三キログラム)入りの袋だとして、何袋あるんだ?

 何千袋、いや何万袋とあったらどうしよう。


 ファリニシュが戻ってきて、もう一度ヴィシラン騎士団の進軍の報告を聞く。

 明日の夕方までに敵がやってくるなら、今夜中に終わらせなければならない。

 ぼくたちの計画を話すと、ファリニシュはちょっと呆れた顔をした。

 だが、計画に反対はせず、ジリオーラ先輩に魔法の袋マジックバッグを貸す。

 山のようにある小麦粉全部が入る魔法の袋マジックバッグなんて、普通はない。

 ぼくのなんか、五十袋も入れたら満杯だ。


 作戦の決行は、当然夜を待つ。

 今回は、突入班はジリオーラ先輩一人。

 後はサポートだ。

 とはいえ、ぼくらができるのは巡回の警戒くらい。

 マリーは、偽装カムフラージュで先輩を隠す役割だね。


 突入は、倉庫の裏から。

 二階くらいの高さにある高窓から侵入する。


 ジリオーラ先輩はまだ神聖術セイクリッドは使えない。

 だが、ダンバーさんが移動に使っている魔法陣マジックスクエアの簡易版を使えるらしい。

 空は飛べないが、壁なら登れるそうだ。

 この二人は、ノートゥーン伯と違って、戦闘以外の魔法も色々勉強しているよね。


 衛兵は、二人組が一時間に一回倉庫の回りを巡回する。

 それ以外にも、二人が常時入り口を警戒している。


 十五人しかいない衛兵は、城門とこの倉庫の警備でほとんど手一杯の状況だ。

 昼夜で交代もいるしな。


 巡回の衛兵が去っていった機を見計らって、ジリオーラ先輩が行動に移る。

 姿はもう見えないが、壁を走って登っているはずだ。

 見ていると、音もなく高窓が開き、また閉じた。

 侵入は成功したようだ。

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