第十六章 雷鳴の傭兵団 -3-
ファリニシュが合流し、買い出しなどしながら修道院に戻る。
大食いの馬には山ほど飼料を食わせつつ──アンヴァルは無論ぼくたちの隣で人間の食事を食べているが──情報の交換を図る。
ファリニシュは、ルブリン伯の動きも掴んでいた。
騎士と傭兵合わせて三百ほどの兵で、ルブリンを出発したらしい。
「すると、二週間もすれば、ルブリン伯もクラカウに来るわけか」
でも、その頃には、プルーセン騎士団もブレスラウに到着している頃だろう。
ルブリン伯の兵力で戦局が左右されるほどの事態ではない。
「シロンスク公のオペルン救援は、間に合いますかね?」
速度の勝負になっているわけだが、後手を踏んでいるシロンスク公が不利なのは否めない。
この状態でぶつかるのは、普通は忌避するんだがな。
「ヴァツワフ・スモラレクが、カトヴィッツをどれくらいで掌握するかだね。あそこには炭鉱があるし、ボーメンへの交通の要所でもある。市長を交代させ、行政と警察の責任者を決めるのに二、三日はかかると思うが──」
「ぼくなら、騎士の一人も置いて臨時に権限を全て預け、先に進みますね。シロンスク公との戦いは、それで決まりですもの」
「うん。それも一案だが、カトヴィッツを落とすところがあれば、根拠地と寸断される。確率は低いがモラヴィア辺境伯が急ぎ北上する危険性もあるからな」
「騎馬だけで進む確率は低いと思いますがねえ」
ノートゥーン伯は博識だから、彼と話すのは凄いためになる。
気が付くと、よく彼と議論ばかりしているのだ。
そんなとき、マリーとジリオーラ先輩は、若干詰まらなさそうな表情をしている。
彼女たちも議論に加わることはあるが、ノートゥーン伯には付いてこられないことも多いのだ。
彼はアルビオンの次代の指揮官候補だった男だから、仕方がないと思うけれどね。
悪いとは思うが、いまは遊んでいるわけではなく、勉強で来ているわけだからなあ。
上手く彼女たちを会話に引き込めないぼくらもよくないのかもしれないが。
「まあ、これでも食べなんし」
そんなタイミングで、ファリニシュがさっと差し入れを卓の上に並べてくれる。
修道院の厨房で作ったのか、楕円形の
円状の小麦粉の生地を左右から閉じ、中にキノコと玉ねぎを入れて焼いたもののようだ。
熱々の
そこによく炒められた玉ねぎの甘みが加わり、素朴だが深い味わいになっている。
「これはグブニクと言いなんす。手軽で摘まみやすいでありんしょう」
「あつっ……でも、美味しいわ、これ」
「とろりとした玉ねぎと、歯応えのあるキノコの組み合わせが最高やねん。ああ、アンヴァルはん、一気に三つも食うたらあかん。うちのお代わり残しといてや!」
たちまち騒がしい空気になり、さっきまでの気まずさが消えた。
ファリニシュは、色んな意味でできる女性だとしみじみ思う。
そんな感じで翌朝になると、シロンスク公は六百近くに増えた兵を連れてブレスラウを出発していった。
傭兵は百人くらいづつ五隊に分け、
さて、我の強い傭兵が、騎士の命令をちゃんと聞くものかな。
あれくらいの人数だと、城門から出ていくのも三十分くらいで終わる。
行軍も延々何マイルも長蛇の列を作ることはない。
しかし、お世辞にも整然とした隊列には見えなかったな。
好き勝手に歩くから、列は乱雑に乱れていた。
ちゃんと整列していれば、出発は半分の時間で終わっただろう。
「ふふん、驚くには値しないぞ、アラナン。傭兵など、何処もあんな感じだ。統率の取れた傭兵など、ごく僅かに過ぎん」
顔色を読まれたか、ノートゥーン伯が嘲るように言う。
「せやね。海賊もあんな感じやわ」
「それ、同列なの!」
「甘いでー。あんなん、似たようなもんや」
傭兵の柄の悪さは周知の事実らしい。
まあ、ジリオーラ先輩なら、海賊相手でも堂々と渡り合いそうだが。
「さて、わたしたちも行こうか。オーデル街道は避けていくぞ」
ノートゥーン伯の声に、みな頷いた。
オーデル街道とは、オーデル川沿いに南東に進む幹線の街道だ。
そこは、いまちょうどシロンスク公国軍が行軍中である。
流石に、そんなところを馬で追い越せない。
怪しまれて止められてしまう。
だから、回り道になるが、農村に向かう間道を通る。
少し山の方に行けば、細い蛇行した道が幾つもある。
そこを四頭の馬が駆け抜けるんで、目立つのは確かだが仕方がない。
ちなみにファリニシュは、狼に変化して少し離れたところを付いてきている。
大きさを小さくし、犬に近く見せているので遠目には騒がれない。
さて、シロンスク公国軍は、オペルンまで恐らく四、五日はかかるだろう。
急いだとしても三日は見ないといけない。
だが、ぼくたちはゆっくり行っても一日もかからない。
アンヴァルの機動力は本当に脅威だな。
オペルンの街に着いたら、ぼくたちは街に入り、ファリニシュにヴィシラン騎士団の進軍の状況を確認に行ってもらう。
シピもそうだが、動物は警戒されにくいからいいな。
オペルンは、ちょうどブレスラウとカトヴィッツの中間にある。
先に出発した方が、早くオペルンにたどり着くだろう。
この田舎の街は十五人くらいの衛兵がいるだけで、攻められたらひとたまりもない。
カトヴィッツが陥落したことで、街は大騒ぎになっているようだ。
立派な軍馬を連れていたせいか、衛兵には何処かの騎士と勘違いされ、防衛の協力を願い出られる始末だ。
単なる冒険者だといって、丁重にお断りをする。
すると、露骨に落胆の表情を浮かべられるので、流石にちょっと罪悪感を覚えるよ。
「気持ちはわからなくはないわね。アラナンなら、一人でもこの街を守れるんじゃない?」
「──守るのは難しいんだ。殲滅する方が楽だよ」
マリーが軽口を叩く。
だが、あちこちから攻め入られたら、ぼく一人で手が回るわけがない。
数の力というのは重要なのだ。
数十人程度までなら、爆炎魔法などを駆使して、優位に戦えるだろうけれどね。
数百人もいれば、絶対穴が出てくる。
「普通の人間は、二人を相手にするのでも厳しいものだ。長期戦だとわたしも
うん、ノートゥーン伯はわかっているね。
出会った頃は特に好印象もなかったけれど、いまやチームリーダーとして仰ぐなら彼以外に適任者はいないと思うほどだ。
ハーフェズのようなむらっ気もないし、ハンスのような甘さもない。
何だろう、ぼくと呼吸が合うというのかな。
魔法に関してはクリングヴァル先生のような研究家ではあるけれど、常識はまだ持っているみたいだし。
「──せやけど、人がいないねんな」
ジリオーラ先輩の言う通り、オペルンの市街には人通りがなかった。
すでに逃げ出したのか、店なども閉まっているところがほとんどだ。
かろうじて開いている店も、客がいなくて暇そうにしている。
逃げ足の速い人たちだ。
逆に、逞しさを感じるね。
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