第十四章 ユトリベルクの中級迷宮 -4-

 金色を倒すと出現した魔法陣から、地上に帰還した。

 四日も迷宮に籠っていたら、そろそろ休息も必要だろう。


 久しぶりに公衆浴場に行って体を洗うと、新しい服に着替える。

 これだけで生き返った気分になるよ。

 フラテルニアの北西にあるバーデは、温泉が湧く保養地として有名だが、こうさっぱりするならあそこにもちょっと行ってみたくなるよね。


 常宿の菩提樹リンデン亭で夕食を済ました頃に、ぼくを訪ねて一組の男女がやってきた。

 つば広の帽子を斜めに被り、火縄銃マスケットを肩に担いだ男と、レースのヴェールと青いドレスが印象的な美女の取り合わせ。

 何だ、レオンさんとルイーゼさんじゃないか。


「また、出掛けることになってな。今度は二人で行くんだ」


 ぼくの前の椅子に二人並んで陣取ると、レオンさんがブランデー、ルイーゼさんがチーズとザワークラウトを頼む。

 酒だけ飲む気だったレオンさんに食べさせるつもりだな、ルイーゼさんは。


「マジャガリーからボーメンにポルスカ──今回はちょっと長くなるかもしれんな」

「今度は東ですか。あちこち行かれるんですね」

「支部長が、学院からの依頼をみんなおれに回してくるんだよ。便利に使われているだけさ」

「あら、最近のシピさんは機嫌があまり宜しくないんですよ。そんなこと言っているのを聞かれたら、仕事が倍に増えますわ」

「──勘弁しろよ。あいつも、働きすぎなんだ。ま、飛竜リントブルムの代役なんざ、そうそうできるもんじゃない。よく頑張った方だと思うぜ」


 運ばれてきたブランデーをレオンさんがあおると、ルイーゼさんはそっとチーズの皿をレオンさんの前に置いた。

 ちらりと見たレオンさんは、黙ってそれを口に運ぶ。

 これがクリングヴァル先生なら、エスカモトゥール先生と口論になっているんだろうけれど、レオンさんたちは言葉もいらないんだな。


「ポルスカのヤドヴィカ・シドウォ。覚えているか?」

「ああ、あの火の精霊オギェインの加護があるとか──」

「それだ。彼女自身はポルスカ王国では大した地位にはいないが、精霊の加護持ちということで支持を集めてしまうとルウム教会には都合が悪い。揉め事の火種になる可能性すらある。それをわざわざあんな衆目を集めるフェストに出してきた意図が何処にあるのか、周辺の国の動きも合わせて注目されているんだ」


 実際、ヤドヴィカは十三歳だそうだが、もうマジャガリー王が末息子の嫁に迎えたいと動き出しているとか。

 マジャガリーの王って、イグナーツの親父さんだよな。

 随分打つ手が早い──しかも、あそこはヴァイスブルク家と繋がっている。

 ボーメン王国のリンブルク家と縁戚のポルスカ王国を切り崩すために、マジャガリー王国が動き始めているという形になるのかな?


「おれは、普通の冒険者と違って、魔物だけを相手にしているわけじゃない。アラナン、お前もそうなるはずだ。おれがわざわざ、出発する前にお前に話に来た意味、わかるな?」


 レオンさんは、珍しく煙草も吸わずにぼくの目を見ながら言ってきた。

 フラテルニアに来て、一番初めに苦労をともにした大人の男。

 それが、レオンさんだ。

 ぼくの目標の一人でもあり、色んな意味でまだまだ及んでいないと思っている。

 そんな人から真摯な表情で言われたら、迂闊な返事はできない。


「フェストで注目を集めてしまったぼくは、もうすでにただ武術や魔法の鍛練をしているだけの生活はできないってことですね」

「端的にいうとそういうことだ。アラナン、お前は普通の学院の生徒と同じ道は歩めない。ま、お前のことだから、わかっているとは思うがな。要は、ヘルヴェティアを自分だと考えて、負けないためにどう動くか考えるだけだ。意外と、お前には向いていると思うぜ」


 向いている、ね。

 そんなことを言われたのは初めてだ。

 太陽神ルーの加護を持っているから、やらなければならない。

 エアル島の祭司サケルドスや、大魔導師ウォーロックからもそういう雰囲気を感じてきた。

 だが、向いているという言い方は新鮮だな。

 やっぱり、レオンさんはいい。

 ぼくの参考にできる大人だ。


 軽く飲んで、挨拶と助言だけしてレオンさんとルイーゼさんは帰っていった。

 また暫くレオンさんはフラテルニアを離れるのか。

 学院は、レオンさんに何を依頼しているんだろうな。

 前回はフリースラントだったか。

 あのときは、地元だったからまだわかる。

 でも、今回はマジャガリー、ボーメン、ポルスカだろ。

 レオンさんと直接関わりのない地域だ。

 しかも、ルイーゼさんを連れていくなんて、大丈夫なんだろうか。


 まあ、表向きはギルドで魔物退治を受けながら移動していくんだろう。

 各国の魔物退治は、冒険者ギルドの請け負いだ。

 当然、ヘルヴェティアとしては、そこに自国の密偵を紛れ込ませやすい。

 ギルドは各国の出資を受けてはいるものの、ヘルヴェティアの連合評議員が本部長であり、その意志を受けているのは自明の理だからな。


 教会という組織網を各国に張り巡らせているルウムといい勝負だ。


 考えられるのは、ヤドヴィカをいまのポルスカ王家は始末したがっているのかもしれないという可能性だ。

 ヤドヴィカを保護している勢力と王家とで対立しており、王家は教会に狙わせるためにわざと目立つ大会に出してきた。

 リンブルク家と対立するヴァイスブルク家は、ポルスカ王家と対立する勢力を支援するためにマジャガリーを使って繋がりを作ろうとしている。

 こんな構図か?


 ヴァイスブルク家と対立するヘルヴェティアとしては、現皇帝家に近いリンブルク家、及びその縁戚である現ポルスカ王家を支持しているはずだ。

 ならば、レオンさんの役目は、マジャガリーと繋がるヤドヴィカ擁立派を調査することだろうか。


 難しい任務だな。

 仮にぼくにそんな仕事が回ってきても、何をやったらいのかさっぱりわからないぞ。


 それと、思い出した。

 ポルスカ王国に、聖典教タナハが移動しつつあるという話だ。

 何だかきな臭くなってきたじゃないか。


 戦争が起きるとしたら、そこが火種になるのかもしれないな。


 翌朝、ぼくが戻ってきているのを聞いたか、ハーフェズ、マリー、ファリニシュが連れだって現れる。

 聖鴉サンクトクレーエを断った話は、ハーフェズにはしていない。

 ややこしくなりそうだからな。

 勝てなくてごめんと謝っただけだ。

 サツキマイは何処かほっとした表情を浮かべており、そして日常に戻ったようだ。

 ダンバーさんがまだベールにいるので、結構忙しいらしいな。


「戻ってきたということは、地下一層を突破したのか?」


 ハーフェズの問いに頷くと、彼はちょっと残念そうに息を吐いた。


「こっちも昨日の昼突破したばかりだ。少しだけこっちの方が早かったかもしれんが、もう追い付かれたってことのようだな」

「そっちも一層を突破したのか。おめでとさん」


 ぼくが祝意を示すと、マリーがちょっと嬉しそうに微笑んだ。

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