第十四章 ユトリベルクの中級迷宮 -5-

「それで、わざわざ来たのは一層のボスの確認か?」


 ぼくが問うと、ハーフェズは口笛を吹いて賛意を示した。


「わかってるじゃないか。こっちに出たのは、銀毛の食人鬼オーグルだけでね。正直、物足りなかったのだ」

「こっちも、それに金色が加わっただけだよ。銀色よりは能力は上だが、歯応えはなかった」

「ふん──難易度は中等科卒業の資格に合わせてだろうからな。どうやら、面倒なだけで面白みは少ない攻略になりそうだ」


 ハーフェズは、これをクリアすれば故国に帰る。

 最後にやるのがこれでは、彼にとっては肩透かしなのであろう。

 何処かつまらなさそうな表情を浮かべるハーフェズは、昔の彼を見ているようであった。


「なあ、ハーフェズは国に帰ったらどうするつもりなんだ?」

「ふん、決まっているだろう。国政を牛耳る黒石教カアバとの対決だ。ネボの手下などに、イスタフルの国土を荒らされてたまるものか」


 ふーん、と頷きかけて、ちょっと違和感を抱いた。

 黒石教カアバの神は、ルウム教と同じと聞いている。

 ルウム教の神の名は、エルだ。

 ならば、黒石教カアバの神の名も同じではないのか。

 言語の違いで変わっているだけなのであろうか。


 しかし、それよりもハーフェズの無茶の方が気になる。

 とんでもないことをやらかす気ではないだろうな。


「心配そうな顔をするな。すぐ戦いになるわけではないし、支援も受けている。お前たちにとっても、東に黒石教カアバ──つまり、セイレイスと対峙する勢力ができるのは、好都合なのだぞ」


 こんこんとテーブルを指で叩きながら、ハーフェズは笑った。

 人をからかったり、小莫迦にしたような笑みを浮かべるのはハーフェズのお得意だ。

 自分が強者だという自信がそうさせているのだろう。

 そのあたりは、ぼくやコンスタンツェさんに負けても変わる様子はない。


「支援ってヘルヴェティアのかい?」

「そうだ。なんのために、ダンバーがわたしの護衛に付いていると思っている。黒石教カアバ指導者ラフバルの刺客から、身を護るためだぞ。当然、国に戻るときも、ギルドの支援は受ける」


 ハーフェズには、彼なりの事情があるんだろうな。

 すると、ハーフェズが帰るとダンバーさんも付いていくのだろうか。

 ギルドの腕利きも、あちこちに派遣されて大変だ。


 イスタフル帝国といえば、岩石と砂と僅かな灌木があるだけの乾いた国というイメージがある。

 そんな国に行くのも大変だろうと思っていたら、ハーフェズがとんでもないことを言い出した。


「どうだ、アラナン。お前もイスタフルに来ないか? お前が高等科に行くことはわかっている。だから、その後でもいい。いつか、わたしを手伝いに来てくれたら──お前がいてくれたら有難い」

「ぼくが、イスタフルに?」


 思わず、大きな声を出しちゃったよ。

 マリーも飲んでいたワインを噴き出して、むせている。

 それだけ、ハーフェズの提案にびっくりしたんだ。


「ああ。イスタフルはいいぞ。標高が高いから、空が近くてな。ヘルヴェティアも高原だが、イスタフルはもっと高い。雲が手に届くんじゃないかと思えるくらいだ。その空の下をな、馬に乗って何処までも駆けていくんだ。太陽を追いかけて、日が沈むまでな。そして、馬上から見る夕陽が、これがまた最高なんだよ」


 遠い目をしながら、ハーフェズが語る。

 こいつが、こんな表情をすることもあるんだな。

 って、いやいや、こいつのことだ。

 演技だということも十分考えられる。

 平気な顔でしれっと冗談を混ぜてくるからな。


 だが、ちょっと心には響いた。

 ぼくに一緒に来いと言ってきたのは、こいつが初めてだ。

 何だかんだいって、初等科中等科の最大の好敵手はこいつだった。

 ハーフェズに頼まれれば、何かをしてやろうかってくらいには付き合ってきたつもりだ。

 そうだな。

 こいつも、友達だもんな。


「そうだな。いつか、二人でイスタフルの夕陽を見に行くか」

「ああ。必ず来いよ。世界の半分を集めたという栄華の都、ヤフーディーヤを案内してやる」


 ハーフェズは、すっかり故郷に想いを馳せてしまっているようだ。

 そんなハーフェズの様子に、さっきから何か言いたげであったマリーが強引に会話に割り込んできた。

 ハーフェズの話が長くなると、マリーの話ができないと判断したのか。


「ところでアラナン、この後学院に行かない? ドゥカキス先生に頼まれ事があるのよ」

「ドゥカキス先生ってことは初等科かい? 何でまた」

「初等科生にとんでもない問題児がいるらしくて、手に負えないらしいのよ。先輩の力で鼻柱をへし折ってほしいって。そういうの、アラナン得意でしょ」


 失敬な。

 それじゃ、ぼくが高慢な人を片端から潰して回っているみたいじゃないか!


「初等科生って、まだ入学したばかりじゃないか。そんなんで、ぼくらの相手になるもんか。何処の国の何てやつよ」

「──フランデルン伯の次男ね。へルマン・フォン・ヴァイスブルク。フランデルン=ヴァイスブルク家が送り込んできたこまっしゃくれた子供よ」


 またヴァイスブルク家か。

 しかも、フランデルン伯の一族だと?

 確か、あそこはマリーのアルトワ伯領の隣じゃなかったっけ。


「ひょっとして、顔見知りなのか?」

「──そうよ。幼馴染みみたいなもんね。昔っから生意気なのよ。年下のくせにね」


 へえ。

 ちょっと興味が湧いてきたな。

 今年の初等科の首席がどんなもんか、確かめてやろうじゃないか。


 迷宮に行く予定を変更して、マリーたちと一緒に学院に行くことにする。

 去年までは女生徒の人気はハーフェズの独り占め状態だったが、フェストの活躍で、ぼくの人気も大分上がっている。

 この間来たときは、特に初等科生の女の子の歓声が凄かった。

 今日もうるさいのかなと思いきや、何かちらちら見てくるようだけれどみんな騒がない。

 いや、別に騒がれたいわけじゃないけれどね?

 え、でももうぼくの人気終わり? って感じでちょっとショックだな。


 職員室で、ドゥカキス先生と会う。

 相変わらず小さい。

 なんというか、この人は魔法ソーサリーの腕はそれなりにあるのに、この身長のせいで舐められているんじゃなかろうかと思う。


「アラナン・ドゥリスコルまで連れてきたんですか? ヘルマン初等科生を殺したいわけじゃないんですよ?」


 ぼくの顔を見たドゥカキス先生の第一声はそれだった。

 いや、確かに先生には余り好かれていない印象はあったけれども!

 わざわざやってきた教え子にこれは理不尽な仕打ちではないだろうか。


「でも、わたしだとヘルマン相手だと勝敗はわからないんですよ。昔は、剣の腕はあいつのが上でしたし」


 マリーがやや自信なさそうに答える。

 そんな莫迦な。

 昔ならいざ知らず、いまのマリーがそうそう初等科生なんかに遅れを取るものか。

 もし、マリーに勝つような逸材なら、そいつはもう中等科卒業の力があるってことになるんだぞ。

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