第十二章 聖騎士の光刃 -4-

「ふふふ、殿下ヒズ・ハイネスはちょっと自信過剰なところがあったから、この敗北はちょうどよかったのですよ。妻としては、もう少し自重してほしいものですからね」


 ヴィクトリア大公妃の言葉に、大公は些か閉口したようであった。

 自信過剰ねえ。

 確かに、そんなところはありそうだ。

 でも、あれが大公の持ち味だろうからなあ。


「エーリントン侯からも、そなたのことは頼まれているのです。これで肩の荷を下ろせました」


 ウェルズリー家のおじさん、意外と王家に食い込んでいるんだな。

 まあ、ルウェリン・グリフィズ自体、アングル人とグウィネズ人の融和の象徴みたいな人だ。

 エアル人とも関係を築こうとしても、不思議はない。


「そうですか。ぼくとしては、有難い話です。色々考えなくても済みますから──」


 まあ、アルビオンとしては、何もしなければエリオット・モウブレーにも、ぼくにも去られてしまうのである。

 ならば、二重国籍にしたいと思っても無理はないのかもしれない。


 ま、一番の驚きは、オニール学長が大公の提案を飲んだことだけれどね。

 何か、条件を付けたのだろうか。


「で、ドゥリスコルは高等科に進むのか?」

「ええ、そのつもりですが、まだ進級試験はこれからですよ」


 高等科への進級試験は、ユトリベルクの中級迷宮の突破だ。

 どうせ、ぼくだけ単独突破だろうけれど。


「フェストの準決勝に来る男が、その程度の試験受けるまでもなかろう。高等科トップの男が、一回戦で負ける大会なのだぞ」


 ま、そりゃそうなんだけれど、きっとユトリベルクでは魔法ソーサリーだけでダンバーさんとやらないといけないんだよ。

 それはそれできついものがあるんだよな。


「アラナンの戦いを見て、わたしも加速アクセレレイションの制御に足りないものが何か、気付いたんだ。先生マスターに頼んで、クリングヴァルさんにも教えを請いたいな」


 ノートゥーン伯らしい貪欲な研究心である。

 まあ、基礎魔法ベーシックの鍛練が、一番魔力の制御には結び付くからね。

 間違ってはいないけれど、クリングヴァル先生がどうするかだな。

 あの人、基本面倒臭がり屋だからなあ。


「アラナンも、高等科に来たら先生マスターの許でやることになるだろう。一緒にやるのを楽しみにしているよ」


 そういや、この研究熱心さ、何となくクリングヴァル先生に似ているな。

 意外と、うまが合うのかもしれない。


 その夜は、結構楽しい時間を過ごせた。

 大公は気さくだし、大公妃は時々辛辣だがぼくには好意的だ。

 大公の独自呪文ユニークについての考察と弱点を語ったら、結構みんな食い付いて真面目に討論してしまった。

 一番の弱点は大地から足が離れることだし、人工物の床だと効果が薄れる。

 屋内、特に二階以上にいると削られた分の補充ができにくいんだよね。


 まあ、解決策としては、瓶のようなものに土を詰めて携帯しておくのが一番手軽だ。

 大地の魔力を補充できるから、咄嗟に防御するくらいはできる。

 後は、安全なところまで退避すればいい。

 ぼくも、聖爆炎ウアサル・ティーナのために火口を持ったりしたものだ。


 魔法ソーサリー魔術エレメンタルの区別も知らない大公は、これを聞いて随分驚いていた。

 彼の独自呪文ユニークは天賦の才だからな。

 ちゃんと基本を学んだものではない。

 エアルの祭司サケルドスたちも、そんなことをわざわざ大公に教えないだろうし


 意外にも楽しい食事と歓談のひとときが終わると、ノートゥーン伯と一緒にミル・サンス亭を出た。

 ノートゥーン伯は、まだこの後見回りをしなければならないらしく、ティナリウェン先輩たちと合流すると言っていた。


「ジリオーラが隙あれば抜け出そうとするからな。目を光らせてないと」


 まとめ役の苦労が偲ばれそうな科白を言うと、ノートゥーン伯は頭を掻いた。

 こういうところは、クリングヴァル先生より真面目で責任感あるな。

 ジリオーラ先輩は、結構自分の欲望に正直で、自由奔放だからな。


「ところで、アラナン。お前はアルビオンの国籍を抜かなかったが、よかったのか? 将来、板挟みになる可能性を残したんだぞ」


 別れ際に、ノートゥーン伯が真面目な口調で尋ねてきた。

 要するに、エアル人とアングル人との間で争いが起こることを懸念しているのかな。

 だが、恐らくオニール学長にはアルビオンと争う気はないんだろう。

 そうでなければ、大公の要求を飲むはずがない。


「ヘルヴェティアはアレマン貴族と教会という潜在的な敵をふたつ抱えていますからね。聖公会アングリカンとアルビオンまで敵にはしない、とそういうことでしょうよ。エアルの祭司サケルドスたちは大魔導師ウォーロックが抑えてくれるでしょうし、エーリントン侯もいますからね」

「──まさに、その通りだろう。だが、積み重なった不満は燻り続ける。お前はその道を選んだ以上、そこに火を起こさせないように見張ることを期待されているんだ。大公たちがお前を厚遇するのは、そのためだからな。油断するなよ」


 何の計算もなく、ただの子供を特別扱いするはずがない。

 政治の世界の怖さだな。

 ノートゥーン伯は、すでに一回決断をしているんだ。

 故郷を捨てて、自分の好きな道を追いかけることを。

 ぼくが今回アルビオンの手を振り払わなかったことで、自分で選択する機会を奪ったのではないか危惧しているのかもしれない。


「少ないながらも何人か下に付けられるとね、感じるんだよ。責任の重さをね。アラナン、恐らくお前には、わたしと比べ物にならないものがそのうちのし掛かってくる。そのときに、準備ができてないということだけは、避けるようにしろよ」


 それだけ言い残すと、ノートゥーン伯は立ち去っていった。

 その後ろ姿を見送りながら、漠然と言われたことを咀嚼する。


 単純にぼくがこのままの道を進んだら、どういう未来になるんだろう。

 学院の高等科を卒業したら、冒険者で上を目指してもいい。

 白銀級ズィーバー黄金級ゴルトと昇格を目指し、飛竜リントブルムの後を継いでギルドの本部長なんていいかもしれない。

 学院の教師も悪くはない。

 クリングヴァル先生みたいに、鍛練以外はだらけ過ぎて説教を食らう生活。

 甘美な未来。


 だが、それは夢だ。


 数年そんな生活はできても、いつかは何処かで戦いが始まるだろう。

 そして、その大渦にヘルヴェティアだけ巻き込まれないなんて保障は、何処にもないのだ。

 そのとき、大魔導師ウォーロックと学院の魔法師部隊が主戦力になるのは間違いない。

 そして、ぼくはその中でも主力となるはずだ。


 子供の頃から、戦うために育てられてきたのだ。

 エアル島のためでも、ヘルヴェティアのためでも別にそれは構わない。

 それだけをやるなら、簡単なことだ。

 だが、ノートゥーン伯が言うように、恐らくそれは許されないのだ。

 一人で戦うことしかしてこなかったぼくに、人を指示して戦うことなんてできるのだろうか。


「何でぼくがって言えれば、楽なんだろうけれどな」


 ま、それでも学院には、ノートゥーン伯という幹部候補生がいるからね。

 彼が走る後を付いていけば、そのうち見えてくることもあるだろうさ。

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