第十二章 聖騎士の光刃 -3-

 夕食は、グウィネズ大公プリンス・オブ・グウィネズに招待されていた。

 前回と同じ、因縁のミル・サンス亭だ。


 招待を受けたのは、ぼくとエリオット卿サー・エリオットの二人である。

 ぼくがミル・サンス亭の特別室に案内されると、すでにそこには三人の男女がいた。


 ホストのルウェリン・グリフィズと、客のエリオット・モウブレー、もう一人は──ああ、確かグウィネズ大公妃プリンセス・オブ・グウィネズだ。

 バーニシア公ジェイムズ・ダドリーの娘で、ヴィクトリア・ダドリーと言ったか。

 豪奢な青のドレスを宝石で飾り立てているが、その悪趣味な格好がまた似合ってしまうほど美しく堂々としている。

 女王と対等に渡り合う怪物だという話だからな。

 一癖も二癖もあるはずだ。


「来たな、アラナン・ドゥリスコル。──まあ、座れ」


 エリオット卿サー・エリオットの隣の席を示される。

 給仕の青年が椅子を引いてくれたので、一礼して座った。

 もう、試合より緊張するな。


 出席者がそろったことで、ワインと前菜が運ばれてくる。


アミガサタケレジューム・ア・ラのクリーム煮・クレーム・ド・モリーユでございます」


 バターで炒めたアミガサタケモリーユとエシャロットに、生クリームと塩胡椒を加えてあるようだな。

 大公が遠慮なく食べろというので、安心して口に運ぶ。

 バターの香りを楽しんだ後、ふっくらとしたアミガサタケモリーユを咀嚼する。

 おう、歯応えと香りが素晴らしいな。

 確か、アミガサタケモリーユは、かなりの高級品のはず。

 マリーにばれたら、明日連れていけと言われそうだ。


「それにしても、貴様が準決勝まで進むとは思っていなかったぞ、アラナン。連れてきた聖公会アングリカンのじじいどもも、ルウムのかび臭い連中を見返す好機だと息巻いておってな」

「本当に。殿下ユア・ハイネスが負けたときは、あの小僧をエアル島に叩き返せなどと叫んでおりましたのに。掌を返したかのように褒めちぎっておりますわ」


 大公妃は辛辣だな。

 ルウェリン・グリフィズもちょっと苦笑している。


「ともかく、準決勝の顔触れにアルビオンの人間が残ったのは確かなのだ。後の三人は、教会、帝国、魔法学院とこの大陸を牛耳る連中の後押しを受けている連中ばかり。そこに、アルビオンが割って入ったのだからな。これはめでたいことだ」


 やけに前向きだな、大公。

 ぼくとエリオット卿サー・エリオットを呼んだ真意ってのは、結局アルビオンに戻れってことなのか?


「ベールも騒がしくてな。皇帝がレツェブエルにミズラヒ人追放の指示を出したという噂もあるし、クウェラ大司教もベール市長に人狼ウェアウルフの引き渡しを要求しているようだ」

「ギデオン・コーヘンを、教会が?」


 クウェラ大司教なら、見たことがある。

 例のツェーリンゲン家による騒動のときに、ベール市長に賛同してぼくを連中に引き渡そうとしたやつじゃないか。

 あんなんでも、評議会の一員だっていうんだから困ったもんだ。


「教義的には教会と敵対する存在であるし、火炙りにでもするのではないか? どうもあの大司教は大公妃プリンセスが好かなくてな。会うと怒られるので、詳しくは知らぬ」

「当然です。清廉であるべき教会の幹部に、あのような唾棄すべき豚がいること自体由々しき事態ですわ」


 す、凄いはっきり言う人だな。

 聖公会アングリカンの信徒っぽい言い種ではあるが。


「それもあって、なかなか大魔導師ウォーロックと面会できなくてな。だが、今日の昼に短い時間だが、会ってきた。貴様たちの処遇に関わることだ」


 ぼくたちの?

 試合には勝ったんだから、好きにさせてもらう約束なんじゃ。


「まず、現状の話をしよう。ノートゥーン伯はヘルヴェティアの国籍を得たときに、アルビオンの国籍を失っている。ドゥリスコルはまだアルビオンの国籍を持っており、ヘルヴェティアの特別保護下にある状況だ」


 うん、学院の高等科と中等科の違いだね。

 一応、ぼくにはアルビオンからの学費も出ているんだよな。

 返そうと思えば返せるくらいの金は稼いでしまったが。


「だが、それでは我が国も納得できんのでな。大魔導師ウォーロックには、今回貴様ら両名のみの特例を飲んでもらった。つまり、貴様ら両名には、アルビオンとヘルヴェティアの両方の国籍を与えることになった」


 隣の席で、無作法にも大きな音がした。

 エリオット卿サー・エリオットが、立ち上がったのだ。


「──本当ですか、それは」

「本当だ。貴様らだけ特別扱いすることに異論を挟む者もいたのだが、わたしが黙らせたよ。仕方がなかろう。強者には、それだけの価値がある」


 エリオット卿サー・エリオットの顔が喜びに輝いていた。

 やはり、彼も国を捨てるのは心苦しかったのだろうか。

 でも、帝国を捨てたリヒャルト・マティス護民官のような人から見たら、こういう処置は腹立たしく映るんじゃないかなあ。

 新しい火種を生みそうな話だよ。

 オニール校長も、よく承諾したものだ。


「だから、エリオット・モウブレー、卿は堂々とノートゥーン伯を名乗れ。公爵も喜ぶ」

「はっ、ご配慮かたじけなく──」


 エリオット卿サー・エリオットがうっすらと涙を滲ませていた。

 ああ、もうサーではないのか。

 ノートゥーン伯、ノートゥーン卿ロード・ノートゥーンなのね。


「無論、ヘルヴェティアでのノートゥーン伯の行動に何ら掣肘せいちゅうを加えるものではない。これまで通り、自由に致せ」


 ああ、そこは忘れてなかったのね。

 安心したよ、約束を守らないのかと思った。


「この身は研究に捧げたものですゆえ。全力を挙げて魔法の研究に取り組みたいと思います」


 堅苦しいノートゥーン伯の言葉に、大公はワインを舌の上で転がしながら微笑んだ。

 この大公、王族の癖に意外と堅苦しくないからな。

 武人だからかね。

 戦場で作法なんて言っていたら、殺されるだけだし。


「次にドゥリスコルだが」


 おっと、こっちに来たか。


「貴様は現状ではアルビオンの国民だ。だが、貴様の類い稀な才能を、国籍を理由に潰してしまっても詰まらん。これは、ティアナン・オニールとも一致した意見だ。だから、貴様には一足早くヘルヴェティアの国籍を付与し、二国間での行動の自由を約することにした」

「えーと、要するに、ぼくは今まで通りにしていていいんですか?」

「そうだ。まあ、負けた以上、約束は守る。貴様は貴様の好きにしろ。学費の支給も続ける。──ま、フェストの実績が付いたから、増額も検討している」


 やけに気前がいいな。

 それに、負けたのに全然恨んでもいないみたいだ。

 思っている以上に、この大公懐が深いのだろうか。


「これでも、バーンフィールド侯などが相当うるさかったのですよ。でも、わたくしが黙らせました。いいですね、アラナン・ドゥリスコル。何か、難癖を付けられたり困ったことがあったりしたら、いつでもわたくしを頼りなさい。アルビオンで、わたくしの保護下にある人間に手を出す不逞の輩はおりませんからね」

「有難うございます、妃殿下ユア・ロイヤル・ハイネス……。でも、何でぼくなんかに?」


 大公夫妻の好意は、ほとんど異例とも言っていいだろう。

 本来であれば自分の面子を潰した相手など、憎く思っても当然である。

 あんな口約束を律儀に守ってくるのも意外だったし、何か思惑があるのだろうか。

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