3人はプリンセス?(後編)

 チュンチュンと外から鳥の声が聞こえる。

今日は例の日曜日だ。

黒使に脅されたこともあり、金曜日にサンプリの曲はほぼ全曲聴いた。

だが、なぜだろう。

あのヘヴィメタだけは俺の耳元から離れてくれない。そのせいか、土曜日はそのヘヴィメタだけリピートで聴いてしまっていた。

今日はいつになく、早く目が覚めてしまった。心のどこかで緊張しているのだろう。

なんせ今日は、俺のカラオケデビューの日なんだから。

俺はタンスを開けて、数少ない洋服の中から着る服を選んだ。タンスからパーカーとジーパンを取り出して、着た。

そして鏡の前に立ち、

(うん、普通だ。これぞシンプルイズベスト!)

と自分の普通さに酔っていた。

俺は朝ごはんを食べるためにリビングに行った。

「あら、日曜日のこんな早い時間に起きるなんて珍しいじゃないの。いつも休日は正午過ぎに起きてゴロゴロしてるのに。」

と母が驚いたような表情で言う。

(その言い方だと、まるで俺が休日出かけたところ見たことないってなるけど?親にまでそんなこと思われてたの?泣いていい?)

と心の中で落ち込みながら、

「あ、あぁ、今日は友達とカラオケに行くんだよ。」

と母に向かって言う。

「まあ!友達が出来たの!?小学校、中学校って友達と遊んだところそこまで見たことなかったけど、高校入ってすぐに遊びに行くなんて、良い高校みたいね!」

と言いながら、朝ごはんを出した。

(うん、今日の味噌汁は塩味が濃いよ。お母さん。)

母の暖かさと言葉に味噌汁の塩っぽさが増す。

「ごちそうさま。それじゃあ行ってくるよ。」

と言ってリビングを出てると、

「行ってらっしゃい。」

と聞こえた。


 家を出ると、まだ春だというのに、日差しが強い感じがする。平日とは違った、休日の風景がやけに新鮮に思える。

そんなことを思ってる間に学校に着いてしまった。30分前についた事もあり、まだ誰もいない。

俺は着くと急に不安になり、自分の服装がおかしくないか確認した。

(くつ下も穴開いていないし大丈夫だ!)

そして、実は俺はこの場でやりたいことがあるのだ。よくカップルの待ち合わせで見られる会話があるだろう。

女「ごめん、待ったー?」

男「ううん、今来たところだよ(キラッ)」

この男役のセリフが言いたいのだ。

このやり取りは、俺が憧れるシチュエーションなのだ。

後ろから、可愛い声が聞こえた。

「西村くーん!」

(この声は柊さんだ。柊さんの次のセリフは「ごめん、待ったー?」だっ!そしたら、俺は、あのセリフを言おう。)

俺は柊の方を向くと、柊は足を止めて、俺に向かって言った。

「に、西村くん、ズボンのチャック全開だよ?」

「ううん、今来たところだよ。(キラッ)」

俺は今世紀最大のスマイルをしながら言った。

柊は困った風に、再度俺に、

「あの、だから、ズボンのチャックが…」

と言うと。

俺は、再度柊に、

「ウウン、イマキタトコロダヨ。気づいてたんだけど、今来たところだから閉めれなかったんだ。あはは…。」

冷や汗が止まらない。

俺は今世紀最大のスマイルのまま、ズボンのチャックを目にも留まらぬで閉めた。

(もう帰りたい。よりにもよって、柊さんの前でやってしまうなんて…。)

柊は俺をフォローするように

「よ、よくあるよね!わかるよ!うんうん!」

と言った。

そうすると、柊の後ろから足音がした。

「待たせたな!まあ、私を待たせるようなことがあってはならないがな!」

と言いながら、黒使が現れた。

俺は、さっきのショックの事もあり、

「ウウン、イマキタトコロダヨ。」

と投げやりに返した。

それを聞いた黒使は不服そうに、

「なんだ、その雑は返しわ。まあ別にいいわ。みんな揃ったことだし、行きましょ。うたげへ。」

(なにが宴だ。カラオケだろ。)


 女子2人が前を歩き、俺がその後ろをついていく。前のガールズトークが時折聞こえてくる。

「わぁ!黒使さんのその服可愛い!」

「そ、そうか?まあ我のセンスは超一流だからな」

その会話を聞いて、俺は黒使の服に目を向けた。

(あの服は、俗に言うロリータというやつか。やはり、全体的に黒が多いな。まあダークプリンセスって名乗るくらいだから、そういう格好になるか。フリフリしてる部分が多いが、別に外にいてもおかしくない格好だな。全然ありだ。)

そんなことを思いながら黒使を見ていると、視線に気づいたのか、黒使がこっちを向いて、

「なにをジロジロ見てるんだ、この変態っ!」

と言いそうな顔で睨みつけてきた。

俺は目線を、黒使から柊へ移した。

(柊さんのワンピースか。白色がベースみたいだな。可愛いなぁ。)

と思いながら見ていると、なぜか黒使がまたこっちを向き、柊に向かって

「お前さんよ、後ろのストーカーがそなたの事を性的な目で見てるぞ。」

と言った。

(ストーカー!?どこだ!?柊さんをそんな目で見るやつは俺がぶっ飛ばしてやる!)

と俺があたりを見回してると、前から

「あなたの事よ!てか、あなた以外いないでしょ。」

と黒使が俺に向かって言う。

「なんだー、俺の事か。よかったー。ってなにも良くねえよ!ストーカーじゃねえし、性的な目で見てねえ!はず…」

と俺が反論すると、柊も合わせて

「そうだよ、黒使さん!人を外見で判断しちゃダメだよ?西村くんはそういう事する人じゃないよ!あと、私の名前はお前じゃなくて、美咲だからね!美咲ちゃんって呼んでね?私も姫ちゃんって呼ぶから!」

(あぁ、柊さんはやっぱり優しいなあ。外見で判断しちゃいけないってところが気になるけど。)

それを聞くと、流石のダークプリンセス様も柊には勝てないようで

「わ、わかった。我の勘違いだったようだな。美咲ちゃん…。」

と素直に答えていた。


 「着いたよー!カラオケ屋、宴に!」

と柊が店を指す。

(本当に宴だった。)

3人は、カラオケ屋に入る。中はいかにもカラオケ屋という感じの店内だ。

「じゃあ、ちょっと部屋とってくるねー!」

と言って、柊はカウンターの方へ行ってしまった。

「あなた、ちゃんとサンプリの曲は聴いてきたんでしょうね?」

と鋭い目つきをした黒使が、俺に問う。

それに俺は、

「あぁ、ちゃんと全35曲聴いてきたぞ。」

と自慢げに答えると、

「ふーん、ならいいわ。こないだの事は今のところは黙っといてあげる。それで?どの曲が良かったわけ?」

と黒使は積極的に質問してくる。

「そうだなー、別にどれが良かったとかはわからないけど、ヘヴィメタの歌が耳から離れないんだよな。」

と答えると、黒使は驚いた顔をして

「あなたそれって…ダ」

と言いかけたところで

「お待たせ〜!部屋取ってきたよ!早く行こー!」

と柊が帰ってきた。

俺は黒使に

「なにを言おうとしてたんだ?」

と聞くと、

「やっぱりいいわ、あとでわかる事だし。」

と言って、部屋に向かってしまった。


 部屋に入ると、そこには大きな画面が一つとマイクが二つ、タッチパネルが2つ用意してあった。

(す、すごいここがカラオケか…。というか、ここにきて、俺は歌が上手いのか不安になってきた。)

柊が、

「じゃあ、誰から歌おうか?んー、やっぱり言い出しっぺの私からかな?」

と言うと、タッチパネルを操作して曲をいれ、マイクをとった。

(この歌知ってるわ。)

そんな事を思ったのも、つかの間。気がついたら柊の歌声に俺は感動していた。

柊の歌が終わると、部屋の大きなモニターには95.605の文字が出ていた。

柊は俺たち2人に向かって、

「じゃあ、今度は2人の番だよ?どーぞ!」

とマイクを渡してきた。俺と黒使は目を合わせた。そして両方の考えは一緒だった。

((こんな上手い人の後に歌えるわけがない!))

「ダ、ダークプリンセス様、どうぞ先にお歌いくださいよ。お譲りしますよ。」

と俺が引きつった笑顔で言うと、

「う、歌いのは山々なのだが、まだ本調子でなくてな。しょうがないから、先は譲ってやろう。」

と引きつった笑顔で言う。

2人は引きつった笑顔でマイクを押し付け合う。

俺はこのままでは話が進まないと思い、

「わかった。じゃあここは公平にじゃんけんで決めよう。それなら文句なしだ。」

と言うと。

「わ、わかった。」

と黒使も承諾した。

「じゃあ行くぞ?最初は」

「「グー!、じゃんけん、ぽんっ!」」

半泣きの黒使が、タッチパネルを操作して歌を選曲している。そうだ、この俺が勝ったのだ。

(柊さんの後だけは、どうにか避ける事が出来た。人間は相対的に物事を見る。歌が上手い柊さんの後に歌うと言う事は、とてもハードルが高くなる。これで恥ずかしい思いをするのは、黒使になったわけだ。)

そうな風に思っていると、ようやく黒使の選曲が終わったようで、黒使がマイクを持って立った。

若干だが、手が震えている。緊張しているのだろう。

歌のイントロが流れ始めた。

(お、この歌はサンプリの曲じゃないか。)

黒使が口を開いた。


〜4分後〜


 俺と柊は開いた口が塞がらなかった。

部屋の大きなモニターには、99.485という数字が出ていた。

「姫ちゃんすごく上手だよ!すごいね!よくカラオケ来たりするの?」

と柊が聞く。

「い、いや今日が初めてだ。」

と黒使は戸惑いながら答える。

だか、だんだんと自分のすごさに気づいたらしく、俺の事を見下したような目で

「ほら、あなたの番よ?我はあなたの歌に期待しているわ?」

とマイクを押し付けてきた。

(クソ、こんなの聞いてないぞ。余計にハードルが上がってしまったじゃないか!いや、俺も黒使みたいな事があるんじゃないのか?歌ってみたら100点とか出せるかも…。)

そう思った俺は、自信満々にマイクを受け取り、

「おう、応援ありがとな。本気で歌わせてもらうよ。」

と答えた。その反応に黒使は息を飲んだ。


〜4分後〜


 黒使の口が開いたまま塞がらなかった。

まあそれは驚きではなく、笑いでなのだが。部屋の大きなモニターには79.740という数字が出ていた。

そう、現実は非情だ。俺は歌の才能がなかったらしい。声は裏返るわ、ラップの部分は噛むわ、散々だった。

黒使は爆笑しながら言った、

「なにが本気で歌わせてもらおう、よ!私より20点も低いじゃない!点数だって、7974って"泣くなよ"って事でしょ!?採点機能にすら慰められてるじゃない!」

(こいつ、言わせておけば…。明日、こいつのシャーペンの中の芯、全部折ってやろうか。)

「もう姫ちゃんやめなよー。ほぼ80点だし、全然普通だよ!」

と、柊さんが優しく言ってくれた。

(なんて優しいんだ。君は天使だよ。でもさっきから、笑いこらえて肩が震えてるの知ってるよ。)

とまあ、こんな感じにカラオケを楽しんだ。

カラオケも終盤の方になり、俺の曲のレパートリーも底が尽きた頃、選曲に困っていると横から黒使が、俺の持っているタッチパネルを取り、なにやらいじり始めた。

そして、勝手に曲を入れ、俺にこう言った。

「あなたこれを歌いなさい!今のあなたなら歌えるでしょ?」

「ちょっとなに勝手な事をを言ってるんだよ。俺の歌える曲はもうないぞ?勝手な事はやめてくれ!」

と反論する。その時、部屋の大きなモニターを見ると見慣れた曲名が書いてあった。そう、あのサンプリのヘヴィメタの曲だ。

「なんで、お前これを?」

と聞くと、

「ほら、始まるわよ。そんな質問後でいいから早く歌いなさい。」

とマイクを俺に渡した。

歌が終わると、部屋の大きなモニターには90.000という数字が出ていた。

柊が拍手してくれている。

今までにない達成感を経験できた気がした。

「まあなかなかってところね。てか、ダークプリンセスをテーマにした曲で90点以下出したら呪うから。」

と黒使に言われた。

(そうか、この歌はダークプリンセスをテーマにした歌だったのか。それにしても、ロックなお姫様だ。)

少し放心状態の俺に向けて、黒使は

「ほら、今度は我と歌うのよ!早くマイク持ちなさい?」

と言い。また同じ曲を入れた。

そして2人で歌い、途中で柊が自分も歌いたいと言いだし、結局3人で同じ曲を4回も歌うことになった。

そうして、俺の初カラオケは終わったのだ。


 カラオケ屋を出ると、外は夕日に包まれていた。

「はー、楽しかったねー!昨日初めて話したのに、すごく仲良くなれたね!姫ちゃん!」

と柊が黒使に向けて言う。

黒使は顔を赤らめて、そっぽを向きながら

「まあ、少しはね。」

と照れている。

「西村くんとも仲良くなれたみたいでよかった!」

と柊は俺に向かっても言う。

俺も少し照れ臭そうに

「お、おう、そうだな。」

と答えた。

「それじゃあ、私は向こうだから!また明日ね!バイバーイ!」

と言って、手を振りながら柊は帰ってしまった。

俺たち2人も手を振って見送った。

2人とも、一緒に途中までなので途中まで一緒に帰ることにした。

俺は歌い疲れてか、脱力感に襲われながらゆっくり歩く。そのスピードに黒使も合わせてくれてるような気がした。

「あの、その、今日はありがとね。あなたのおかげでとても楽しかったわ。初めてカラオケにも行くことが出来たし…。」

と黒使がこっちを向かずに言った。

「あ、あぁ、気にするな。これも計画の1つだ。これでも、まだ始まったばかりだ。でもまあ、俺もすごく楽しめたよ。」

と言葉を返す。

「それじゃあ、私はこっちだから。また明日。」

と言って、黒使は帰ってしまった。

(今、我って言わないで私って言ったよな?キャラ忘れてるけど、いいのか?)

夕日のせいかわからないが、顔が熱い気がした。


 「ただいまー。」

そう言って、玄関で靴を脱ぐ。それを聞いて母がリビングから顔を出す。そして母は

「おかえりなさい。あら、その顔を見る限りでは、とても楽しかったみたいね。」

と、言った。

「別にそんなことないよ。普通だった。ちょっと疲れたから、部屋で少し寝るわ。」

そう言って俺は部屋向かった。

部屋に入るやいなや、すぐにベットに横になった。そして、今日のことを思い出して、少しニヤけながら、片耳にイヤホンをつけながら寝てしまった。

片方の耳から外れたイヤホンからは、聞きなれたヘヴィメタが外に流れていた。

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