第二ー十三話:第五試合(中編)


「なっ……」


 見た面々は驚いていた。

 ぎんが放った魔法はかなりの威力があったはずなのに、ルイナが無事でいたことが、不思議でならなかった。

 そして、それよりも気になることもあった。

 それは、試合開始時と打って変わり、彼女の姿は全体的に、それも赤色をメインとした装束に変わっていたことである。


「ギリギリセーフ、ってとこかな?」


 服に付いた煙を軽く手で払うルイナを見て、驚いていた銀ら本部の者たちに対し、ツイン側の観客たちは「出た」と言わんばかりに歓声を上げる。

 この姿のルイナが現れた、ということは、少しばかりルイナが本気になったということだ。


「先輩。これが私の得た能力です」


 ルイナが銀にそう告げた瞬間、ルイナの周囲を飛び回っていた光の主――精霊であるファイアとウォーティがその場に姿を現す。


「そういえば、精霊と契約して戦う魔術師がいると聞いたことがあったが……」


 それを聞いた銀は、目の前の光景を信じられないでいた。

 いくら信じられなくとも、光の主――精霊であるファイアと同じ姿をしたルイナが目の前にいる。それはつまり、彼女が精霊契約者であることを示していたのだが、銀の記憶が正しければ、ルイナは精霊と共にはいても、契約は出来なかったはずだ。おそらく、本人の言う通り、ツインに異動してから得た能力なのだろう。


「この子はファイア。火を司る精霊です」


 知っているはずだと思いながらも、ルイナが精霊をそう紹介すると、女生徒の大半(主にツイン側)から歓声が起こる。


「きゃああああ!!」

「やっぱり可愛いー!!」

「来て良かったねー」

「ねー。滅多に見られないし」


 それを聞き、本部側の観客席にいた者たちが苛々してきたのか、うるさい、とツイン側の観客席にいた者たちへ一喝するが――


「うるさいのはどっちよ!」

「そーよ! こっちは滅多に見れないものを見に来たんだから!」


 ツインの女性陣に言い返され、本部の男性陣はたじろいだ。


「そっちの応援の様子からすると、お前のその行動は珍しいみたいだな」


 銀の台詞に、ルイナは「そうですか?」と首を傾げる。


「まあ、あんまりやらないのは認めますよ。でも、彼女たちの歓声は私ではなく、ファイアたちに向けられたものなので、何とも言えませんが」


 ルイナは頷くものの、微妙な顔をしながらファイアたちを一瞥する。


「精霊と姿が同じなのも、か?」


 銀の言う通り、ルイナの現在の姿はファイアと同じ姿――赤く染まった髪を一つにまとめ、黒い花びらのような髪留めで束ねた姿をしている。


「ああ、これは――」

『契約者がいると示すためのものだよ』


 ルイナの横から前に移動したファイアが、そう説明する。


『僕たち精霊が、契約者と信じた者以外に使役されないためのもの』


 それを聞きながら、困った顔でルイナはファイアを見る。


「まあ、そういうことです」


 苦笑いしながら、ルイナはそう言う。

 そして、ツイン側のフィールド外でも、ルイシアが似たようなことを説明をしていた。


「通常、人間一人につき、精霊契約ができるのは五人までなの」


 ルイシアの説明に、頼人よりとが首を傾げる。


「何で、五人までなんだ?」

「これは、ルイナから聞いた話だけど――」


 基本的には魔力の問題である。精霊契約にはかなりの魔力を消費するため、その者が持つ魔力量にもよるが、比較的全体のバランスを取れるのが、最低でも最大でも五人までなのだという。


「そうだったのか」

「けどまあ、普通なら・・・・五人までなんだけど……」


 理解したように頷く頼人に、ルイシアはルイナを見る。


「ルイナの契約精霊は十を越えるからね」

「じゅっ……」


 つまり、普通の人の倍である。


「倍じゃねーか。何で……」


 玖蘭くらんが尋ねると、美波みなみも不思議そうに頷く。

 そんな二人に、ルイシアは目を向ける。


「頼人は覚えてる?」

「え……」


 いきなり話を振られて、頼人は驚き、変な声を出す。


「私やルイナはさ」


 ルイシアは淡々と告げる。


「魔力量がありえないぐらいに多いんだよ」


 どこか遠い場所を見るかのように、ルイシアはルイナたちがいるフィールドの方を向きながら、そう告げた。


   ☆★☆   


『ルイナさん!』

「――っ、大丈夫!」


 銀の魔法を受けたルイナに、ファイアが叫ぶようにして名前を呼ぶ。

 いくらルイナがファイアと契約した状態になり、銀が火属性の魔法を発動したとはいえ、両者ともにまだ本気を出したわけではなかった。


「そろそろ本気、出した方がいいんじゃないのか?」

「なら私は、そっくりそのまま先輩にお返ししますよ」


 互いに挑発する。これはあくまで前哨戦であり、本番である『魔術師バトル』までに手の内を見せるわけにはいかない。


「“青い炎ブルー・フレア”!」

「っ、“炎熱遮断――紅蓮の防火”!」


 青い炎がルイナに向かうも、ファイアと契約したことで“炎熱遮断”のパターンは増えたが、やはりというべきか、防戦一方になっていた。

 けれど、銀の方もファイアと契約しているルイナに、火炎系の魔法が効くはずもないことを知りながらも、火属性の魔法を放ち続けている。


『このパターンの数、何なんですか!』


 はっきり言えば、ルイナもその言葉に同意だった。

 火属性の魔法は多く存在するが、全て得ることは不可能であり、人によって得られる魔法は決まっている。ルイナの精霊契約により使える魔法も、精霊であるファイアたちが使える魔法を一時的に契約者であるルイナが使えるようになっているだけで、契約者が精霊契約時に使用した魔法のうち、契約していない時に使う場合、相性などが良くない限り使用することは出来ない。

 だが、銀はそんなの関係ないとばかりに、火を司る精霊であるファイアが驚くほど、火属性の魔法を使っている。銀が努力で身に付けたのか、単に火属性と相性が良かったのかは分からないが。

 その一方で、そんな状態にも関わらず、ルイナが無事なのは、火属性の影響を軽減できるファイアと水を司る精霊であるウォーティのおかげだ。


(マジで、どうしようかな)


 ルイナとしては、銀を相手にしている以上、あまり精霊契約を見せたくないので、『ウォーティとの契約』という案を除外する。

 最初に見せた素早さも活かせればいいのだが、一度見せてしまった上に、彼の動体視力を馬鹿にはできない。


「ねぇ、ウォーティ」

『何です?』


 だから、ルイナは考えた。


「貴女、基本的には水だけど、火を使えなかったわけじゃないよね?」


 銀の攻撃を防ぎながら、ルイナはウォーティに尋ねる。


『え、まあ、基礎である“火球ファイア・ボール”と初級レベルの“火の壁ファイア・ウォール”、中級レベルの“炎の壁フレア・ウォール”くらいしか使えませんが』


 それを聞き、ルイナは笑みを浮かべる。

 ウォーティは水の精霊ではあるものの、一部の他属性の魔法が使えないわけではない。


「中級レベルが使えるなら上等。後は私の分身さえ生み出したら、火炎系の魔法を発動しながら、ウォーティ自身の水系の魔法も発動して牽制。出来る?」


 それを聞いたウォーティが思案する。


『長くは持ちませんよ?』

「別に良いよ。ギリギリまで粘ってくれれば、私たちがすぐに終わらせるから」


 それを聞き、ウォーティは溜め息を吐く。


『分かりました。でも、まずは目眩めくらましからですよね』


 そう言って、ウォーティは一度光の姿になると、上に向かって飛んで行き、頼人の時に使用した魔法と似た魔法を発動する。


『“幻惑の霧ミラージュ・ミスト”――“霧の渦ミスト・ヴォーテックス”!』


 発動した瞬間、フィールドが霧に覆われ始めると、それに気づいた銀が辺りを見回し始める。観客やフィールド外の面々も何が起こったのか分からず、フィールドに目を向け、様子を見守る。

 だが、霧の渦は晴れない。フィールドの上の方まで覆った霧の渦を見上げ、銀は尋ねる。


「目眩ましのつもりか?」

「さあ、どうでしょう? でも――」


 尋ねる銀に、ルイナは言う。


「こちらから、先輩の姿は見えているんですよ?」


 そう言って、間合いを詰め、先程と同様に、剣の姿をした相棒を銀に向けて振り下ろす。


「――っ、」


 間一髪で避ける銀だが、霧の渦を一瞥し、再度ルイナに目を向ける。


「これは確実に、お前の仕業だよな?」

「だとしたら、どうします?」


 ルイナは一度、距離を取る。

 見ていれば、ウォーティの作り出したらしい水分身が、先程のルイナのように相棒を振り下ろしたり、火属性の魔法を発動していた。

 それに小さく笑みを浮かべ、水分身が離れたのを確認し、火属性の魔法を別の方向から銀に向かって放つ。


「くっ――」


 さすがに、背後からの攻撃には対応しきれなかったのか、ルイナの攻撃が銀に当たる。


「このくらいで、調子に乗るなよ!」


 そう叫ぶと、銀はぶん、と自身の、槍状の武器を横に一閃する。


「わっ!」


 ルイナもルイナで、何とかかわす。


『どうするの?』


 ファイアに問われ、ルイナは考える。

 このままでは、銀から余計に警戒されるだけだ。

 だが、それでも――


「やることは決まってる。“フレイム・ゲイザー”!」


 炎が間欠泉のようにフィールドから吹き出す。


「っ、」

「無駄です! “拘束レストリクション”!」

「“拘束バインド”の中級か」


 避けようとした銀だが、ルイナの拘束魔法に足に鎖が絡みつき、捕らえられる。

 だが、銀は“フレイム・ゲイザー”が迫っているにも関わらず、冷静に足を拘束してきたルイナの使った魔法を分析する。


「だがな――これで、お前の居場所は把握した」


(うっわー、今の裏目に出たか)


 “拘束レストリクション”は、術者の元から相手の動きを封じるために、自身の足元から鎖を相手の足元に向けて放つ魔法だ。そのため、いくら姿を隠していても、術者がこの魔法を使えば、居場所は知られてしまう。

 中にはあえて使う者もいるが、今のルイナの場合、完全なるミスだ。


「本当に分かってます?」

「何だと?」


 “拘束レストリクション”の効果を知る者なら、今のルイナの言い方は苦し紛れの言い訳にしか聞こえないだろう。


「“拘束レストリクション”は、制限付きの拘束魔法だというのを忘れてませんか?」

「忘れてるわけがないだろ」


 銀の足元の鎖がジャラ、と音を立てる。


「だが、お前も忘れてないか?」


 銀はニヤリと笑みを浮かべる。


「お前は別の方向から攻撃しようとしているみたいだが――」

「――ッツ!」

「無駄にお前を見てきたわけじゃないぞ?」


 考えていることぐらい分かる、と言わんばかりに、いつの間に近づいてきたのか、銀の武器が一閃するも、ルイナの前髪の一部に掠り、フィールドに落ちる。


「そう言われても、困るんですが」


 見てきたのは分かるが、どう反応すればいいのか、ルイナとしては困るだけだ。

 だが、銀は違うのか、顔を顰める。


(あれ? 何か変なこと言った?)


 ルイナが首を傾げたときだった。


の藻屑となって死になさい! “豪雨ダウンプーア”! “洪水フラッド”!』


 何やら物騒なことを言いながら、水属性の魔法を放ってくるウォーティ。

 なお、藻屑云々のところが海ではなく水なのは、彼女の司る属性が水属性だからだろう。


「ちょっ、ウォーティ。私たちもい――」


 銀だけならまだいいが、さすがにこの状態で、ウォーティの魔法を食らっては一溜まりもないので、ルイナは慌てて彼女に声を掛ける。


(というか、水分身はどうした!?)


 水分身あれはウォーティがそばで操っていたはずだ。ウォーティのことだから、許可も無く消すことはしないだろう。


(となると、時間切れか、一時的に解いたのか、そのままなのか)


 だが、今のルイナとしては、ウォーティが助けてくれたに等しいため、溜め息を吐く。


「“防水”」


 そう口にしたルイナと側に居たファイアの体を、薄い青の膜が覆う。


「チッ」


 銀も舌打ちして結界を張り、ウォーティの魔法を防ぐ準備をする。

 次の瞬間、大量の水が津波のように二人と精霊一人へ降り注ぐ。


「っ、」


 かなりの水圧で押しつぶされそうになるも、そこはウォーティと言うべきか、人を殺さないように上手く制御しているらしい。

 自身と同じように耐えているらしい銀を見て、ルイナがファイアに視線を向ければ、それに気づいたファイアは小さく頷く。


「“陽炎ヒート・ウェイブ”!」


 ウォーティの魔法が引き始めたのと同時に、ルイナは発動する。


「しまっ――」


 銀が気づいたときにはもう遅い。

 ルイナはその場から消えた。

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