第二ー十一話:第四試合(後編)


 ――フタリヲ、マモラナイト。


 不安そうなルイナたちを見た頼人よりとは、脳裏にある光景から、手に持っていた武器が共鳴するかのように異変を起こしていた。

 もちろん、そんなことをルイナたちが知る由もないのだが、これがどういう事態なのかは理解できる。


「まさか、魔力まで暴走しかけてる……?」


 頼人の様子を見ながら呟く。

 頼人を包む禍々しい気は、どうやら彼の魔力にまで影響し始めているらしい。


「っ、全員、頭を伏せて!」


 ハッとしたルイナが叫ぶ。

 次の瞬間、突風がルイナたちだけでなく、観客席をも襲う。

 魔力が暴走した頼人は制御できないのか、はたまた制御しようとしていないのか、自身が生み出したであろう武器を手に、アルカリートへ向かって攻撃していく。


「倒ス倒ス倒ス」

「っ、」


 狂気の目でアルカリートに攻撃するが、アルカリートもアルカリートで全て捌く。


「頼人……」


 そんな頼人の姿を見たルイシアが、どこか悲しそうに呟く。


「なあ、何なんだ。あれは? あいつは何で――」


 さすがに動揺しているらしい玖蘭くらんがルイシアに尋ね、美波みなみも視線で説明を要求する。

 それに対し、ルイシアは一度軽く息を吐く。


「いいよ。説明してあげる」


 ルイシアの説明は分かりやすかった。

 頼人が手にしていたのは『妖刀』と言い、禍々しい気を放つその刀は、持ち主の正気を奪いながら、少しずつ狂わしていく。そんな妖刀を扱うには、狂気に飲み込まれない強靭な精神力とそれなりの剣の腕が必要となる。言い方を変えるのであれば、闇を纏った一種の『魔剣』である。


「どうにかできないの?」

「方法はいくつかある」


 ルイシアは指を三つ立てて説明する。

 ①現在の持ち主の手から離す。

 どんな方法でもいいから、その手から一時的に離させる。その際、妖刀に触れても、すぐに手を離すこと。

 ②持ち主を気絶させる。

 一見いっけん、一番楽そうな方法だが、気絶させるには背後に回るか、気づかれずに不意を打つしかない。

 ③妖刀自体を破壊する。

 ②と同様に一見いっけん、楽そうな方法だが、妖刀の気で正気を失うまでに行う必要がある。乗っ取られては元も子もない。


 この三つが、ルイナたちが行える、頼人を助けられる方法である。


「意識や魔力の侵食具合にもよるけど、頼人が妖刀を手にしてあまり時間は経ってないから、まだ助けられる」


 それを聞き、安堵の息を吐く二人だが、ルイシアとしてはまだ安心できなかった。


「兄さん!」


 一方で頼人の暴走を見たルイナは、フィールドの端に手を付き、審判である兄のルカに声を掛ける。

 それに気づいたルカが何だ、とでも言いたげにルイナへ目を向ける。


「私たちの負けでいいから、頼人を止めて」


 そう言うルイナに、ルカは頼人たちの方に目を向け、答える。


「無理を言うな。今の俺は審判だ。お前一人の、個人の意見は聞けない」


 ルカの答えに、そんな、とルイナはショックを受けたような顔をする。

 だが、そんなルイナを見たルカは、それにな、と続ける。


「いくら俺でも、今の彼にすきができないと、攻撃はおろか、制止もできない」


 そう答えた。

 それを聞き、ルイナも頼人を見る。確かに、今の頼人に近づくことは出来ないだろう。仮に近づけたとしても、狂気により気が狂う可能性がある。

 そばで応戦しているアルカリートが正気でいられることにも驚きだが、それもいつか限界が来る。


(その前に、頼人を止めないと……)


 思わず歯を食いしばるルイナに、横にいたルイシアがそっと目を向けていた。


   ☆★☆   


 頼人の妖刀とアルカリートの剣、互いの魔法がぶつかり合う。


「っ、」

「くっ……」


 魔力を暴走させながらも頼人は、何とか意識を保っていた。


(くそっ、また意識が……)


 先程からそれの繰り返しだった。

 二人を不安にさせたくないという思いから、妖刀が反応し、自分の意識を奪おうとしてくる。


(渡すかよ)


 渡してたまるか。

 周囲の人物に本部やツインで出会った者たち。それにルイナたち。

 彼らを、彼女たちを狂気におかさせたりはしない。


(安易に考えていた俺がバカだった)


 他にも手はあっただろうに、よりにもよって妖刀を選んだ。


(せめて妖刀こいつが離れてくれれば早いんだが……)


 妖刀をこの手から外すのなら、アルカリートにルイナかルイシアぐらいだろう。


(これじゃあ、あの時・・・と状況が似てんじゃねーか)


 その事に思わず笑う。

 不安にさせたくないといいながら、すでに不安にさせているこの矛盾は何なのか。

 最悪の場合、ルイナのあの目・・・を見ることになるかもしれない。正直に言えば、自分たちにとっては軽いトラウマで、あれは幼い少女がする目ではない。


『ねぇ、頼人』


 だからなのか否か、思い出す。


『頼人は私たちにとって、りになるなんだよ』


   ☆★☆   


 頼人が意識の底の方で、過去の記憶を引っ張り出している中、ルイナたちの方では異変が起きていた。


「苦、しい……」


 胸に手を当て、苦しむ美波に、どうした、と聞こうとした玖蘭も苦しみ出す。


「二人とも大丈夫!?」


 二人が苦しんでいるのに気づいたルイシアが声を掛ける。

 そして、それを見たルイナが周囲を見回せば――


「はぁっ、はぁっ……」

「苦、しい……」


 本部やツインの観客だけではなく、リヴァリーや鞍馬くらまさくらが何とか耐える形で必死に倒れまいとしていた。

 どうやら頼人の妖刀の影響が出始めているらしい。


「この状況はマズい。どうする、ルイナ?」


 ルイシアも同じ意見らしい。

 ルイナはフィールドに目を向けると、未だに頼人へ応戦しているアルカリートに声を掛ける。


「アルカリートさん!」


 呼ばれたアルカリートは呼んだ張本人であるルイナを一瞥する。

 その視線に、顔を引きつらせながらも、ルイナは尋ねる。


「貴方には頼人を止められないんですか!?」

「無理だな。こいつの魔力に匹敵する程の人物でないと止められない」


 アルカリートはそう言った。

 それを聞き、ギリッ、と音がなりそうなぐらい、ルイナは歯を食いしばる。


(頼人の魔力に匹敵する――って、そんなの、限られてるじゃない!)


 分かりにくいが、アルカリートはルイナたちに止めさせようとしているのだろう。

 さっきルイナが口にした『負けてもいい宣言』を聞いていたのなら、そうするつもりなのだろう。

 だが、ルイナとて、頼人をこのままにしておくわけにはいかない。美波たちのこの状態も、そのうちルイナたちに襲いかかる可能性は低くない。


「……ルイシア」

「何?」

「頼人は後回し。先にこの状況をどうにかする」

「ん、了解。魔力も回復してるし、会場の半分ぐらいならやってもいいよ」


 あっさり頷いたルイシアに謝罪と感謝を込めた視線を送れば、必要ないと手で遮られる。


「ファイア、ウォーティ」

『はい』

『分かってますよ』


 名前を呼べば、返事をしながら頷かれる。どうやら彼らもやるべき事を理解しているらしい。


「軽く本気を出すよ」


 そう言うと、ルイナは愛機をつつくようにして軽く叩く。


「モードチェンジしたばかりだけど、緊急事態発生。少し本気出すし、精霊たちの力は借りないから」


 それを理解したのか、ルイナの手にあった愛機は小さく光る。

 それに笑みを浮かべ、ルイシアとファイア、ウォーティの顔を見れば、頷かれる。


「やるのは、狂気の遮断。観客優先に遮断していく」

「うん」

『はい』

『その後に、こちらのお二人と本部の方たち、ですよね』


 ルイナの言葉に頷きながらも、確認してくるウォーティに、ルイナは頷き返す。

 仲間たちが後回しになってしまうのは申し訳ないが、観客として来ている職員たちの方が最優先だ。彼らが行動不能となれば、協会だけではなく、レターズの業務にまで支障を来す。


「最低でも五分、最長でも十分」

『どちらにしろ、短期決戦ですね』

「それに、私たちへの影響も考えると、それが限界」


 ルイナの示した時間に、厳しいと言いたげな顔でファイアとルイシアがそう返す。


「それに、ルイナの実力が知られたら、それはそれでマズい」

『そこなんですよねぇ……』


 ルイナの実力を知るのは、同じ実力を持つルイシアと幼馴染である頼人、兄であるルカに担当していた先輩であるぎん、アルカリートぐらいだ。

 この場にはその面々以上の人がいる。本部とツインのパワーバランスを考えると、ルイナは本部に戻らされる可能性もある。本来の実力を察知されないためには、何としても五分以内で片づけるしかない。


『あとは、どの魔法を使うか、ですが……』

「光の上級魔法で対処する」


 ルイナは指ぬきグローブを装着する。


「詠唱はもちろん?」

「破棄に決まってる」


 事は一刻を争うのだ。それなりに威力は落ちるだろうが、詠唱に時間を割いてはいられない。

 だよね、と返しながら、ルイシアは会場中を見渡すと、小さく頷く。


「それじゃ手始めに、君たちからの仕事だ」


 ルイシアの言葉に、ファイアとウォーティは頷き、飛んでいく。


『“幻惑の霧ミラージュ・ミスト”!』

『“幻惑の炎ミラージュ・フレア”!』


 ウォーティとファイアがそれぞれ魔法を発動させる。

 それに気づいたらしいルカと銀、アルカリートがぴくりと反応するが、観客や苦しむ面々は気づいていないらしい。


「じゃあ、やるよ」


 その言葉が合図となった。

 ルイナは愛機を前に出し、ルイシアは手を軽く前に出す。


「狂気の遮断」


 魔法が進む軌道をイメージして描き、魔法を発動させる。


「『光よ。悪の波動を断ち切り、干渉を無効にせよ』」


 その言葉とともに、ルイナの愛機とルイシアの手から光が溢れ出すと先程描いた軌道にそって、聖なる光が観客や玖蘭、桜たちへと降り注ぐ。

 そのまま様子を少し見ていれば、苦しんでいた者は苦しさが無くなって安堵した表情を浮かべ、苦しんでなかった者たちには狂気に干渉させないための結界を一時的に施した。


「あ、あれ?」

「苦しくなくなった……?」


 どこか不思議そうな二人に、くすりと笑い、低い位置でハイタッチをするルイナとルイシア。


『まだ終わりじゃないですよ』


 誤魔化しから戻ってきたファイアが終わってないと告げ、ウォーティも頷き、フィールドに目を向ける。


『元凶はまだあそこにいます』


 フィールドでは狂気が利かなくなった事に気づいたのか、周囲を見渡す頼人。


「さて、次はどうするつもり? ルイナ」

「もちろん、妖刀から手を離させる」


 しかも、上手く誘導してくれたのか、ツイン側に十分近い場所まで頼人とアルカリートが来ている。

 ルイナが軽く頭を下げれば、早くしろと言いたげな目を返される。


(誘導してもらえただけでも、ありがたいです)


 そう思いながら、ルイナはそっとバトルフィールドに立つ。

 そして、タイミングを見計らうと、自身の愛機を振りかざし、頼人へ向けて振り下ろす。


「まあ、そうなるよね」


 ――が、それは禍々しい魔力障壁により、防がれた。

 だが、予想していなかったわけではない。

 何せ相手は妖刀だ。

 頼人が持つ武器の中でも、現在使用中の武器であるこの妖刀は、厄介極まりない代物である。

 ルイナとルイシアは前に一度だけ見たことがあり、その時に使うなと念押ししたもので、アルカリートにも頼人が妖刀を持っているから、と話しておいたのだが――


(あ、思い出したら、イラッときた)


 覚えておきながらルイナたちに止めさせようとしていたのなら、アルカリートは策士ではないのか。

 ただ単に覚えておらず、こうなるという展開を理解し、ルイナたちを動かそうとしていたのだとしても、それはそれでイラッとくるのだが。


 話は戻るが、妖刀は本当に厄介だ。

 以前もルイナたちは妖刀に捕らわれた者を数人見てきた。そして、その内の何人かの末路を目にした。

 だから、頼人にはルイシアと二人で、しつこいぐらいに使うなと何度も何度も言った。もし使えば、いつ死ぬことになるのか分からないからだ。

 ルイナとしても、ルイシアとしても、それは望まないし、アルカリートもそれは望まないだろう。


 背後からの攻撃に、頼人の狂気を宿した目がルイナを捉える。


(あ、ロックオンされたか)


 だが、ルイナもルイナで簡単にやられるつもりもない。


「アルカリートさん、もしそっちに妖刀が飛んでいったら、遠慮なく壊してもらって良いですか?」


 頼人を助けるには、その方法が手っ取り早い。


「……ああ、分かった」


 珍しくあっさり頷くアルカリートに内心驚きながらも、ルイナは頼人に目を向ける。


「さて、頼人」


 一歩踏み出す。


「その刀、離そうか」


 ぴりぴりと空気が震え始めたのが分かる。


「それとも、離そうにも離せないのか」


 淡々と話すルイナに、空気はピリピリと震える。


(あ、これはキレるな)


 ルイシアはそれを理解した。

 妖刀が頼人とずっと一緒におり、自分たちのことを知っているのなら、ルイナや自分が危険人物だと理解しているはずだ。

 それに少なくとも、精霊契約者であるルイナを要注意人物としているはずだ、とルイシアは思っていたのだが。


「とりあえず、この試合は私がフィールドに上がった時点でツイン側の負けだし、これ以上アルカリートさんと対戦する必要はない」


 ルイナは事実を突きつける。


「リーダー命令。フィールドを下りて」


 淡々と言いながらも、ルイナの愛機を握る手に力が入る。


「……断ル」

「ですよねー。だから、無理矢理にでも、下りてもらう。あと、妖刀」


 笑顔から一転、ルイナは言葉を発する。


「頼人の意識を返してくれない? そうしないと、あんたを破壊することになるから」

「……」


 頼人――いや、妖刀は黙り込む。

 ルイナが発した言葉は、彼女が実現できると妖刀は理解しているからだ。


(かなり本気だな)


 そのことは銀にも理解できた。

 空気振動で妖刀の魔力や影響を防ぎ、抑えている上に、精霊の力を使わず、ほとんどが彼女の持つ純粋な魔力で行われている。

 しかも、狂気を遮断するために障壁と結界を維持している。


(相変わらず、馬鹿げた魔力だな)


 呆れを通り越して、感心してしまう。


「さて、どうする?」

「……チッ」


 舌打ちすると、禍々しい気は収まり始める。


(後は……誤魔化しが必要ね)


 頼人が目を付けられるのだけは阻止しなくてはいけない。

 そのためには――


「このっ、バカっ!」


 愛機を振り上げ、頼人に向けて振り下ろし、妖刀を叩き落とすと、次に彼をフィールド外へ蹴り飛ばす。


「痛ってぇ!」


 壁に思いっきり激突した頼人は声を上げる。

 その様子を見守っていたルイシアたちだが、その向けていた目は頼人を可哀想なものを見るかのような目をしていた。


「うわぁ……」

「痛そう……」


 見ていた面々は顔をしかめた。

 ルイナが行ったのは単純で、自身の愛機で頼人の持っていた妖刀をその手から叩き落とし、頼人をさっさとフィールド外に出すために、彼の腹部を蹴り飛ばすということだけだった。


「しかもゴン、って言ったよ。ゴン、って」


 確かに、魔力が『無駄に』強いルイナなら、どんな方法でも止められたかもしれないが、この方法を採るとは、ルイシアとしても予想外だった。

 だが、あれは痛い。地味に痛い。

 そして、妖刀に至っては、空気を読んでか読まずか、完全に沈黙していた。


「っつ……」


 頼人は痛そうにしながらも立ち上がる。壁に頭を打ったのだから、気絶していてもおかしくはなさそうだが、平気そうなのはルイナが手を抜いたからなのか否か。

 さすがに同意したのか、本部の者たちも苦笑いしている。


「ルイナ、テメェ……」

「何? 文句ある?」


 文句を言おうとした頼人に、弱いながらも怒気を放ちながら、ルイナは反論は許さないとばかりに睨みつける。


「私もルイシアもめたわよね?」

「……」


 ルイナの言葉に、頼人はそっと目を逸らす。

 だが、そのことについて何か言おうとしたルイナだが、それをめて、背後を見る。


「まあいい。このまま第五試合を始めればいいだけなんだからな」


 そう言いながら、本部側のリーダー、銀がフィールドに上がってきた。

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