第二ー十話:第四試合(中編)


「うぅ……」


 今にも泣きそうな二人に背中を向けて、両腕を広げ、庇うように立つ。


「大丈夫だよ」


 それは、遠い昔の日の約束。

 二人を不安にさせないため、自分に言い聞かせるための言葉。


「二人は僕が守るから」


 でも――強くなった今、それ・・は必要なのか?


 二人を、大切な幼馴染を、守るという約束を、は今も果たせているだろうか――


   ☆★☆   


 頼人よりとがやる気になった。

 そのことを最初に気づいたのは、やはりというべきか、ルイナとルイシアの二人だった。


「全く、エンジン掛かるの遅すぎるのよ」


 安堵したようなルイナの言葉に、ルイシアも同意したように頷く。

 頼人が本気その気になれば、ルイナたちが出す本気のスピードにあっさり追いついてくる。

 アルカリートもかなりの素早さの持ち主だったはずだが、それでも本気になった頼人に対処できないほどの素早さが無いわけではない。

 それに、怒りで理性を失いかけているアルカリートの相手をするにはちょうど良いのかもしれない。


(とりあえず、先輩・・には正気に戻ってもらわないと)


 それをひとまずの目標として、頼人はアルカリートの攻撃を躱す。


「頼人、どうするんだろうね」

「下手に攻撃して怒らせるわけにもいかないし、だからと言って、じっとしたまま攻撃を受けるわけにもいかないからね」


 やれやれと思いながら、フィールドで対戦する二人を見続ける。


「火に油を注ぐ結果になるのか否かどちらにしろ、今の私たちには見守るしかない」


 アルカリートと対峙する頼人へ目を向けながら、ルイナは思う。


 最悪な事態にだけはならないでくれ、と――


   ☆★☆   


「彼、大丈夫じゃないですよね……?」


 本部側では頬の掠り傷から出た血を拭う――いや、全体的に傷を負った頼人を見て、やや青ざめながらさくらぎんたちに向かって尋ねる。

 明らかに今のアルカリートのやり方はマズい。だが、止めないルイナもルイナだと、銀は思う。

 これ以上、アルカリートが暴れれば、本部の沽券こけんに関わる。


「通信、ですか?」


 突然、聞こえてきた着信音に、桜が首を傾げる。

 銀が相手の名前を確認すると、相手は上の人間だった。そのことに溜め息を吐き、その下に記された“通話”を押せば――


『銀、今すぐに止めさせろ! あいつもリーダーのお前の言うことなら聞くだろ!』


 開始早々にそう告げられた。

 いきなり何を言い出すんだ、とも思ったが、銀としても予想していなかったことではない。いつか来るとは思っていたが、それが今になっただけだ。


「無理です」


 上からの通信にそう返せば、『何故だ!』と返される。


「分からないんですか? ここでこちらが引けば、負けを認めるようなもの。貴方がたもこのような負け方、望んではいないでしょう」


 銀だって、こんな勝ち方や負け方は望んではいない。欲しいのは、正々堂々と戦い、得た結果だ。


『だが、このままでは――』

「本部の恥さらしになる、と?」

『分かっているなら早くしろ!』


 銀の言葉に、上からは怒ったような言い方で、それなら早くやれ、と告げてくる。


「嫌ですね」

『貴様……!』


 銀の返事に、さらなる怒りが伝わってくる。


「死ぬ覚悟であそこへ飛び込めと? ふざけないでください。あいつの実力は俺も知ってますが、今手を出せば、負け扱いになります。ミス嫌いのあいつが許すとは思えませんがね」


 アルカリートのことだから、頼人との試合に水を差し、それが上からのめいだとどれだけ告げたところで、それ以外の方法もあっただろうが、と言いそうだ。


『ぐっ……何が何でも、やらないつもりか』

「俺にはこの後の最終戦も控えているんで、今ここで無駄な力を使いたくないんですよ」


 ルイナと戦うからには、彼女も魔力を使わない限り、銀も使うつもりはない。


『本当にいいのか? 今ここで従わなかったら――』

「アルカリートや俺たちを、協会の協会ツインへ追いやりますか? 試合を見てれば分かると思いますが、今のツインは強いですよ。そこに俺たちが加われば……本部とツインの戦力バランスは、思いっきりツインに傾くことになりますよね?」


 銀の言葉に、上は黙り込む。

 ルイナやルイシアだけではない。このバトルに出てきた玖蘭くらん美波みなみだって、本部の者である鞍馬くらまやリヴァリー相手に戦えたのだから、実力が無いわけでもないし、銀も昔からルイナたちとアルカリート経由で関わっていた頼人の実力を知らないわけではない。

 つまり、対戦相手としてこの場にいるツイン側の面々は、ツインの中ではそれなりに強い、ということになるわけだが(中でも、ルイシアの相手をした桜は運が悪かった、としか言いようが無いが)、そこへ銀たちも行けばどうなるかなど簡単に予想できる。

 そもそも、本部の者たちは気に入らないからと、ツインへ送り過ぎなのだ。本当に実力のある者たちすらも送ってしまえば、本部に残るのは自己中心的な者のみだ。下手をすれば、本部とツインの中身が入れ替わってしまう。

 先程も言ったが、そんな所へ銀たちを行かせれば、本当に本部とツインのパワーバランスは傾きかねない。


「パワーバランスが傾く……そうなれば、どうなるのか。予想できますよね」

『脅すつもりか』

「まさか」


 上の者を脅したところで、銀には何のメリットもない。かといって、何でもかんでも言うことを聞くつもりもないが。


「それでも、俺たちはこの試合から引くつもりはありませんからご安心を。それでは失礼します」


 そう返し、通信を一方的に切ると、ぐったりしたように背もたれに寄りかかる。


「お前さ」


 上の方から茶髪の男が声を掛ける。


「本当にマズかったら、彼女が止める、って考えてるでしょ」

「……」

「確かにそうかもしれないけどさ、様子見てみなよ。彼女は多分、まだ手は出さないよ」


 目を向けてみれば、立ち上がる気配はない。

 というか、怖い。表情の問題ではなく、雰囲気的な意味で。


(アルカリートはやりすぎだし、審判も両リーダーも止める気配はない。手が出せないとはいえ……)


 何故、彼はアルカリートに向かっていっているのだろうか。

 二人の間には、実力差もあるし、経験差もある。アルカリートを止めようとするのならまだしも、諦めない、という意志の源はどこから来るのだろうか。


(まあ、リンチ状態じゃないだけましか)


 茶髪の男はそう思う。第四試合が開始してある程度経つが、途中でアルカリートのリンチ行為みたいなものもありながらも、今はその行為が落ち着いているのか否か、頼人が本気になり、アルカリートの攻撃を上手く捌いていた。


(ただ……)


 一つ気になるのは、ルイナのフィールドに立つ二人に向けられていた視線である。

 それも、ひたすら注意深く観察し、埃一つ見落とすものかとばかりに、厳しい視線を向けていた。

 理由は分からないが、観客としてこのバトルを見ている茶髪の男としては、大人しくアルカリートを応援する一人になりたいが、事情が事情のため、頼人にも頑張れと応援したくなる。


「それでも、全ては最終戦で決まるわけだけど」


 たとえ、この試合でどちらが勝とうと、自分には関係ない。


 ――これは前哨戦なのだから。


   ☆★☆   


 剣と魔法がぶつかり合い、銃に盾といろいろな武器がフィールドに現れは消えるのが繰り返されていた。

 それはもちろん、頼人の魔法によるものだが――


(くそっ、やっぱり火力面で劣るか)


 いくらアルカリートを止めるために本気になり、素早さを上げたとはいえ、それでも頼人がピンチなのは変わらず、武器を次々と生成しては変えを繰り返しながらも、応戦していた。


されてるぞ?」


 アルカリートの振り下ろされた攻撃を、頼人は何とか防ぐ。それでも、アルカリートの方が力が上らしい。押しつけるかのように力を入れているのか、頼人が足に力を入れているにも関わらず、先程いた場所から少しずつ移動し始めている。


「っ、」


 悔しそうな顔を少しでもすれば、アルカリートが笑みを浮かべたような気がした――いや、浮かべていた。


 今のこのチームに、前衛や後衛というものはない。

 魔法や剣をそつなく扱うルイナは契約精霊たちの協力もあり、前衛だろうが後衛だろうが立ち回ることが出来る。

 情報収集が主なルイシアは『情報収集』という所だけを見れば、後方支援が得意そうだが、実はルイナ同様に魔法や剣が扱え、実力もルイナと同等。

 式神召喚をメインとする幽霊妖怪退治屋ゴーストハンターの玖蘭は、自らも戦えるが、当てはめるとすれば中衛に近い。

 美波は美波で属性系魔法に強いタイプだが、接近系の攻撃が出来ないというわけでもない。


 ルイナを除き、これまでの試合を見てきた頼人だが、やはりというべきか、自分の能力は戦闘向きではないのでは、と思ってしまうのだ。


『頼人はさ、世の中に戦闘パターンがいくつ存在すると思う?』


 そう尋ねられたとき、頼人は首を傾げた。

 そんなの分かるわけがない。人が存在する限り、パターンも無限に近い数ぐらいあるはずだ。


『頼人の能力はね、使い方さえ間違えなければ、様々な武器に対応できるんだよ。反対に武器を作れるってことは、その武器の仕組みを知ってる、ってことだよね?』


 武器の仕組みや特徴を勉強してみなよ。そうすれば――……


「俺は、それを利用して、勝てるかもしれないっ……!」


 その言葉とともに、アルカリートの攻撃を跳ね返し、諦めない、という意志を見せれば、アルカリートから笑みが消えた。


「だが、お前は忘れていることがあるぞ」


 アルカリートの言葉に、頼人は怪訝する。


「俺は、お前が作れるものを把握している」

「ああ、そのことですか」


 頼人の手には、先程まであった剣は無く――


「それは……」


 目を細めるアルカリートに、頼人は小さく笑みを浮かべるのだった。


   ☆★☆   


「ねぇ、ルイシア」

「何かな? ルイナ」


 フィールドに目を向けたままのルイナに呼ばれたルイシアは、笑顔で尋ね返す。


「あれ、私にバレずに渡した武器情報じゃないよね?」

「あ、何か渡していたっていうのには気づいてたんだ」


 ルイシアは苦笑しながら、そう答える。

 実はルイシアは頼人に対し、誰にも――ルイナにすら――気づかれずに武器情報を渡していた。少なくとも、ルイナはルイシアが頼人に何か・・を渡したのだと、感じ取ったぐらいだが。


「にしても、あれが違うと言う理由は?」

「見たことがあるから」


 それを聞き、つまらないの、とルイシアは返す。


「ま、そんなことはどうでもいいよ。ルイナに察知されるようじゃ、私もまだまだだよね」


 ルイシアは肩を竦めたが、ルイナが聞き捨てならない、と返す。


「私に察知出来なかったら、次バトった時に勝ち目無いじゃない」


 そもそも同等な二人である。どちらかが強くなれば、どちらかはその者から見て、弱くなる。

 もし、これが二人によるバトルであり、ルイシアがルイナに察知されないで攻撃すれば、攻撃それはルイナに当たるだろう。そして、二人の力量も変化するのだろう。

 ちなみに、玖蘭と美波はすでに二人の話を聞いていない(二人とも、渡した武器情報云々から聞いていないのだが、下手に首を突っ込んで、わけが分からない単語を出されても困るため、聞かないことにした)。


「――でもさ、」


 ルイナが呟く。


「ルイシアが渡していようがなかろうが、頼人が勝とうが負けようが、私は勝たないとダメなんだよね」

「……」

「頼人は覚えてるのかな。『約束』」

「……ルイナ、それフラグだから」


 ルイナの言葉に、そっと目を逸らしながら、そう突っ込むルイシア。だが、ルイシアとて気になっていたことなので、否定も肯定もしない。


(けど、『約束』は覚えていても、その後のこと・・・・・・は、覚えてないんだよね、ルイナ……)


 ルイシアは目をそっとルイナに向けるが、彼女は気づかない。

 精霊たちに力を借りずとも戦えるルイナだが、精霊抜きでのその実力は、おそらく自分たち幼馴染や側にいる精霊たち以外で知る者はいないだろう。

 そして、その実力は、今回は見ることは出来ない。『魔術師バトル』に備えて、全力を出すわけにはいかないから。


(頼むから、暴走しないでよ。ルイナのあの目・・・は――)


「見たくないから」


 呟けば、聞こえたのか、ルイナがルイシアを見て、軽く首を傾げる。

 それに対し、ルイシアが何でもない、と返せば、そう? とルイナはフィールドに目を戻した。


   ☆★☆   


 フィールドを駆ける。

 今までで目の前の人に勝ったことは――いや、傷を付けたことはあっただろうか。

 答えは否。

 この時までと比べれば、傷を付けられた今は、自分も成長しているということなのだろう。


「っ、」


 罠を発動し、隙を見て、また埋め込む。

 距離を取るアルカリートの足下にある罠を手にした銃を放ち、発動させ、近づいてこられたら、切り替えた剣で応戦する――時折、近づかれても、銃で応戦するときもあるが。


(弾数はまだしも、やっぱり、体力や魔力の消費が早いな)


 予想していたとはいえ、そろそろ決着をつけないと魔力が底をついてしまう。

 頼人の能力である武器精製は――戦闘中に限り――、生成時よりも武器を切り替える度に、魔力を少しずつ消費していく(一番消費するのは、武器の生成時だが)。


「俺は」


 アルカリートの放ってきた魔法を切り裂きながら、頼人は言う。


「貴方が俺の指導係で良かったと思います」


 アルカリートはいきなり何を言い出すんだ、と言いたそうな顔をする。


「おかげでツインに来ても、こうやって対戦できる」

「俺は嬉しくとも何とも無いがな」

「でしょうね」


 アルカリートの性格は、以前側にいた頼人もよく分かっている。


「勝たせてもらいます」

「無理だがな」


 いつの間にか、アルカリートは冷静になっていたらしい。


「いや、勝たせてもらいます。繋げないといけないので」

「それは何回も聞いた」


 頼人は自分たちに目を向けていたルイナを見るかのように、横目を向ける。

 対するアルカリートも似たように銀に目を向けていた。

 どうやら、最終戦に繋げるというのは、双方同じらしい。


(本気を出すわけには行かないというのは理解しているが――)


 それでも、アルカリートを相手にしているのだから、勝つためには、こちらが本気にならないと勝てないのではないか。


(大丈夫だよな)


 これからやることは、おそらく――いや、確実に後でルイナたちを怒らせることだろう。


「あまり、使いたくないんですがね」


 そう言いながら、頼人は使っていた剣と銃から、禍々しい気を放つ剣に持ち替える。


「ちょっ、あれって……」


 頼人の持つ禍々しい気を放つ剣を見たルイナとルイシアは、思わず立ち上がる。

 審判をしていたルカも厳しそうな顔で頼人を見ている。


「え、何? どうしたの?」


 何が起こったのか理解できてないらしい美波に玖蘭も頷くが、二人は気づかない。


「バカ頼人! すぐにその刀をしまって!」


 ルイナがそう叫ぶが、


「大丈夫だ」


 頼人はそう返す。


「ふざけないで。それが何なのか分かってるの!?」

「分かっている上で出した」


 それを聞き、ルイナは歯を食いしばる。


「ルイナ……」


 ルイシアが宥めるように声を掛けると、頼人にも目を向け、告げる。


「頼人。作らないし、使わないって約束したよね?」

「……」

「破るつもり?」

「……」


 無言のプレッシャーに頼人は黙り込む。


「私もルイナもするつもり・・・ではいるけど、完全は無理。でも、それはたちが悪い。私たちの試合ときとは状況が違う」


 ルイシアの言葉に、美波たちが不安そうな目を彼女に向け、桜は先程自身に起こったことを思い出し、黙り込む。


「それから手を離して。頼人」


 ルイシアの言葉に、頼人はルイナたちを一瞥するが、頼人の目には、不安そうなルイナたちの姿が映る。


「お願い」


 その光景から、頼人の脳裏にある光景が浮かぶ。


『よ、頼人……』

『大丈夫だよ』


 幼い頃に二人とした約束。

 不安そうな二人を安心させるための言葉にして、約束。


『二人は僕が守るから』


 ぼろぼろになりながらも二人の前に立って、相手の暴力を一人で受けて怪我をした。

 その後のことを何も考えず、ただひたすらに、二人を守らないといけないと思い、壁になった。


 ――フタリヲ、マモラナイト。


 彼女たちから、少しでも不安を無くしてやらないと。


 そんな頼人の感情と同時に、頼人が手にしていた――禍々しい気を放つ武器に異変が起きる。

 禍々しい気は頼人を包み、アルカリートに向けられた目は――狂気が宿ったモノ。


「……堕ちたか」


 頼人を見ていたアルカリートが静かに呟いた。

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