第二ー九話:第四試合(前編)


 バトルフィールドには、頼人よりとと彼を送った人物、アルカリート・ベルフェルが立っていた。


「そういえば、忘れてたけど、頼人の能力って、何なんだ?」


 頼人の能力を聞く玖蘭くらんに、ルイナたちはふむ、と頷く。


「まあ、あいつの魔法は独特だからねぇ」

「見てれば分かるよ」


 ルイシアの言葉に、フィールドへ目を向ける玖蘭と美波みなみ

 そして、第四試合が始まった。


   ☆★☆   


「お久しぶりですね」

「久しぶりというほど、会ってなかったわけじゃないだろ」


 アルカリートの言葉に、顔を引きつらせる頼人。

 まあ、アルカリートの言う通り、一ヶ月も経ってないので、久しぶりというには微妙なのだが。


「まあ、そうなんですが……」


 頼人はそう返しつつ、アルカリートを観察する。

 隙が無い気やその姿勢に、頼人は内心で舌打ちした。


(分かっていたことだが、やっぱり隙が無いな。この人は)


 とにかく、試合はもう始まってるのだ。何もしないわけにもいかない。

 だが――


(迂闊に攻撃しても、やられるだけだ。なら、対処法はただ一つ)


 自分から動かないこと。

 一方で、アルカリートも分かっているらしい。


(なるほどな。なら、攻撃された場合はどうするのか。見せてもらおうか)


 アルカリートが頼人に向かって駆け出し、攻撃を仕掛ければ、頼人も頼人でアルカリートの攻撃を防ぐ。


「っ、」


 互いの剣がぶつかるのと同時に鍔迫り合いになるも、アルカリートは身体強化の魔法を発動していたのか、頼人は圧される。


「ほら、どうした? 俺に防がれると思ったから、攻撃してこなかったんだろ? なら、耐えてみろよ、秋月あきづき頼人」


 アルカリートは小さく笑みを浮かべ、頼人を圧し、を空ける。


(さて、どうするべきか)


 対戦相手がアルカリートになるという予想はある程度ついていたのだが、彼がそれなりの実力者なだけに、単独で対峙するのはさすがにキツい。しかも、取られたを見る限り、完全に嘗められている。


「……そうですね」


 そう返しながら、手にしていた剣を構え直す。

 悔しいのもあるが、それでも思うのだ。


 それぐらいじゃないと面白くない。試合には、そういう場面が必要だ、と――


   ☆★☆   


 そんな二人のやり取りを見ていたルイナが呟く。


「頼人ってば、完全に嘗められてるね。それにしても、本日は毒舌絶好調となるのかな?」

「さあね。でも、あれで慕われる理由が分からない」


 相変わらずね、あの二人は、と言いたげなルイナの言い分にルイシアがそう返す。


「というか、あの人って、どんな人なの?」


 美波が尋ねる。玖蘭も目を向けてきていることから、気になったらしい。


「名前はアルカリート・ベルフェル。魔術師協会本部所属。私たちの先輩にして、ぎん先輩と我が兄・ひいらぎルカとも同期」

「見た目とそつなくこなすその実力から、容姿端麗、文武両道と評されるものの、その性格はミスは許さない完璧主義者。おかげで、彼の下についた者は、気に入られないと出会って三十分のうちにばっさり断ち切られ、彼と関わることはほとんど無くなるという噂――まあ、事実だけど」

「その奇跡的に・・・・気に入られたうちの一人が頼人。理由は本人じゃないから分からないけど、私たちや兄さん、銀先輩とは頼人の能力が珍しいからじゃないのか、って結論になったんだけどね」


 ちなみに余談だが、ルイシアが噂を事実だと断言したのは、同時、銀やルカを通じて、頼人・アルカリートペアと関わりがあり、頼人本人から、噂が事実だと示唆するような言葉を聞いたためである(しかも、三人の同期や一つ年上の先輩たちが断ち切られたと廊下で話していたり、本人から聞いたというのもある)。

 さらに余談だが――二人の説明で分かると思うが――、当時協会所属となった頼人の担当はアルカリートであり、同じく協会所属となったルイナとルイシアの教育担当は銀である。彼が担当となったのは、本来なら兄妹という理由でルカが担当するはずだったのだが、“枠”が空いてなかったのだ(実は、協会には“見習い枠”というものがあり、協会に慣れるまでの期間中はそう呼ばれるのだが、ルカだとその“見習い枠”が二人分確保できず、偶然枠の空いていた銀がルイナたち二人の教育担当をやることになった、という経緯がある)。


 ――まあ、そんなことは置いておくとして。


「後はここまでと一緒。玖蘭も来た理由は本人から聞いたはずだから、知ってると思うけど――」


 そこで一度切り、二人は告げる。


「秋月頼人の送り主」


 最後に二人同時に告げられたアルカリートの人物像に、聞いていた玖蘭たちはうわぁ、と言いたそうな顔でフィールドの二人を見る。


「私、あの人に送られなくて良かった」

「それには同意だな」


 というか、ツインにいて良かった。

 二人はそう思った。


「あれで完璧主義者じゃなくて、小さなミスぐらい許してくれるような人だったら、憧れられるんだけどね」

「え、マジ?」


 ルイナの言葉にルイシアが本気で言ってる? とあり得なさそうに返す。


「あり得ないけどね」


 もし憧れるなら、自分の担当した銀だが、ルイナの場合、長いこと憧れたり、ファンになったことはない。それまでいいな、と思っていた銀に対しても、自分の担当になった途端に、その思いもあっさりと消えた。


「ルイナって、変なところで熱しやすく冷めやすいよね」

「それは一応、自覚してる」


 期間が決まってるのならまだしも、飽きるのがとにかく早い。


「でも、このバトルはこっちから仕掛けたからね。諦める云々は作用しないと思う」


 いや、そういう問題じゃないから、とルイシアは思う。


   ☆★☆   


「どうした? 防戦一方になったぞ?」


 アルカリートの言葉に、どこか苦しそうな顔をする頼人。

 有利だったのは最初の数分だけで、次の瞬間以降にはアルカリートに圧され、彼の言う通り、防戦一方になってしまった。


(それでも、俺はただ逃げ回ってただけじゃない)


 頼人が先程までいた場所には、罠が仕掛けられている。

 彼の主な能力は武器精製だが、だからといって、それ以外が出来ないわけではない。また、アルカリートの攻撃からあちこちに逃げ回ったため、このフィールドには――多くの罠が頼人により、仕掛けられたのだ。

 それでも、アルカリートを最初に立っていた場所から移動させることが出来たのだから、頼人としては良い方なのだが――


「まあ、そうなんですが……」


 防戦一方なのは変わらない。


「たとえお前が何をしようが、俺に勝つのは無理だろうけどな」

「それは分かってます。それでも――」


 本気にはさせたくはないが、アルカリートに少しでも傷を付けてみたい。

 どんな反応をするのかは、ツインに来るまで、彼とほとんど一緒にいた頼人になら大体の予想は出来る。


「勝って、繋げてやりたいですから」


 だが、これも今の頼人の気持ちだ。

 先にこの場に立ったルイシアたちや後でこの場に立つルイナのためにも、勝っておきたい。

 自分が負ければ、ルイナは絶対勝たなくてはいけない。

 自分が勝てば、ルイナが負けたとしても、勝ち数でツインの勝ちになる。


(たとえ相手が送り主であろうが、俺は勝つ)


 だからこそ、タイミングを間違えないように、アルカリートの動きを注意深く見ながら、攻撃の隙を窺うのだ。罠の発動のタイミングも見計らいながら――


   ☆★☆   


 一方、頼人の思いなどつゆ知らず、彼とアルカリートとのバトルが続く中、ルイナはどこから出したのか、いつの間にか持っていた機器で何か操作を始めていた。


「何してるの?」


 画面に目を向け、指で画面を突っついていたルイナに、ルイシアが尋ねる。


「いや、次、私でしょ? だから、その用意」


 ルイナの返答にルイシアは納得したように頷く。


「相手が相手だから、モードとか変えておかないと危ないだろうし」


 ルイナの相手は、残った面々を見ても銀だ。

 ルイナと銀、どちらが強いかと尋ねられれば、強いのは銀だろうが、ルイナには彼ら・・がいる。

 ルイナの記憶が正しければ・・・・・、前回銀と彼ら・・が会ったのはルイナがツインに来る前であり、仮に向こうが覚えているのだとしても、おそらくルイナと付き合いの長いファイアとウォーティの二人ぐらいだろう。


「……あんたの場合、愛機のモードを変えたぐらいじゃ危険度は変わらないでしょ」


 呆れ混じりなルイシアの言葉に、何か言った? とルイナは目を向ける。


 ドカン。


 いきなりの爆発音でフィールドに目を向ければ、一部で煙が出ていた。

 そう、頼人の罠が作動したのだ。


「よくやるわね、頼人も」

「あの人、怒ったんじゃない? 失敗嫌いだし」


 うわー、と言いたそうな二人に、玖蘭たちは首を傾げる。


「何で、あれが失敗に繋がるんだよ。ただ攻撃を受けただけだろ?」


 玖蘭の疑問は最もであり、ルイシアが答える。


「さっきも言ったけど、あの人は完璧主義者なの。見ていた私たちは攻撃されただけ・・・・・・・、だと思うけど――あの人からすれば、おそらくだけど、頼人からの攻撃が自分に当たったのは予想外だったんじゃないの?」

「しかも、罠による爆風で、ね」


 ルイシアにつけ加えるようにルイナは言う。


「でも、それだけじゃ――」

「うん、理由にはならないよ。だから、あの人は頼人の攻撃が自分に届いた――つまり、避けられなかった・・・・・・・・と脳内変換したんだと思う」

「つまり、ミスをしたってことになる」


 美波の疑問にも、二人は答える。


「それって――」


 完璧主義者なアルカリートにとっては、許せないことなのではないのか。

 しかも、ツインに送った後輩からの攻撃が当たったのだ。


「でも、問題はここから。怒りで理性が失われるか、冷静でいられるか」


 出来れば、本部所属ということと先輩という面から冷静でいてほしいのが本音だが、人の感情などその場での状況と操られでもしない限り、本人でしか制御できない。


「……」


 アルカリートが無言で俯いたため、表情が読み取れないせいか、ルイナは厳しそうな表情をする。


(何なの、この嫌な感じ……)


 以前、感じたことのある感覚にルイナは内心、首を傾げる。


「アルカリートの奴、ヤバくないか?」


 リヴァリーが手の甲に顎を乗せながら言う。本部側の面々も、アルカリートの様子がおかしい事に気づいたらしい。


「……そうか」


 みんなが冷や汗を流す瞬間、アルカリートはそう呟いた。


「お前も俺に傷をつけられるようになったか」


 アルカリートのその言葉に、玖蘭と美波、観客たちがビクリとし、桜と鞍馬にもたくさんの汗が流れていた。

 そんな空気を壊すかのように、ルイナは頼人に向かって口を開く。


「頼人ー、こっからが本番だよー」

「分かってる」


 ルイナの言葉に、彼女の方を見ずに頼人はそう返す。


「……お前ら、よく平気だな」


 玖蘭がそう言えば、ルイシアが返す。


「これ以上の殺気とか浴びたことあるからね。この程度・・・・ならまだまだよゆー」


 本当に余裕らしい。


(というか、これ以上って……)


「あと、その時のことは言いたくないから」


 もし、その時のことを少しだけ言うのなら、二人にとって、その時の出来事はトラウマじみている、ということぐらいだ。


「うわっ!」


 再び黙ったかと思えば、アルカリートが頼人へ次々と切りかかってくる。


「傷をつけられるようになったとはいえ……今の時点でその程度か」


 ぶつぶつと何か言っているが、頼人にちゃんと聞いている余裕はない。


「“盾”! ――っつ!」


 とっさに防御するが砕かれ、血が流れる。


「いいぞ! ツインなんか、やっちまえ!」

「そうよ! やっちゃってください!」

「おいおい、マジかよ……」


 本部側の観客たちによるアルカリートへの応援に熱が籠もる。

 それを見た玖蘭が本気か、と呟くが、応援に必死なのか、気づいた形跡はない。


「はぁっ……はぁっ……」


 頼人が武器を変えながら何とか応戦するも、元々の技術力に加え、頼人とアルカリートの持つ魔力量や使える魔法の種類も違いすぎていた。

 いくら互いにある程度把握しているとはいえ、短い期間で新しい魔法を取得するのがこの二人である。頼人がツインに来てからアルカリートが新たな魔法を取得してれば、頼人が知らなくても仕方がないのだが、今のところは“頼人が知るアルカリートの使える魔法”ばかりなので、何とか対処は出来、追いつけている。


「止めなくていいのか?」


 玖蘭が尋ねるが、ルイナは答えない。

 未だ本部側の応援という名のツインへの罵声は止まず、ツイン側もツイン側で似たようなことをしているため、お相子あいこなのだが、中には取っ組み合いを始める者もおり、それを止めたり、囃し立てたりする者もいる。その者たちは、上級生に止められたりしているが、それでも見えないところで――足を踏むなどして――小競り合いをしていた。


 そして、肝心の二人は、といえば――頼人が埋めておいたトラップを作動し、アルカリートに応戦していた。

 頼人の怪我が酷いため、ツイン・本部関わらず、観客の中には顔を背ける者もいるが、ルイナもルイナでいつの間に再開していたのか、【Complete《完了》】という字を確認し、機器での操作を終えると二つに折りたたみ、ペンのように縦長にすると、頼人たちに目を向けた。

 顔を背けようとはしなかったものの――その表情は何とも言えないものだった。


「ルイナ、そんな顔するぐらいなら、めれば?」

「……いや、頼人が訴えるまでは、手出しするつもりはない」


 はっきり言って、他人に見せられるような表情をルイナはしていない。


「でも、アルカリートに勝てないって、分かったんでしょ? そのためにわざわざモード変更した……違う?」


 ルイシアの言葉に、ルイナは彼女へ目を向ける。


「間違ってはないけど……私だって、死ぬ状態にまで追いやるほど、冷たくはないよ」


 ペンのように縦長になったものを掲げ、見上げる。


試合バトルじゃなければ、速攻で止めてるよ。こんなの」


 その言葉とともに、フィールドギリギリまで頼人が飛ばされる。


「……っ、」


(くそっ、やっぱり敵わないか)


 頼人は内心、そう思いながら起き上がる。


(それよりも、だ)


 前以上に荒れている気がするのは、気のせいだろうか。

 それに、と頼人は思う。


(背後からの視線が怖いのも、気のせいか?)


 それはきっと気のせいじゃない。

 振り向きたくても振り向けないのだから。


 そう思いながら、フィールドにある発動していない罠の個数を確認し、武器を生成・・する。


「なぁ、ルイナ」

「何?」

「俺が負けても、この後勝つ自信、あるか?」


 頼人は振り向かずに、ルイナに尋ねる。


「勝つ自信はあるよ。でも、負けるなんて言わないで。縁起でもない」


 フラグ立てんじゃねーよ、と言外に言うルイナに、頼人は小さく笑みを浮かべた。


「そりゃあ、悪かったな」


 さて、と頼人は剣を握り、


(もう少しだけ、頑張ってみますか)


 そして、静かにアルカリートを見据えると、剣を構え直し、彼と対峙するのだった。

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