第二ー七話:第三試合(中編)


「私の攻撃が当たらなかったのは、貴女が上に居たからなのね」


 なるほど、と納得したように頷くさくら


「“火球ファイア・ボール”」


 再度攻撃するルイシアだが、さすがに見破った桜はそれをかわし、とりあえず、目の前のルイシアに攻撃する。


「――っ、」

「私が相手していたのは、幻だったんですね」


 フィールド上の消されたルイシアは幻で、本物のルイシアは上空にいた。

 そのことに驚く観客たちに、ルイシアは驚いた? と笑顔で言う。


「よいしょ、っと」


 そう言いながら、フィールドに降りたルイシアは、桜と向き合う。


「一体、いつからあの場所にいたんですか」

「いつからって、この試合が始まった時からいたよ」

「はあっ!?」


 桜は叫んだ。

 最初から上空にいたのなら、フィールドへ上がり、桜が相手をしていたのはなんだったのか。


「じゃあ、私が相手にしていたのは……」

「ん? あれは私本人だよ?」


 どういう意味、と桜は首を傾げる。


「“操り人形マリオネット”か」


 銀が呟く。


 操作系魔法“操り人形マリオネット”。

 相手を操るだけではなく、時と場合によっては自身を操ることも可能という非常に厄介にして、使い手が選ばれる魔法だ。


 ルイシアの幻だったものは、上にいたルイシアがその場にあるように見せ、“操り人形”で操作していたのだ。


「まあ、こんな所かな」

「あっさりとネタバレするんですね、先輩」


 桜の言葉に、まあね、とルイシアは返す。


「別にバラしたところで問題ないし」


 笑顔で返すルイシアだが、つまりそれは、彼女を本気にさせたということだ。


「正面から相手してやるから、本気で来なよ。


 ――掛かってこい。


 分かりやすい挑発だ。

 いくら本部側とはいえ、負けたら後が無くなる。

 残ったのは、銀とアルカリートの二人。

 勝てるか勝てないかと聞かれれば、あの二人なら勝てるのだろう。

 それに、と桜は思う。


(いくらツインでも、本部の実力者相手にするんだから、弱いわけがないわよね)


 ツイン側で残った二人が銀たち二人の相手をしようとするぐらいだから、それなりの実力者のはずだ。


(いや、それより、今は目先の試合だ。集中しないと)


 だから、桜は答える。


「分かりました。その勝負、受けます!」


 それを聞いた観客たちから、わっ、と歓声が上がる。

 それに対し、ルイシアは微笑み、フィールドのすみで巻き込まれないように試合を見ていたルカは肩を竦めた。


 ルイシアは情報を扱う専門家であり、どちらかといえば戦うというイメージが薄い。

 そして、まだ中級や上級魔法を発動していないが、いくらルイナと同等といえど、それなりに限界がある。


(さて、どうなることやら)


 どちらが勝っても負けても、自分は自分の仕事をするだけだ。

 えこひいきなんてしない。

 対等に公平に審判を下す。

 それに、これだけの観客たちの盛り上がりに嘘を吐いてまで、勝敗を変える意味もない。


(なら、ちゃんと見極めて、判定してやらんとな)


 そう思いながら、ルカは二人の試合を真剣に見るのだった。


   ☆★☆   


「やっぱり、宣戦布告した方から攻撃しないとねっ!」

「どういう理屈ですかっ、それっ!」


 桜を攻撃し始めたルイシアだが、桜は何とか受け止めたり、防いだり、避けたりしていた。

 それぞれ攻撃時や防御時に話すものだから、力が入る。


「私の場合はただ単に、経験則だよ」


 ルイシアから巨大な火の玉が放たれる。


「――っ、!?」


 何とか躱す桜だが、やはりダメージは食らわされるようだと、理解した。


「このっ、鬼め」

「ありがとう。褒め言葉として受け取っておくわ」


 ふふ、と笑うルイシアに、桜は顔を引きつらせる。


「まあ、そんなに引かないでよ。私なんてまだ良い方なんだから」


 あれを見たら、桜は鬼どころか悪魔と言いながら叫ぶわね、とルイシアは言う。

 それを聞き、どれだけ酷いんだよ、と思う桜。


「普通に考えたら虐待レベルだよね?」

「いや、私に同意求められても困るんだけど」


 背後にいたルイナに尋ねるルイシアに、本当に困った顔で返すルイナ。


「というか、良く無事でしたよね?」

「本当にね。周囲もそうだったけど、やった本人と目覚めた本人が一番びっくりしたよ」

「ちょっ、笑い事じゃないからね?」


 桜の問いに笑顔で返すルイシアを見たルイナが、ふざけんな、とばかりに叫ぶ。

 本当に笑い事ではない。


(一体、どんな経験をしてきたんですか。先輩……)


 ルイシアの精神が歪んだのは、その経験のせいじゃないのか? と思った桜は、試合が終わったら、ルイシアにどこか腕のいい精神科を薦めることにした。


「別に精神歪んでないし、何でそんな可哀想なものを見るかのような目で、私を見ているのかな?」


 勘違いしてそうな内容を予想し、訂正しつつ、ルイシアは言う。


「え、それで歪んでないんですか!?」

「うん、何気に酷いことを言うよね。後で一回、自分たちが納得するまで話し合おうか」


 驚いたように言う桜に、淡々と何の表情も浮かべずに言うルイシア。

 それに、顔を引きつらせるルイナと桜。理由は違えど、嫌な予感しかしてないという点では、同じだった。


「ルイナ……」

「触らぬ神に祟りなし、だよ。頼人よりと


 声を掛けてきた頼人に、ルイナはそう返す。

 暗に、私に振るな、と言うルイナに苦笑いする頼人。


「さて、桜」

「は、はい!」


 ルイシアの気に威圧されたかのように、思わず返事をしてしまう桜。先程の歪み云々から、どうもルイシアの様子がおかしい。

 事情を聞くなら、ルイナの方がいいだろう、と思った桜だが、それに気づいたルイナがどこからかバツ印の書かれたマスクを取り出し、付けてしまった。何があっても言わない気である。

 それにガッカリしながらも、桜はルイシアを見る。

 触れてほしくなかったら、自分から話さなきゃ良かったのに、と思う。

 とはいえ、過ぎたことを気にしていても仕方ないので、試合に意識を集中させる。


「第三ラウンドだ」

「……」


 そう言われ、固まる桜。

 そんな隙を付き、ルイシアは固まった桜に蹴りを食らわせ、フィールドギリギリまで吹っ飛ばす。


「あ、しまった」


 吹っ飛ばされた桜を見て、そんな事を言うルイシア。


「生きてるよね……?」


 思いきり蹴ったためか、まだ起きあがらない桜を心配そうに見るルイシア。


「っつ……一体、何が……」


 ようやく起き上がった桜だが、何が起きたのか分からないらしい。

 起き上がった桜に安心しつつ、ルイシアは謝る。


「ごめん、力入れすぎた」

「だからって、あれは人間に放つような蹴りじゃないと思いますよ?」


 ルイシアの謝罪に、桜はそう言う。


「それは分かってる。そもそもルイナ相手にしかやらないし」


 あれ、今物騒なことが聞こえたんですが?


 桜や観客、本部の者たちやルカまでもが固まった。


「えっと……?」


 戸惑うようにツイン側の控え場所を見る桜。

 バツ印のマスクを外していたルイナが、溜め息混じりに言う。


「いや、確かに危ないから、私以外にはやるなって言ったけどさ」

「そういう問題じゃないだろ……」


 ルイナの言葉を聞いた頼人が頭を抱えて言えば、この場にいたやり取りを知る者たちは、頷く。


「つか、お前相手でもダメだろうが」


 玖蘭くらんがそう言えば、ルイナが首を傾げる。


「何で?」

「何でって……」


 分からなくはないのだろう。分かっていて聞いているのだから、質が悪い。

 それを聞いた桜が叫ぶ。


「当たり所が悪ければ、死んでます!」

「まあねぇ」


 桜の声に、頷くルイナ。

 それこそ分かっているから、微妙な反応なのだが。


「とにかく、試合を続けてくれない?」


 ルイナの言葉に、ルイシアと桜は向き合う。


「だってさ」

「それはこっちの台詞です」


 ルイシアの他人事のような反応に、知らん振りするな、と桜は言いながら、武器を出す。


「槍、か」

「ただの槍じゃありません」


 それを見て、魔槍か、と呟くルイシア。


「はあっ!」


 水を纏った槍で桜はルイシアに攻撃をする。

 それを躱し、ふむ、と対策を練るルイシアだが――


「さすがに、武器無しはキツいか」


 そう呟き、ルイシアも自身の相棒を出す。


「剣? いや、杖……?」


 ルイシアの持つ武器を訝る桜に、ルイシアは微笑む。


「杖にもなるし、剣にもなる、私の相棒よ」

「相棒……」


 槍に対し、剣は不利だが、何か策がない限り、ルイシアは無駄なことはしない。


「……」


 何を思ったのか、もう一度、水を槍に纏わせ、攻撃する桜。

 そんな桜に、ルイシアは武器を剣のように持ち、冷静に水を切り裂く。


「私、ある程度の魔法は切れる・・・から」


 それを聞き、驚く桜。

 一方で、ルイナは頭を抱えていた。


(バトル前の約束はどうした。約束は)


 本気は出さない。


 確かにそう言ったが、魔法を切るというのは、それなりの実力者だと自分から言っているようなものだ。

 いや、常人が吹っ飛ばされるほどの蹴りを放つルイシアだ。その時点で、ルイシアは協会の魔術師たちより強いと言える。

 では、彼女と同等のルイナは何なのか。


(私は――)


 歓声が起こる。

 思考を中断し、顔を上げたルイナが見たのは、フィールドで戦う二人だった。


「あーもう!」


 がーっ、と頭を掻くルイナに訝る頼人たち。


(負けたら許さないんだからね? ルイシア)


 それを察したのか否か、笑みを浮かべるルイシア。


「――ッツ!」


 嫌な予感を感じた桜は今までのダメージが無かったかのように、ほぼ無傷のルイシアに連続攻撃を仕掛ける。


「“凍空いてぞら――”」


 桜の槍から冷気が表れ、フィールドを包む。


「“――百槍ひゃくそう”!!」


 無数の氷槍がルイシアを襲う。


「氷には火。“烈火百槍れっかひゃくそう”」


 槍に形状を変え、炎の槍を桜の氷槍にぶつける。


「雷に火……やっぱり、強いですね。先輩」

「褒めてくれてありがとう」


 桜の言葉に、ルイシアは笑顔で返す。


(まだ余裕かよ)


 そんなルイシアを見て、桜は舌打ちしたくなった。

 さすが、ツイン最強と言われるひいらぎルイナと同等だと言うだけある。


 実はルイシアについては、本人が言う前からツイン最強――柊ルイナと同等というのを、桜は知っていた。

 柊ルイナをツインに送ったのはぎんであり、その理由は見解の相違。

 ルイシアの場合も同じで、送ったのは銀。やはり理由も見解の相違である。


 ツインと違い、本部で得られる情報は数多い。

 桜が情報に強いのも、そこに繋がるのだが、何より本部にいた頃のルイシアの存在が大きすぎた。

 入手経路は不明だが、その情報は正確であり、ほとんど間違ってはいない。

 ただ、ツインに行ってからは、情報の標的が本部のみになり、本部しか知り得ないことを、ルイシアがツイン内で広めたことがあった。

 たまたまそのとき広まったのが食べ物だったため、上層部は一安心したのだが、機密事項となれば、話はまた別になる。


 どこまで知っていて、どこまで知らないのか。


 それは、そのほとんどの時間を一緒にいるルイナでさえ分からない。

 ただ、一つ言えるのは、ルイシア自身が必要性を感じないと判断した情報は、彼女自身により、記憶から消去・・されるということだ。

 とはいえ、消去されると言っても、完全に消し去るわけではなく、パソコンなどにあるごみ箱のようなもので、本当に余分だと判断された場合は、完全にルイシアの記憶から抹消される。

 それでも、ツインに送られた以降、本部の弱みになりそうなものは忘れず、やはり、どこまで知っているのか分からないためか、本部からはルイナとともに要注意人物扱いされているのだが――


「別に褒めてませんから」


 桜自身、ここまで予想外とは思わなかった。

 自分から見れば先輩だから、ルイシアを先輩だと呼んでいたのだが、この試合中に、“操り人形マリオネット”を使ったり、多重属性を使ったり、何を言っても終始笑顔だったりと、とにかく桜の調子を狂わせる。


 それでも、情報で勝てないにしても、勝負では勝ちたい。


 桜はそう思ったのだ。

 そんな桜の言葉にそう、と返しながらもルイシアは桜を見る。


(さて、次の手はどうしようか)


 槍から杖のような剣のような形状に戻し、そう思案するルイシア。

 桜が氷属性を使えると分かった以上、相性が良い火属性の使用は決定事項だ。


(でも――)


 この世界で全属性が使えることは、どちらかといえば、珍しくはない。

 珍しいのは、ルイナのような精霊契約者ぐらいだ。

 ルイシアは舌打ちしたくなった。


(情報の有りすぎも困ったものね)


 何はともあれ、桜への対策として、火属性は決定事項とし、その他をその場の思いつきで行うことにしよう、とルイシアは桜の全体を見て――


「……はぁ」


 溜め息を吐いた。

 それを見て、顔を顰める桜。


「人を見て、溜め息を吐かないでください」

「ごめんごめん」


 桜の言い分に謝るルイシア。


「じゃあ、次は私から行くよ。“ウィングカッター”!」


 ルイシアの風の刃が桜を襲う。


「今度は風属性……“氷壁”!」


 氷の壁でルイシアの技を防ぐ桜。


「ならこれは? “炎雷砲えんらいほう”!」

「火と雷の二属性魔法!?」


 炎と雷という二属性の砲撃魔法が、驚く桜に向かって放たれる。

 未だに展開されていた桜の“氷壁”にぶつかり、ミシミシと音を立てる。


「くっ……」


 防ぎきれないと判断した桜は、“氷壁”の横に移動して、壊れた“氷壁”の被害から免れる。


「……ずっと、疑問なんですが」

「何かな?」


 桜の言葉にルイシアは首を傾げる。


「何で、魔力が減らないんですか?」


 “操り人形マリオネット”や初級魔法とはいえ、雷属性や火属性、風属性の魔法に、今の“炎雷砲”。

 かなり魔力を消費しているはずなのに、ルイシアには疲労感が見えない。


「そうだねぇ……」


 そう言いながら、手を開いたり閉じたりするルイシア。


「それは、私にも分からない」


 理由を上げるとすれば、有り得ないほどある魔力が、いくら使っても空いたスペースを埋めてしまうため、ルイシアだけでなく、ルイナの場合も魔力にそう変化がないように見えるだけだったりする。

 分かりやすくいうのなら、鏡に付いた湯気である。湯気がある限り、指などで消したとしても、何度も湯気はその場を埋めようと鏡に付く。

 要するに、それと似たようなものなのだ。

 だが、それを今、話すつもりもない。


「だから、気にしないで」


 もし、魔力を全て使い切るのなら、戦争を起こすか神様を相手にでもしない限り、無理ではないのかとルイシアは考える。

 それでも、今は関係ない。たとえ、手を抜いたせいだとしても、油断していたせいだとしても、理由は何にせよ、結果がどうなろうとルイシアは桜の相手をするだけだ。

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