第二ー五話:第二試合(後編)


 白い面を斜めに付け、首の後ろで長い髪を纏めた女が、そこにはいた。


十六夜いざよい


 玖蘭くらんがその名を呼べば、十六夜と呼ばれた式神は、とん、とフィールドに降りたった。

 だが、十六夜は不機嫌そうに、周囲を見回す。


『玖蘭、悪霊いないの?』


 十六夜は玖蘭に尋ねる。


「いない」


 玖蘭は即答したが、十六夜は再度尋ねる。


『私が呼ばれた理由は?』

「あの人を場外に出せ」


 ふむ、と十六夜は鞍馬くらまを見る。


『何だ、玖蘭。礼知らずな奴に負けているの?』


 やや小馬鹿にしたような言い方をする十六夜に、玖蘭は怒りよりも呆れが先に来て、溜め息を吐いた。


『玖蘭、溜め息を吐くと、幸せが逃げるよ?』


 軽く首を傾げて言う十六夜に、誰のせいだ、と再度玖蘭は溜め息を吐いた。

 幽霊妖怪退治屋ゴーストハンターである玖蘭が召喚した式神・十六夜いざよいは、玖蘭の召喚できる式神の中で一番強い式神である。


「は、ははっ……」


 鞍馬は引きつった笑いで、玖蘭と十六夜を見る。


「こんな、の……」

「夢だと? だが、実際に十六夜はここにいる」


 動揺した鞍馬に、玖蘭は横から言う。


『そう、私はここにいる』


 十六夜も言うと、鞍馬の方へ足を進める。


「……ふっ」


 だが、鞍馬は唐突に笑い出す。


「ふはははは!」


 いきなり笑い出した鞍馬に、見ていた者たちは訝り、十六夜は足を止める。


『もしかして、頭が逝っちゃった?』


 十六夜は首を傾げた。


「ハッ、まさか」


 鼻で笑い、鞍馬は言う。


「お前など、一瞬で消し去ってやる」


 そんな鞍馬に、十六夜は人差し指を口に当て、笑みを浮かべて言う。


『ふぅん。でも、私をただの式神だと思わないことね』


 十六夜は片足を引く。


『私は、そう簡単に消されるような式神やつじゃないから』


 鞍馬を見て、十六夜はそう言った。


「そうかよ。なら、こっちも手を抜かずに行かせてもらう!」


 玖蘭の時と同様に、鞍馬は十六夜に攻撃をするため、走って近づく。

 だが、十六夜の余裕は崩れず、向かってきた鞍馬の両肩に手を付き、足を振り上げ、飛び箱を越えたかのように、鞍馬の背後に降り立つ。

 驚く鞍馬に、十六夜はどーよ、と言いたげな表情をする。


「……、」


 ギリッ、と音が鳴りそうなぐらい歯を食いしばる鞍馬へ、油断大敵とばかりに玖蘭が鞍馬の足を引っかけ、鞍馬は背中から倒れる。


「油断大敵ですよ、先輩」


 そう言われ、鞍馬は悔しそうに玖蘭を見る。


(こっちを見られてもなぁ)


 十六夜の避け方といい、今の玖蘭の足の引っかけといい、睨まれるようなことは何もしていない。

 もし、言うならば――


(正当防衛、だよな)


 ほとんど先制攻撃をしてきたのは、鞍馬である。


『ちょっ、バカですか、貴方は!』


 考え事をしていた玖蘭は急に腕を引かれ、逆らえずにそちらに引っ張られた。

 引っ張った主を見れば、鞍馬の背後にいたはずの十六夜だった。


「お前……」

『主が簡単にやられたりするほど、私の能力は低くありません』


 鞍馬に目を向けられた十六夜は真面目な顔をして、そう答えた。


「……」


 鞍馬の手にはナイフがあった。


(そういうことか)


 実際、鞍馬に対し、あんな避け方をした十六夜である。

 鞍馬の背後から玖蘭の隣に来られないわけがない。


「なるほど」


 一人納得した鞍馬に、何が“なるほど”だ、と玖蘭は何とも言えない視線を鞍馬に向ける。

 鞍馬は試合が始まってから、魔法をあんまり使ってない。今だってナイフで玖蘭を攻撃し、それに気づいた十六夜により、助けられたわけだが――


(防御したとして、勝てるかどうか)


 十六夜も方法や条件次第では、彼女を長時間召喚することも可能だ。

 だが、今した召喚方法は時間が来れば、彼女は自然と消える(戻るともいう)。


(もし、鞍馬やつが本気で攻撃した場合、俺は勝てるのか?)


 何度もいうが、玖蘭は最初、本部の者たちに勝つつもりもなかった。

 ルイナたちや友人たちに言われなければ、玖蘭は『持ちかけバトル』に参加することはなかっただろう。

 それに、美波が負けた分を取り戻すと約束してしまった。

 なら、玖蘭は勝つしかない。

 少なくとも、本来の実力が底知れないルイナよりは、鞍馬に勝てる可能性があるはずだ。

 それに、玖蘭自身も未だに本気を出していない。十六夜を喚んだとはいえ、ここにいる彼女は現在、本来の力を出すことは出来ない。


「何が“なるほど”なんだよ」


 とりあえず、そう返す。


「お前に言ったら意味ないだろ」


 確かに、と内心で頷く。

 先程の攻撃から、鞍馬を警戒し始めた十六夜を見る。

 あくまで『し始めた』だが、十六夜がやる気なら、それをぐ必要もない。

 とはいえ、何もしないわけにもいかない。人数的には、こちらが二対一で有利ではあるが。


「さて、玖蘭よ」


 鞍馬は玖蘭に声を掛ける。


「第二試合の本番を始めようか」


 それを聞き、やっぱりか、と思う反面、自分が本気で危なくなったと、玖蘭は理解した。


『第二試合の本番?』


 ハッ、と十六夜は鼻で笑う。


『本番なんかとっくに始まってる。私がこの場に出た時点でね』


 十六夜は憎いものを見るかのように、鞍馬に目を向けて言う。


「随分、強気だな」


 対する鞍馬も、先に十六夜を倒すことにしたらしい。

 その言葉に、十六夜は笑みを浮かべるだけだ。


 波乱の第二試合は、まだ終わりそうにない。


   ☆★☆   


 相も変わらず、フィールドでドンパチを繰り広げる二人と一人。

 そんな試合をルイナたちは見ていた。


「何だかなぁ。今更だけど、玖蘭に申し訳なくなってきたよ」


 ルイナのそんな言葉を聞き、フィールドの玖蘭に目を向ける三人。

 玖蘭の能力で対人戦が主体の大会など、対人戦が苦手である玖蘭に不向きだ。


「大丈夫だよ。玖蘭はまだ本気出してない」


 ルイシアはそう言う。


 まだ本気出してない。


 ルイシアの言う通り、玖蘭はまだ勝てるはずの手を出していない。

 それに、ルイナや頼人よりとのように手数が多いわけでもない。


「ま、私たちは玖蘭を信じるだけよ」


 美波の言葉に、肩を竦め、四人はフィールドを見た。


   ☆★☆   


 対悪霊用の刀で鞍馬と対峙する十六夜。

 その隙を付き、玖蘭が攻撃するが、鞍馬も魔法で必死に応戦していた。


「……っ、」


 やっぱり鞍馬は強い、と思いつつ、玖蘭は鞍馬から放たれた魔法を切り裂く。


『ねぇ、私はいつまでこいつの相手をしないとダメなの?』


 苛ついたように言う十六夜に、玖蘭は苦笑いする。

 だが、十六夜がそう聞いたということは、十六夜が戻る時間が近いと言うことだ。

 正直に言えば、玖蘭や鞍馬も魔力や体力は減っている。

 それに、と十六夜に目を移せば――


『あら残念。時間切れ』


 ドロン、と十六夜は消えた。

 このタイミングかよ、と思いつつ、玖蘭は鞍馬と向き合う。

 十六夜を再び喚ぶには時間が必要だ。


(なら、時間稼ぎをするしかないよな)


「時間稼ぎをさせると思うなよ」


 玖蘭の心理を見抜いたかのように、鞍馬はそう言う。


「お見通し、というわけですか」


 玖蘭ははぁ、と息を吐き、刀を構える。

 刀を扱うにはある程度の技術がいるらしいが、この世界でもそれは変わらない。

 玖蘭の場合、今までの環境ゆえか、技術に関しては問題ない。


「珍しいな。玖蘭が本気とは」


 ツイン側の応援に来ていた一人が珍しそうに言えば、その周囲にいたツイン側の者たちも頷く。


「でも、時間稼ぎはさせてもらいますよ」


 ようやく戦う気になったのか、玖蘭は下級の式神を召喚する。


「式神たちよ、“協力”!」


 白い人型の紙が鞍馬に向かっていく。


「焼き尽くしてくれるわ!」


 それに対応するかのように、鞍馬は玖蘭の召喚した下級式神を燃やしていく。

 だが、そう簡単に燃やされてたまるか、と式神たちは火を避け、鞍馬に襲い掛かる。


「チッ!」


 鞍馬は舌打ちして、薙ぎ払う。


(やっぱ、そう簡単にはいかないか)


 そう思いながら、下級式神たちを指揮する玖蘭。


「燃え上がれ!」


 火属性の中級魔法で式神たちを攻撃する。


(くそっ、こんな奴に負けるなんてなれば……!)


 たとえ仲間が許したとしても、自分のプライドが許さない。いや、許せない。


(俺は、負けるわけにはいかない)


 鞍馬は睨むように、玖蘭を見る。


「……」


 そんな鞍馬に何か気づいたのか、顔を顰める玖蘭。

 どうやら彼は本当に好かれているらしい。


「式神たち、予定変更だ」


 式神たちの隊列が変わる。


「このタイミングで仕事とは、ついてない」


 苦々しく言う玖蘭に、審判をしていたルカは尋ねる。


「任せて大丈夫だよな?」


 声を掛けられ、ルカに振り向き、頷く玖蘭。

 なら、口出しする必要は無いな、とばかりに下がるルカ。


 魔法が存在するこの世界にも、心霊現象は存在する。

 中には鞍馬みたいに信じないのもいるが、ルイナのように精霊と契約する者もいるのだ。

 玖蘭のような式神使いが居てもおかしくない。


「ふぅ……」


 軽く息を吐き、手首を回し、準備運動する。

 封印札を短刀に刺し、鞍馬に憑いた影に向かって投げる。

 だが、それに気づいた鞍馬(というより、乗っ取った奴)は避ける。

 先程から影が見え隠れしているので、完全には乗っ取って無いらしい。


(厄介な)


 下手に退治しようとすれば、鞍馬もどうなるか分からない。


「奴だ」


 ルイナが立ち上がる。


「ルイナ?」

『どうしたの?』


 ルイシアとウォーティが不思議そうな顔をする。


(退治、出来てなかったんだ)


 甦るのは、先程話した玖蘭がツインに入るときの、ルイナが助けられた時の記憶。

 幼い玖蘭が出来たのはその場での対処であり、浄化までは出来なかったのだ。

 どの様にして鳴りを潜めていたのかは不明だが、よくもまあ、気づかれなかったな、と思う。


 霊を信じない鞍馬だ。それらしいことがあっても、気のせいだと思っていたのだろう。


 下級式神たちを指揮し、玖蘭は再度封印札を刺した短刀を投げる。

 再び避ける鞍馬だが――


「違う、後ろだ」


 後ろに回り込んだ玖蘭が短刀を突き刺す。


『き、貴様ァァァァア!!!!』


 叫ぶ取り憑いた悪霊。


「悪いな。お前についてはこっちが詳しい」


 専門家を嘗めるな。

 悪霊を封じた札をポケットにしまい、玖蘭は鞍馬を見る。


「お前の喚んだもん、全て倒してやったぞ」

「……」


 そういう鞍馬に、気がつけば、その場にいた全ての下級式神を消されていた。

 内心でそうですね、と返しながらも鞍馬へ、体を乗っ取られていたはずなのに、何故平然と立っているんだ? と思いつつも、玖蘭は十六夜を無制限召喚する。


「おいおい、またそいつかよ」


 呆れたように言う鞍馬を、何ともいえない目で玖蘭は見る。

 隣に召喚された十六夜は十六夜で、やや不思議そうな顔で玖蘭を見ていた。


(私に、全てを賭ける気?)


 そう思いながらも、自身を信じてくれたのなら、それに答えるしかない。

 勝っても負けても、残りの三人がどうにかしてくれる。

 それでも、勝利には貢献したいではないか。

 自分が満足するやり方で勝利を収める。

 そんな玖蘭の意思が十六夜に流れ込む。

 それに、悪霊の気が鞍馬から感じた十六夜だが、玖蘭がいう気配はない。


(全く、貴方という人は)


 何だかんだで面倒見が良い玖蘭を若干微笑ましく思いながらも、十六夜は鞍馬を見る。


『そうよ、また私』


 十六夜は余裕そうに返す。


「十六夜」


 玖蘭に名前を呼ばれ、振り返る。


『何?』

「あんまり時間は掛けたくない。すぐに仕留めろ」

『……分かってる』


 悪霊以外ですぐに仕留めるようにと告げてきた玖蘭に驚きつつ、十六夜は了解の意を示す。


『でも、次からはつっくんたちから喚んでよ?』


 そう付け加えて。


「ああ」


 それをどう捉えたのか、玖蘭は短くそう返す。

 本当に分かったのかは疑問だが、この場では自分の主を信じてやろう、と十六夜は玖蘭に背を向け、鞍馬と対峙する。


「玖蘭よぉ」


 そんな玖蘭に、鞍馬は話し掛ける。


「バトルの行方を、十六夜そいつに賭けるつもりか?」

「だとしたら何だ」


 鞍馬の言いたいことが分からず、玖蘭は聞き返す。

 あと、敬語が抜けたのは気のせいではない。


「俺とお前、一対一の勝負にしないか?」

「嫌です」


 即答だった。

 一対一になれば、玖蘭は不利になる。

 だからこそ、卑怯と言われようと、十六夜を喚んだまま、鞍馬と戦うことを玖蘭は選んだ。


「てい」


 ――のだが、いつの間にか鞍馬の後ろにいた十六夜が、あり得ないほどの脚力で鞍馬をフィールド外に蹴り飛ばす。


「え?」


 さすがの鞍馬も一瞬何が起きたのか理解できず、呆然とする。

 それは、鞍馬や玖蘭だけでなく、会場でこの試合を見ていた者たちを驚かせた。

 何分にも及ぶ試合が一瞬で決着が付いてしまった。

 ルールだから仕方ないのだが、いくら何でもこれはない。

 蹴り飛ばした本人――十六夜は、じゃあ終わったみたいだから帰るわ、とあっさりと去っていった。


『第二試合、勝者――玖蘭』


 判定を下すルカにも覇気は無かった。

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