第二ー三話:第一試合(後編)


「ひっく、ひっく……」

「ほら、泣かないの」


 涙を流す妹にハンカチを渡し、涙を拭かせる。

 私は姉だ。

 だから、何だって我慢した。


 なのに――


「お姉ちゃん! 助けてよ!」


 泣き叫ぶ妹を助けようとした私は、大人たちに押さえつけられ、


「お姉ちゃぁぁぁぁああああん!!!!」


 妹と私は、離れ離れになった。


 そして、後で分かったことだが、私たちを引き離したのは、『魔術師協会』と呼ばれる組織の者たちだった。

 当時の協会所属の者たちは狂っていたらしい。

 協会の者たちは、ひたすら力を追い求めていた。


 そして、まだそれだけなら良かった。


 だが、ある日のことだ。どこかのバカが人体実験に手を出した。

 もちろん、実験体となった者は亡くなり、それを隠すために、協会の上層部は人体実験があったという事実自体を隠蔽した。


 私がそれを知ったのは、協会所属になり、三年経った頃だった。


 情報の隠蔽をどう受け止めたのか、奴は図に乗り、人体実験を繰り返した。


「……で、何で、追究しなかったのよ!」


 奴が好き放題やった結果、協会側も隠蔽が出来なくなってきた頃、奴の実験対象は子供へと移行した。

 人体実験の真実を知る者たちは、自身が実験体になりたくないがために、世界中の子供たちを誘拐した。





 最終的に事件は解決した。

 恥になるとはいえ、被害者を増やすよりはマシだと、協会の上層部はそう判断したのだろう。

 人体実験を繰り返していた奴には、終身刑が言い渡され、協力していた者たちにも、有罪という名の判決が下された。


「やっと……」


 でも、それは奴らが捕まったという事実だけだった。

 誘拐され、実験体にされなかった子供たちは家に帰された。

 実験体にされてしまった者は、国や政府が保護した。


 そして、やっと私も妹に会えると思っていた。


「妹? 何のことだ?」


 首を傾げた。


「私には妹がいたんです」

「それがどうした?」


 何故、ちゃんと聞いてくれないの?


「お前の妹など、どうでもいいだろうが」


 そんなこと言わないで。


「――」


 声が……聞こえない。

 子供だから、無視するの?


「大丈夫?」


 そして、暗闇に落ち掛けた私は助けられた。


   ☆★☆   


「そっか」

「何というか、さ」


 ルイナたちは、美波みなみが怒る原因をルイシアから聞いていた。

 美波は過去に自分と妹が引き離されたことが原因で、本部に恨みを持っていた。


「本部連中の恥ずかしい黒歴史っつーわけか」


 やれやれ、と玖蘭くらんは頭を振る。


「隠したいのはよく分かるけどさ。勇気を持って言ったから、真相が表に出てきたんだよね」


 それを三人は静かに聞いていた。


「それでも、やったことは許されない」


 ルイシアがそう言えば、三人は頷く。

 美波が協会に所属していた時点で人体実験が行われていたということは、同じくその時すでに協会に所属していた自分たちも、実験対象になっていたのかもしれないのだ。

 今はもうされていないとはいえ、知らなかったでは済まされない。


「目に見えぬ腐敗は、どれだけ進んでいるのかね」


 彼女たちの知らないところで、本部だけではなく、地方にある支部や協会の協会ツインにも、もしかしたらあるのかもしれない。


   ☆★☆   


「……っ、」


 フィールドでは、美波が追いつめられていた。


「“落雷サンダーボルト”!」

「――ッツ!」


 それでも何とか魔法で反撃すれば、リヴァリーも間一髪で避ける。


「避けるな!」

「無茶言うな!」


 先程からその応酬だった。リヴァリーが避ける度に、美波が突っかかっていた。


(何故、届かないの?)


 美波は歯を食いしばる。


 ――お前の目の前に居るのは誰だ?


 そんな囁きが聞こえた気がした。


(私の目の前に居るのは……)


 リヴァリーだ。


 ――そいつはどんな奴だ?


 どんな奴?


 目の前に居るのは本部の――


「……本部?」

「古、月、さん……?」


 低い声で告げた美波に、リヴァリーは訝る。


「どうしたの?」


 美波がゆっくりと顔を上げる。


古月ふるつきさん?」


 思わず、彼女の様子に首を傾げるリヴァリー。

 だが、美波は答えず、リヴァリーに向けて、そっと手を向ける。


「“ウォーター・ブレイク”」


 それを聞き、ルイナと銀が立ち上がる。


「水の上級魔法!?」

「駄目、古月ふるつきさん!」


 だが、美波にその声は届かない。


「――っ、」


 先程同様、リヴァリーは避けるが――


「無駄」


 美波が放ったのは、その一言だった。


「ルイナ」


 美波の異常は、ルイナたちも見ていて分かっていた。

 ルイシアが意見を求めるかのように、ルイナに目を向ける。


「分かってる。ウォーティ」

『何よ』


 ルイシアに頷き、ルイナがその名を呼べば、青い光を纏った精霊が姿を現す。


「あれ、止められる?」


 ウォーティはルイナの指の先を見る。

 そこには、“ウォーター・ブレイク”を放つ美波と、逃げ回るリヴァリーがいた。


『あれじゃ、消耗戦ね』


 ふぅん、と言いたげなウォーティはルイナに目を向ける。


『水の上級魔法にして、水による破壊系の魔法、か。いいよ。引き受けてあげる』


 ウォーティは頷いた。


『ただし、命の危険を感じた場合のみ、ね』


 ウォーティはそう付け加える。

 彼女とて、自分が戦っているわけでもないのに、自分の命を犠牲にしてまで、他人のバトルに乱入するつもりはない(ルイナの場合は除くが)。


「ありがとう、ウォーティ」


 とりあえず礼を言うルイナだが、こんな事が起きそうな予感はしていた。

 本部を憎む彼女のことだ。怒りのあまり、暴走してもおかしくない状況だったのに――


(私が誘ったからだ)


 これは自分の責任だ。

 それでもこれは――


「タイミングが悪すぎる」


 はっきり言って、タイミングが悪い。

 これは第一試合だ。

 最初からこれでは、不安すぎる。


 次に暴走するのは誰なのか。


 ツイン側なのか。

 それとも本部側なのか。


 ルイナは強く手を握りしめる。


「ルイナ、大丈夫だから」


 ルイシアが隣からルイナの手を包み込む。


あの時・・・とは違うから」

「ルイシア……」


 ルイシアが宥めるように言う。

 それに少し落ち着いたのか、ルイナは自分が宥められたことに苦笑いしながらも、再びフィールドに目を向ける。


 もし、出来ることがあるのなら、それは――


(勝つって宣言したんだから、大丈夫だよね。古月さん)


 ただ、彼女が正気に戻ることを願うだけだ。


   ☆★☆   


「うわぁぁぁぁああああ!!」


 美波の“ウォーター・ブレイク”がリヴァリーに当たる。


「だから、逃げられないって、言ったじゃん」

「……」


 勝ち誇ったような笑みを浮かべる美波に、リヴァリーは受けたダメージの影響で顔を歪めながらも無言になる。


「何なんだろうな」


 頼人よりとが呟くと、三人は彼に目を向ける。


「この第一試合はさ、勝敗なんか関係ないような気がしてきた」

「どういうことだ?」


 頼人の言葉に、玖蘭が尋ねる。


「そもそも今回の試合は、本部リヴァリーツイン古月を止めれば向こうの勝ちとなり、もし本部リヴァリーツイン古月が押し切れば、こちらの勝ちということになるーーだろ?」

「まあ、そうだね」

「……ん? つか、そうなるのは当たり前だろ? 引き分けにならない限りは」


 どちらかが勝者となれば、どちらかが敗者となる。

 確認も混ざっているのだろう頼人の問いに、ルイシアが肯定し、今度は玖蘭が確認するかのように告げる。


「確かにそうだが、あの二人の関係性は普通と違うんだろ?」


 頼人の言葉に、ルイシアは頷いた。


「私たちと銀先輩と同じように、あの二人も先輩後輩関係なの」

「少なくとも、リヴァリーあの人は知ってるはず」


 美波の過去を。

 それを聞き、三人は黙る。

 先輩後輩だからと、何でも知るわけではないが、誕生日や血液型など、プロフィールなどで確認できることは互いで教え合っている者が多い。

 一見、当たり前のようだが、当たり前ではないのがツインであり、本部である。

 どうしてもプライバシー上の問題が生じるためか、中にはルイシアのように、一度目は嘘の、二度目は本当の情報が表示されるようなものもある(ちなみに、これはルイシアが彼女自身のデータを弄くりまくった結果であり、元々の仕様ではない)。


「まあ、たとえ古月さんが勝ったとしても、私たちに対する評価は変わらないでしょうしね」


 ルイナはそう言う。

 本部によるツインの評価は悪い。

 たとえ勝ったとしても、ズルしただのとブーイングされるのがオチである。

 負ければ負けで、余計に貶されるだけだ。

 そして、自分たちとしては、今更なので気にしてはいないが、何かが許せない気がしていた。


「うわぁぁぁぁああああ!!」


 その声に、現実に戻される。


「マズいな」


 玖蘭の言葉に、ルイナは歯を食いしばった。


(どうにかしないと……でも、どうやって?)


 策を練ろうとするが、上手くいかない。

 だが、美波の怒りは止まりそうになく、早くしないと、美波もリヴァリーも危険だ。


(何か、何か手は……)


 ウォーティには止めるようには頼んだが、いつになるか分からない。


「ああもう!」


 そう叫ぶように吐き捨てながら、リヴァリーは気を落ち着ける。


(大丈夫だ。あの時と一緒なら――)


「リヴァリー?」


 リヴァリーの何かを察知したのか、本部の面々は訝る。

 だが、銀は理解した。

 リヴァリーは本気を出すつもりなのだと。


「“ウォーター・ブレイク”!」


 相も変わらず、美波は“ウォーター・ブレイク”を繰り出す。

 それに対し、リヴァリーは構える。


「“閃光――」


 そして、放つ。


「――一閃”!!」


 目映まばゆい光が、一瞬の光が美波に襲い掛かる。


「光属性の、魔法……?」


 ルイナが驚いたように言う。

 “ウォーター・ブレイク”を連発する美波に対し、リヴァリーは雷属性を放つと予想していた。

 だが、彼が放ったのは光属性の魔法。


「なるほどね」


 ルイナは呟く。

 ああいう使い方もあるのだと、理解した。


『しかも、目くらましにもなって、一石二鳥の効果が出るわけか』


 ふむ、とウォーティは言う。

 相手を怯ませ、一時的だが視力を奪う。


「あれ、使えないかなぁ」


 そう言うルイナに、三人がぎょっとする。


「ルイナ……精霊たちが居るんだからいいじゃない。ああいうのが必要なのは、私や玖蘭ぐらいだよ」


 ルイシアが呆れたように言えば、玖蘭は同意したように頷く。


「全く、能力が戦闘向きじゃない俺たちのことも考えてくれ」

「あはは、ごめん」


 謝り、思い浮かべるのは、二人の能力。

 二人の能力はどちらかといえば、後方支援系に近いものだ。

 正確に言えと言われれば、それはきっと難しいことで、たとえようがない。

 なお、二人の能力はこの後の試合で分かることが出来るので、それまでのお楽しみだ。


   ☆★☆   


 フィールドでは、未だにリヴァリーが美波と対峙していた。

 相も変わらず美波が一方的に攻撃していたが、対するリヴァリーも美波の攻撃を受け流していた。


「“炎火激甚えんかげきじん”」


 激しく燃え上がる炎が、リヴァリーに向かって放たれる。

 それを銀は目を細め、ルイナは小さく笑みを浮かべて見ていた。


『久々に見たわ。貴女以外の“炎火激甚”を使う人』


 ルイナの隣に居るウォーティが言う。

 そんな彼女に、そう? とルイナは素っ気なく返す。


「“炎火激甚”ね……」


 リヴァリーはそう呟いた。


「そっちが火なら、こっちは水だ。“ウォーター・ブレイク”」


 リヴァリーは、美波が先程まで使っていた水魔法を使うが、二つの温度が混じり合ったせいか、フィールドが水蒸気で覆われる。


「あの二人、判定役の俺が居ることを忘れてねぇよな?」


 舌打ちし、ルカは言う。

 ただ、そうは言いながらも、一番の避難場所に居るのだから、これ以上の文句は言えない訳だが。


(さて、どうしたもんかね)


 ルカは思う。

 ツインにルイナが入った頃、彼女からどんな子と知り合ったのかということを、逐一報告されていた。

 やれ変人だの、やれ変態だの、などなど……。

 そんな彼女の報告の中に、珍しいものがあった。


『本部を嫌う女の子がいる』


 どういうことなのかと尋ねれば、言葉通りなのだという。

 今ならルイナの言っていた意味が分かる。

 目の前で戦うツイン側の少女。

 ルカは報告にあったのが、彼女――古月美波なのだと理解した。

 憎む理由は分からないが、それでも今、目の前で繰り広げられているこの試合での様子は、明らかに異常だ。

 現時点で審判であるルカは、二人を止めようと思えば、止められたのだが、両チームのリーダーであるルイナと銀が何も言わない限り、止めることも出来ない。


(たとえ、何かあったとしても、俺より先にルイナが動くだろうしな)


 彼女は、兄であるルカや仲間を優先して助けるような人物である。

 そこに大会などの『ルール』という名の障害があっても、行き過ぎた行為にはタイミングを見て、介入してくるはずだ。

 ルカは溜め息を吐く。


(このバトル、どうなるんだろうな)


 ルカはそう思いながら、空を見上げた。


   ☆★☆   


 二つの剣がぶつかり合う。

 結局は、元の剣技による戦いになった。


「結局はこうなるのねー」

「のほほんと言ってる場合か」


 笑顔で言い放つルイナに、やや苛ついたような顔でルイシアは言う。

 美波が追いつめられていることには変わりない。

 ルイシアの言い方に驚いたのか、頼人が目を見開き、ルイシアを見ていた。


「とはいえ、そろそろ試合も終わるだろ。次は誰が行く?」


 玖蘭が尋ねる。


「リーダー戦は最終戦だから、ルイナは後ね」

「分かってる。でも何で、リーダー戦って、最後なんだろうね」


 ルイシアの言葉に、嫌になっちゃう、と言いたげにルイナは言う。

 だが、それに答えたのは玖蘭だった。


「ルールを、魔術師バトルのものにしたからだろうが」

「まあ、そうだけど……」


 本部に喧嘩を売ったのはルイナである。

 文句は言えない。

 ツインの面々からすれば、迷惑でもあるが、本部連中の鼻を明かせるチャンスなのだ。

 たとえ、その役目それが自分たちではなくとも。


「それで、誰が行くの?」


 ルイシアは尋ねる。


「俺が行く。古月が勝っても負けても、俺が次に行けば何とかなるだろ」


 溜め息混じりに玖蘭は言う。


「それもそうね。なら任せた」

「軽いな」


 あっさり頷いたルイナに、玖蘭は呆れた。

 こんなリーダーで大丈夫なのか、と。


(いや、大丈夫なんだが)


 彼女の実力は本物だ。ただ、普段とバトル時の差が激しすぎるだけで。

 四人はフィールドを見る。

 フィールドでは、未だに美波とリヴァリーが剣戟を繰り広げていた。

 そして、それも終わろうとしていた。


「……っ、」


 試合が終わるにつれ、冷静さを取り戻し始めた美波は、自分が未だに追いつめられていることに気づいた。


(やっぱり、私は勝てないの?)


 いや、と頭を振る。


(どうにかして、打開策を出さないと)


 何とか逆転を考える美波に対して、リヴァリーはあることを告げる。


「古月さん」


 リヴァリーの自身を呼ぶ声に、美波は不機嫌そうな顔をする。


「――ごめん」


 リヴァリーはそう告げ、剣を振り下ろす。

 美波にはそれがスローモーションに感じた。


(ほら、やっぱり……)


 この人も同じなのだと、美波は思った。

 そんな中、脳裏に写ったのは、自分に手を差し出した人物。

 それを見て、歯を食いしばり、涙だけは流さないようにする。

 だが、美波の体は背中から倒れていく。

 そこで、ルイナたちが美波の目に映る。


(あんな偉そうに言っておきながら、私は……)


 思い出すのは試合前のこと。

 結局、あの四人に任せることになってしまったが、それはそれで仕方ない。

 美波の体は少しずつ倒れていく――が、急に倒れていくはずの体が止まる。

 そして、美波は目を見開いた。

 何せ対戦相手であるリヴァリーが、美波の手を取り、支えていたのだから。


「ルイシア」

「ん、何とか間に合った」


 ルイナがルイシアに目を向ければ、ルイシアは頷いた。

 何をしたんだ、と目を向けてきた頼人と玖蘭に、二人は言う。


「あの二人はさ、誤解さえなければ、良い先輩後輩なんだよ」


 優しい眼差しで美波たちを見るルイナ。

 風が吹く。

 二人の様子を見ていたルカも判定を下す。


『第一試合、勝者――リヴァリー・アッシュ!!』


 その声に、歓声が沸き上がった。

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