第五話:噂と五人目


 ルイナが本部に『持ちかけバトル』を仕掛けたことが、ツインと本部で噂になっていた。


「何で否定しないんだよ」

「私が言ったのは事実だし、否定しても意味ないでしょ」


 否定しようとしないルイナに、玖蘭くらんたちは舌打ちしたくなった。


「まあいい。過ぎたことを気にしていても意味がない。とっとと出場者を決めるぞ」


 玖蘭の言葉に、級友たちは頷き、誰が出場するのかを決めようとしていた。


「というわけで、喧嘩吹っ掛けた張本人は、責任者として決定な」

「ちょっ……!?」


 玖蘭の言葉に、ルイナが反論するが、級友たちからの視線を受け、折れた。


「う~、分かったよぉ……」

「ルイシア、お前もだ。止めなかった責任な」

「分かってる」


 ルイシアはあっさり受け入れた。


「後三人か……」

「玖蘭で良くね?」


 思案する玖蘭に、友人の一人が言う。


「は?」

「そうだ。それがいい」

「玖蘭、実力あるし」

「このクラスを纏められているし」


 思わず変な声が出た玖蘭だが、友人たちは玖蘭を推す。


「ちょっ、お前ら……」

「プッ」


 慌てて止めに入る玖蘭だが、背後からの噴き出した声に、目を向ける。


「お前らぁぁぁあああ!!!!」

「玖蘭が怒ったー」


 完全に遊びのテンションである。

 廊下に出て行ったルイナを追い掛け、玖蘭も出て行った。


「行っちゃった……」

「ああ……」


 そんな二人がいなくなった教室で、クラスメートたちはポカンとしていた。


   ☆★☆   


 カンカン、と螺旋階段を駆け上がる。

 玖蘭を撒いたルイナは、ある場所に来ていた。


「はー、気持ちいいー」


 思いっきり伸びをし、深呼吸をする。

 そして、ルイナは声を掛ける。


「出てきてもいいよ。ファイア、ウォーティ」


 ルイナの近くから赤い光と青い光が現れ、二つの光が消えると同時に、光の主は姿を現した。


 赤い光の主、少年の姿をしたファイア。

 青い光の主、少女の姿をしたウォーティ。


 二人はルイナが契約した精霊である。

 光の色と名前から予想がつくと思うが、ファイアは火属性の、ウォーティは水属性の精霊である。


『全く! 私たちに姿を出すな、とはどういう意味かと思いましたが、ああいうことなら言ってほしかったわ』

『そうだよ。僕たちは君の剣であり、盾なんだ。危害が加えられたりすれば……』

「だーかーらー、あんたらは武器じゃないんだから、そういうことを言わないの」


 二人の言い分に、ルイナは不機嫌そうに言う。

 それを聞き、ファイアとウォーティは溜め息を吐いた。


『貴女はもう少し、自分の立場を分かってください』


 ただでさえ、ツインという僻地に移動させられたのだ。

 なのに、焦ることもなく、他の者を本部に返すことを優先している。


『ここに来て二年』


 ファイアは言う。


『何がそこまで貴女を追いつめているのですか』


   ☆★☆   


 何がそこまで貴女を追いつめているのですか。


 予想外だった。

 身近にいる者からのその問いに、ルイナは一人、考えていた。


「私は追いつめられていないよ」


 あの二人にはそう言ったが、ルイナ自身が一番理解していた。


「みんな……頼人よりとや玖蘭、ルイシアも」


 空を見上げる。


「理不尽な扱いを受けていいわけがない」


 風が吹く。


『ツインを変える』


 そして、言葉通り、ツインは変わった。

 中には本部に戻った者もいる。


「私たちが戻れるのはいつになる事やら」


 はたまた戻れないのか。


(私は……)


 ルイナはそっと目を閉じた。


   ☆★☆   


 頼人は一人、ツインの中を歩いていた。

 玖蘭は戻ってきたが、ルイナは戻ってこなかった。


『頼人さん?』


 声を掛けられ、後ろを見るが、そこには誰もいなかった。


『いやいやいや、そんなベタなこと、やらないでくださいよ』

『そーよ。下よ下』


 そう言われ、下を見れば、こちらを見上げる二人がいた。

 ルイナの契約精霊であるファイアとウォーティである。


「二人がいるってことは、ルイナは……」

『一緒にいないよ』


 頼人は目を見開いた。

 この二人は、基本的にルイナと一緒にいる。

 だが、今は別行動中らしい。


『頼人さん』

「何だ?」


 ファイアに声を掛けられ、頼人は彼を見る。


『なるべく、マスターの側に居てあげてください』

「ちょっ、ちょっと待て。いきなり何でそんな……」


 戸惑う頼人に、今度はウォーティが言う。


マスターは時折、情緒不安定になる時があるの』

『ツインに来てから、それが増えてる』


 二人はそう告げる。


「それ、ルイシアには……」

『言った』


 頼人の言葉に、ウォーティは即答した。


『あんたに頼むのはしゃくに障るけど、彼女の知り合いであるあんたには、言っておくべきだと思っただけだから』


 ウォーティはそう言うと、その場を去った。


『それでは、僕も失礼します。頼人さん』


 ファイアもその場を去った。


「……何なんだよ。本当」


 頼人は溜め息を吐いた。

 あの二人が頼人に頼んだのは何故か。

 ルイナを良く知るかと問われれば、詳しいのはルイシアだと答えるだろう。


「ツインに来てから、か」


 先日、久しぶりに会ったわけだが、真面目そうな二人がミスしそうにはない。

 なら、何故か。

 そして、何故『持ちかけバトル』を本部に仕掛けたのか。


「全く、分からん」


 頼人は頭を掻いた。

 どうやら自分は『持ちかけバトル』に出なくてはいけないらしい。

 頼人は教室に戻った。






 そんな頼人を見る影が一つ。


「精々頑張ってほしいわね。私のためにも、彼女のためにも」


 そう呟いた影は、そこから消えた。


   ☆★☆   


 閉じていた目をそっと開く。


「決めた」


 そう言ったルイナは、教室に向かって歩き出した。








「で? 何を決めたと?」


 教室に戻ってきたルイナに、玖蘭が尋ね、頼人とルイシアはルイナに目を向ける。


「何って、『持ちかけバトル』の出場者」


 ルイナはあっさりと言った。


「勝手に決めるなよ」


 玖蘭は頭を抱えた。


「一応、聞くが、何人決まった?」

「三人」


 指を三本立てて、そう告げたルイナに、玖蘭は嫌な予感しかしなかった。


「私とルイナは決定だし、あとは……」


 ふむ、と頷き、ルイシアは玖蘭を見る。


「俺かよ!」


 玖蘭は思わずツッコんだ。

 予想的中である。

 自分が三人目。


「それで、後の二人は?」


 玖蘭が尋ねる。


「ああ、それなら――」

「なあ」


 ルイナが答えようとすれば、横から遮られる。


「頼人?」

「何?」


 ルイナと玖蘭が首を傾げる。


「『持ちかけバトル』って奴に、俺も入れてくれないか?」


 その問いに、クラスメートたちは固まった。


「はぁっ!? 新人、お前正気か!?」


 クラスメートの一人が叫ぶ。

 それに対し、頼人は冷静に答える。


「正気だ。ただ、本部の奴に言い忘れたことがあったのを、思い出したんだよ」

「言い忘れたこと?」


 クラスメートの女子が首を傾げる。


「ああ。まあ、今言うことでもないんだが」


 そう言う頼人に、内心で首を傾げつつ、ルイナは言う。


「ま、立候補者が出てくれたし、入れるとして……」


 その言葉に、本気かよ、とクラスメートたちは思う。


ツインの責任者うえからも、メンバー選抜を一任されたからね」


 それに、とルイナは付け加える。


「頼人は強いよ」

「単に幼馴染という色眼鏡からじゃない。向こうが、ちゃんと見なかっただけ」


 ルイナの言葉に、ルイシアが付け加えて、説明する。


「で、でも、五人目はどうするの?」


 その問いに、ルイナはある方向へと、足を進める。


古月ふるつき美波みなみさん。貴女を五人目として、選ばせてもらいました」


 彼女の目の前に止まり、そう告げたルイナの言葉に、古月美波というショートヘアの少女は、動きを止めた。


「何で私?」


 顔を上げ、美波は尋ねる。

 気持ちは分からなくない。

 自分である必要はないのではないのか。

 美波はそう思ったのだ。


「もし、このバトルに勝利すれば、条件として、誰かを本部に帰すことが出来るかもしれないの」


 ルイナはそう説明するが――


「なら、どうして他人を選ばないの」


 その疑問はもっともであり、ルイナが言った勝つためなら、別に美波かのじょでなくともいいはずだ。


「確かにね。でも相手は本部の連中」


 頷き、そう言うルイナに、美波はルイナを見る。


「やるからには勝ちたいし、貴女がいくら本部の連中を嫌っていたとしても、今のツインには関係ない」


 美波は驚いたようにルイナを見る。


(やっぱり、苦手なタイプ)


 内心でそう思いつつ、美波は溜め息を吐いた。


「分かった。確かに、今のツインの状況と私の感情は関係ないもんね」


 軽く息を吐き、美波は言う。


「私が入る限り、負けるなんて認めないから」

「安心して。現在のツインの在籍者の半数は、かなりの実力者たちばかりだからね」


 怪訝する美波に、後ろから来たルイシアが言う。


「それに、大会前に本部の奴らのプライドも折れる」


 それにきょとんとし、まあねぇ、とルイナは言う。


「そうと決まれば、私は報告に行ってきます」


 軽く後ろに手を振りながら、ルイナは教室を出て行った。

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