第三話:柊兄妹と調査


 魔術師協会。

 レターズと隣同士の建物には、多くの者たちが所属している。

 そして、その隣にある協会の協会ことツイン。

 魔術師協会本部とツインを繋ぐ通路にて、人集りが出来ていた。


「じゃあ、行ってくるね」


 クラスメートたちに見送られ、ルイナとルイシアは協会本部へと向かった。

 頼人よりとは通路を見て、昨日のことを思い出す。


(ああ、本格的にツイン所属になったんだな)


 早くも頼人はそう感じていた。


「さて、と」


 玖蘭くらんがクラスメートたちを見る。


「俺たちは出し物でも考えるぞ」


 玖蘭の言葉に、級友たちは戻り始める。

 頼人はもう一度振り返り、通路を見る。


「……、」


 何か言おうとするが、頭を振り、頼人は新たに出来た友人たちの元へ戻った。


   ☆★☆   


 コツコツ、と本部の中を歩く。

 そんなに珍しいのか、と周囲を一瞥すれば、一斉に逸らされる。

 相変わらずだと思い、目の前の案内役を見る。

 顔はにこにこと笑みを浮かべているが、嫌悪感が出ていた。


(いや、隠すつもりもないのか)


 そんなに嫌なら案内役など引き受けなければ良かったのに、と思う。

 いや、引き受けざるを得なかったのか。

 二人はご愁傷様、と思う。


「申し訳ありません。私はここまでしか案内できませんので……」

「いえ、構いませんよ。私たちも場所は分かっていますから」


 足を止めた案内役の言葉に、気にするな、とルイナは言う。

 本当に申し訳ありません、と言われても気持ちが感じられないのだが、慣れたことなので二人も気にしてない。

 案内役に頭を下げ、その先を二人で進む。


「ルイシア」

「分かってる」


 ルイナに声を掛けられれば、ルイシアは頷く。


「いざ、調査開始」


 二人はこの先を何も思わずに、ただ見ていた。


   ☆★☆   


 魔術師協会本部のとある場所。


「彼女たちが来たみたいだね」

「そうか」


 そう話しながら、廊下を歩くのは二人の男。

 一人は王者のような気を放つ銀髪の男、もう一人は秘書のようにも見える茶髪の男だった。

 そんな二人を、二人が進む度に、通り道にいた者たちが振り向く。


「どうする?」

「何が」


 茶髪の男の問いに、隣にいた銀髪の男は視線だけ向け、尋ねる。


「何って、お前が許さないと、あの二人は戻ってこないよ?」

「許すも何も……」


 その先を口には出さなかったが、茶髪の男は理解しているのか、やれやれ、と銀髪の男を見ていた。


「素直じゃないね。もう少し、素直なら彼女たちにその気持ちが――ッツ!?」


 立ち止まった銀髪の男から放たれた気で、茶髪の男は寒気がしたかのように、ブルリと体を震わせる。


「おいおい、ここでそんなに殺気を放つなよ」


 茶髪の男は何でもないかのように言うが、立つのがやっとだった。

 周囲で二人を見ていた者の大半が、その場で倒れている。

 銀髪の男は気を静めると、再度歩き出した。


(変わらないな、こういうの)


 気に入らないことがある度に、彼は先程の様に殺気を放つ。


(今のは、俺に彼女たちの事を語られたからか、それとも分かったように言ったことが原因なのか)


 おそらく、後者なのだろう。


「全く、はた迷惑な奴だ」


 嫉妬心に独占欲。

 強者は強者と、弱者は弱者といるのが相応しい。

 それが彼の考えだ。

 だから、弱者自分以外の者と共にいる彼女たちが許せなかったのだろう。

 では、彼と一緒にいる自分は強者なのか、と言われれば、NOと答えるだろう。

 なら、何故一緒にいる?


「俺は――……」


『あなた方の考えを否定する訳ではありませんが、私たちまで、同じ考えだと思わないでほしいです』


 そう言った彼女の言葉を思い出す。


「協会祭のバトルが楽しみだ」


 随分先にまで歩いていってしまった銀髪の男を、茶髪の男は慌てて追い掛ける。

 協会祭のバトルはきっと本部対ツインになる。


 そうなれば、きっと――


   ☆★☆   


 何気なく歩き、数歩戻り、覗き込む。


「兄さん?」

「ルイナ、か……?」


 相手は驚いたようにルイナたちを見る。

 そんな彼に、ルイナは呆れた目を向ける。


「妹の顔を忘れないでよ」

「ああ、悪い」


 ルイナに兄さんと呼ばれた青年は、不機嫌になったルイナに、苦笑いしつつ謝る。


「ルイシアも。久しぶり」

「……どうも」


 ルイナの後ろにいたルイシアにも青年は声を掛ける。

 この男、名前は柊ルカといい、ルイナの兄にして、魔術師協会本部所属の魔術師である。


「お前が本部こっちにいるって事は……」

「そ。協会祭の打ち合わせ。私たちが代表で来たのよ」


 ルカはやっぱりか、と溜め息を吐いた。


「そういえば、協会祭のバトルに出るんだよな?」


 ルカは思い出したかのように言えば、それにルイナたちは頷く。


「まだ、私たちが出ると決まった訳じゃないけど……」

「ツインから四人ぐらい、出場者を選べとは言われましたからね」

「まあ、お前らが出て、あいつ・・・とぶつかったら、本気で潰して良いからな?」


 ルイナたちの言い分に、ニヤリと笑みを浮かべてルカは言う。


「ふーん……なら、兄さんが責任取ってくれると?」

「責任転嫁するな。だが、応援するのはお前たちの方だから安心しろ」


 冗談混じりに言うルイナに、ルカは気にするな、とルイナの頭を撫でながら言う。

 その後、じゃあ俺は行くから、とルカは去っていった。


「相変わらずね。ルカさん」

「いつもああなら格好良いんだけどね」


 変わってないと言うルイシアに、ルイナは苦笑いする。


「それで、ああは言ったけど、出場者は本当にどうするの?」

「そうねぇ……」


 こればかりは慎重に選ばなくてはならない。ツインを潰すためなら、本部も本気で潰しに来るはずだ。


「たとえ本部ここが兄さんを出してきても、負けるつもりはないけどね」


 ルイシアは溜め息を吐きたかった。

 自分たちが敵対することはないかもしれないが、いつかそういうときが来る。


(そうなれば……ルイナ。貴女はどんな判断を下すのかしらね)


 それじゃ、私たちも行こうか、というルイナの後をルイシアはついて行く。


(私は私に出来る限りのことをする。ルイナのためにも、私のためにも)


 そう心に決め、二人は協会内を歩く。





 そして、ある部屋の前で止まる。


「ここで合ってるよね?」

「うん。座る場所に名前があるはずだから、そこに座ればいいと思うけど……」


 確認するルイナに、ルイシアは頷く。

 だが、ここは本部だ。

 嫌がらせとして、席が用意されてないかもしれない。


「無ければ作るまでだけど」


 そんなルイナの言葉に、ルイシアは苦笑いしつつ、二人は中に入った。


   ☆★☆   


 さて、中に入った二人は、席があることに若干驚きつつ、席に着いた。


「ルイシア」

「うん」


 だが、二人が部屋に入り、着席した瞬間、室内の空気は一瞬にして変わった。

 「あれが……」や「身の程をわきまえろ」などの声は、しっかりと二人に聞こえていたが、中には厭らしい目を向けてくる者もいた。


(本当、嫌になっちゃうわね)

(でも、こればかりは仕方ないわよ)


 二人は念話で話すことにした。

 机の上に置かれていた資料をパラパラとめくり、一通り目を通す。

 基本的には、協会祭の打ち合わせだが、おそらくツインの参加云々に話は移行するだろう。

 二人もそれを分かっていたため、ツイン側の代表として、この席に着いたのだ。

 ツインに話が来た当初、ツイン側の責任者は二人に任せることを渋っていた。

 二人の年齢もそうだが、二人が女であり、もし暴力沙汰になったりすれば、責任者自身、行かせた身としての責任を取らないといけなくなる。

 だが、それを二人は自分たちが行くと言い張り、ごり押しして了承させた。


「自分たちの身は自分たちで守ります」

「それに、私たちは勝負するために行くのではなく、話し合いのために行くんです」


 そう告げて。

 だから今回、ツインの状況を伝えるということも含め、二人はこの席に着いていた。


 コツン。


 静まりかえっていた部屋内に、靴音が響く。


「おー、みんな集まっているみたいですねー」


 間延びした話し方で言う茶髪の男に、その前にいた銀髪の男は、自身の名前が記された席に着く。

 茶髪の男も席に着くが、正面にいたルイナたちに気づくと、二人に向かって、手を振った。


(ルイシア)

(気づいてる。つか、あの人は分かって振ってるの?)


 ルイナに話し掛けられ、ルイシアは茶髪の男は正気なのか、と尋ねる。


(俺は至って正気だよ)


 二人はぎょっとした。

 あろうことか二人の念話に割り込んできた。

 目を向ければ、笑顔を返される。

 だから、二人は尋ねることにした。


(何故、貴方がたがこの場にいるのですか?)

(さて、何故でしょう?)


 ルイナは舌打ちしたくなった。

 質問を質問で返してきたのだ。


(質問を変えます)


 今度はルイシアが尋ねる。


(協会祭で行われる予定の魔術師バトル、貴方がたは出場する予定はありますか?)


 その問いに、茶髪の男は驚いたように、目を見開いていた。


(悪いけど、それは答えられないかな。出るかもしれないし、出ないかもしれない)


 茶髪の男は、驚いたような顔から笑顔に戻る。


「それでは、時間になりましたので、協会祭の打ち合わせを始めたいと思います」


 その声に、ルイナは紙から顔を上げ、ルイシアも声の主に目を向ける。

 こうして、打ち合わせは始まった。


   ☆★☆


 はっきり言って、打ち合わせはスムーズには進まなかった。

 一部の者たちが所々で、ツインを非難するためだ。

 その度に、議長らしき男が軌道修正するのだが、結局、元に戻ってしまう。

 時折、茶髪の男も擁護するようなことを告げるも、やはり数には勝てず、言い負けていた。

 何より、ルイナたちツイン側が何も言い返さないのだから、仕方がない。

 その様子は銀髪の男も見ていたので、知っていた。


「何で反論しないんだろうね」


 茶髪の男はそう呟いた。

 今ここでツインをバッシングしても意味はない。

 それより、するべき事は、協会祭の打ち合わせだ。

 それが進まない限り、協会祭は開催できない。

 それなのに、あの二人をツイン側だからと、非難している。

 そんな中、ようやくルイナが口を開いた。


「この場は打ち合わせの場ですよね? 私たちをバッシングする前に、打ち合わせした方がいいんじゃないんですか?」

「そんなこと、貴様に言われなくとも分かっている!」

「なら、さっさとやってください。そうしないと、協会祭が開催できなくなります」

「ぐっ……」


 ルイナの言葉に、非難していた面々は、言い返せなかった。

 打ち合わせを中断させていたのは事実だからだ。

 それを見て、茶髪の男は笑いをこらえていた。


「で、では、打ち合わせを再開したいと思います」


 隙ありとばかりに、議長らしき男は打ち合わせを再開すると告げた。


   ☆★☆   


 打ち合わせは再開された。

 それでも、ルイナたちが何か言うこともなく、二人は資料に目を通し、説明される度に、何かを書き込んでいく。


「ツインのお二人さんは何かありますか?」


 議長らしき男に問われるが、ありません、と二人は返す。

 どうせ本部に逆らえないのなら、今回はそのまま従った方がマシだから。

 それに、喧嘩を売りに来たわけでもない。


「一つ聞くが」


 銀髪の男が口を開いた。


「何だね?」

「協会祭で行われるツイン側のバトル大会の参加決定は誰が決めた?」


 議長らしき男の言葉に、銀髪の男は尋ねる。

 ちなみに、打ち合わせ内容が掛かれた紙にも、ツインのバトル大会の出場について、明記されていた。

 それについて、議長らしき男は答える。


「申し訳ないが、それは私には分からない。今日の打ち合わせも、その事について触れられるとは分かっていたのだが、決めたのは上だとしか分からない」


(分からない、ね)


 それを聞き、二人はそう思った。

 本当に知らないのだろう。

 上からの指示なら仕方がないと思うが、ツインへの干渉を考えれば、本部の中でもかなりの実力者でなければ不可能じゃないのか。

 二人はそう考えた。


(危険は回避できないみたいね。ルイナ)

(そうね。そうなると私たちの参加も必須の可能性も高くなったわね)


 ルイシアの念話に、ルイナは頷きつつ、自分たちの出場する可能性の確率が上がったと話す。

 自分たちの力だけでどうにか出来るとは思ってはいないが、防ぐならフィールドに近い方がいい。

 ということは、一番手っ取り早いのは出場する事なのだが。


(厄介だな)


 そっと息を吐く。


「そうか」


 銀髪の男も頷いたが、その際、ルイナと目が合うも、すぐに逸らされる。

 どうやら、まだ打ち合わせは終わらないようだ。


「いつまで掛かるのやら」


 ルイナは思わず呟いた。

 バトル大会だけではなく、協会祭自体が危ない気がしてきた。


「質問、いいですか?」


 ルイシアが手を挙げる。


「どうぞ」

「ありがとうございます。とはいえ、質問というよりは報告なのですが、我々ツインはこちらに来る前に、二つの条件が守れるのなら、協会祭に参加してもいいと言われました」

「二つの条件、ですか?」

「はい」


 首を傾げる議長らしき男に、ルイシアは言う。


「知っているかもしれませんが、こちらとしては、一応報告しておこうかと」

「そうか」

「ルイシア?」


 ルイシアの言葉に、ふむ、という議長らしき男。

 だが、ルイシアの行動に、ルイナは怪訝する。

 どうせいつものことだと、言わなかったのだが、ルイシアは何故言ったのか。

 時折、突拍子もない行動を自分たちはするが、大抵は何らかの意図がある。

 今のルイシアの行動も、何らかの意図があるのだろう。


(まあ、メリットにもならなければ、デメリットにもなるようなことでもないしね)


 本部側にはメリットがあり、条件を出してきたのだろう。

 だが、ツインとしては、出し物の宣伝が出来ないというデメリット以外、何の問題もない。

 ルイナは銀髪の男を一瞥する。


(後で、賭けてみるか)


 ルイナはそう決めた。

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