「そういえば、メグの消息、つかめなくなったんですって?」

 施設の屋上で椎名が煙草をふかしながら呟く。国光くにみつの施設内は禁煙なので、喫煙者は屋上を利用していた。椎名も例にもれず。

「とんだお目付け役だな。新人か?」

「どうかなぁ。君が有能すぎただけかもしれないし」

「世辞っすか」

 一緒に屋上で風にあたっていた松田が笑う。

「まぁ、俺との入れ替わりを狙って逃げたってのは考えうるけども」

 実際そうだし。

「逃げられないでしょう」

 松田が言う。

「そうっすね」

「お金をおろしたらそれで場所はばれる。高校生がひとりで逃げ切れるほど甘くない」

「そうっすね」

 適当に生返事を返す。

「それに、逃げはしないよ。彼は」

「……そうっすね」

 椎名は煙草の煙に目を細め、言いようもない気持ちを飲み込んだ。

「メグか……」

「え?」

「リナも会いたがっていることだし、そろそろ国光に顔を出してくれればいいんだけどね」

 松田の言葉に椎名は首をかしげる。

「すいません。俺、リナって女知らないですよ」

 ――誰だそれ。

「あぁ、そっか。浅葱君はメグと楓くらいしか関わってないんだったな」

「……」

 ――だから、浅葱って呼ぶな。

「メグがまだ施設にいた頃、日本に送られてきたブラックカルテだよ」

「番号は」

「三」

 若い。

「なんすか、その子。メグの女っすか。たらしこんでんじゃねぇか、あいつも」

「んーどうかな。ただ、少なくともリナはメグに依存してたかな」

「依存?」

「メグだけが、心の頼りだったんだろうね」

「そんなに頼りある男か? あいつ」

「あの子は、人に愛されることができないからね」

「……なんすか、それ」


 くそ。たくさんだ。悲しい子供たちの話は。


 ***


「リナ? クリスと同じ施設にいる?」

「そう」

「理由は聞かないほうがいいか?」

 ゾルバははっと笑った。

「いいよ、訊いても」

「……なんでリナの情報を消したい」

「メグになっちまう前に、忘れたいんだよ」

 この言葉遣い、メグっぽいな。とドリーは思った。

「メグになったら、僕のことどう思うかなとか。考えるのに疲れたんだ」

「好きなのか」

「野暮だね」

「訊いていいといっただろ」

 まぁね、とゾルバは笑った。

「リナは、メグに会いたがってる」

 ドリーは目を細めた。ゾルバの瞳の奥が複雑で、読めない。

「虚しいだろ」

「…………」

 ドリーは何も言わなかった。言わなかったし、何も、できなかった。


「考え直したって一緒だよ」


 そう言ってゾルバは去った。

 一人になったドリーは、ため息をついた。

 ゾルバの不可解な行動原理、その答えに近づいている気がした。

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