第19話:幽霊みたいな女だった

「ダブるんだよ」

 椎名シイナが呟く。

「ダブるんだよ。チギリを見ると。メグが」

 長い溜息をつく。

「なんで俺がオペなんだ」

 独り言ち、渡された資料を捲りながら歩きだす。

「あんたがすりゃいいじゃないですか。松田さん」

 そして後ろからついてくる松田を軽く睨んだ。

「そうもいかないんだよ、浅葱アサギ君」

「その名前で呼ばないでください」

「ごめん」

 松田が笑いながら謝る。

「なんで俺なんだよ、本当に」

「腕を買ってるからね」

「売った覚えないですけど」

 減らず口。

「しかもこれ、なんすか、何埋め込むんですか。下手すりゃ大脳に傷がつきますよ」

「問題ないよ。これは九九%安全な物質だから」

「関係ありませんよ」

「これはブラックカルテ由来のものだからね」

「……………」

 言いなおされた言葉に、椎名は黙った。

「ゼロ%の拒絶反応ってやつですか」

「そして、九九%の融和反応。脳に常に一定のノイズを送り続ける装置だよ」

「また、こんな小細工を……。あいかわらずの発明家ですね」

「どうも」

 褒めたわけじゃない。

「で、これ。埋めたらどうなんですか?」

「ん。それを知りたいから。埋めるんだよ」

「……仮説くらい、あんでしょう」

 椎名は歩き続けた。その横を歩く松田は、常に穏やかな顔をしてた。

「彼が、『別の人間』になる」


 ――そしたらどうぞ、殺してくれ。


 ***


「君がドリー?」

 ドリーの部屋に、突然の来訪者。

「あぁ」

「はじめまして、かなぁ?」

 ドリーはパソコンに向き合ったままチラリと来訪者に目をやる。

「ゾルバか」

「そう。そっちはオレのこと、知ってそうだね」

「……」

 ――なるほど、メグに似ている。

「どうして此処に?」

 よかった、マツリが此処に来ていなくて。ドリーは安堵した。

 厳重管理体制が、功を奏す。

「お仕事」

「なぜわざわざお前が? ひとりで?」

「俺、今自由だから」

「用件は」

 ドリーは短く問う。ここに来たのには、何か理由があるはずだ。

「消してほしい情報があるんだ」

「……喰えと?」

「そう」

 すなわち、ドリーのブラックカルテに喰わせろという意味だ。

「稀な注文をするんだな」

「俺、普通じゃないからね」

 ドリーは椅子をぐるりと回して、振り向いた。

「何を?」

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