3
眠れない夜が続く。
「……っ!」
深夜、はっと目を覚ましたマツリは汗だくの身体にそっと触れ、小さく縮こまった。
機械の修復には相当時間とお金がかかるらしく、国光にしては手間取っている。
今日で一週間だ。あの日から、毎日同じ夢を見る。
ふと、格子越しに浮ぶ月を見た。
夜の孤独は好きだった。心が何にもとらわれない気がして。
だけど、同時に思い出す。工場の冷たい床と、メグの温かさ。
――どこが私のいるべき場所? どこに行けばいいの。どこに行けば、私はすべてを許せる?
月が窓から見えなくなるまで、マツリは答えのない問いを反芻するばかりだった。
「
夜が明けて、朝食の食器を下げに部屋に入ってきた
「なぜ食事を取らない」
「いらないから」
これ以上細くなる気か。と、河口は眉間にしわを寄せた。
「眠れないんです」
「……」
それは、言われなくたって河口の眼にも明白だった。ひどい顔色だ。
「目を閉じると、何度もあの日の夢を見る」
「……体に
「努力はします」
頑固な女だ。と河口は諦めたように息を吐いた。
「お父さんの情報、何か見つかったんですか」
「いや」
「そっか」
は、とマツリは笑った。
「そっか。私がブラックカルテだったんだから、もう探す必要もないもんね」
乾いた表情のマツリが、崩れてしまいそうだった。
「父親に会いたかったのか」
「どうかな」
即答。
「今会ったら、あの風が出てきそうで、怖い」
そういったマツリの横顔に、河口は少し複雑な顔をすると、食器類を持ち上げた。
「ついてこい。脳波測定の時間だ」
マツリはこくりと頷くと、河口の後ろをついて歩いた。
廊下を出て、しばらく歩いたところでマツリはぎくりと身体をこわばらせて、立ち止まった。
「……どうした?」
河口が振り向くが、マツリの目線は河口の背後に向けられていた。
「何しに来たの」
「寄っただけだよ」
「来ないで」
そこにいたのはゾルバだった。笑みを浮かべて歩いてくる。
見たことのない鋭利な態度と拒絶の言葉を不思議に思いながら、河口はマツリをちらりと見た。
「別に此処で襲ったりしないよ」
マツリがぎゅっと眉間にしわを寄せて睨む。ゾルバはマツリの前で立ち止まって不敵に笑った。
「近寄らないで」
「随分嫌われたものだね」
「違う。怖い」
否定。
「次は腕じゃすまないかもしれない」
ざわめく心の奥で何かが轟いていて、それを押さえつけている感覚。
これか、メグが言っていた化け物を出さないようにする、ってやつは。
マツリは震える身体を隠すようにゾルバを睨みつけた。
「怖いね」
「怖いの」
ゾルバは黙っておかしそうに笑った。
マツリはそんな彼を無視して歩きだす。河口もそれについて歩きだした。
「……知っているのか? あいつ」
河口が疑問を投げるとマツリは不機嫌そうに頷いた。
変な言い方をすると人間らしい彼女が、河口にとって少し珍しかった。
「メグ」
「!」
河口が口にした名前に、マツリは過剰に反応して振り向いた。
「……メグも知っているのか」
「…………はい」
マツリは、ふっと俯いて歩きだした。
「メグは、同じ学校だったから……」
その言葉を最後に、二人とも言葉を交わすことをやめた。その無言は、簡単な脳波測定が終わるまで続いた。
あぁ、名前を久しぶりに聞いた気がする。
一気にメグの手の温もりを思い出し、マツリの脳はそれに支配されてしまった。
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