7
「これも……これも。これもか」
バサバサ。
「これも……! すべてブラックカルテの死体を利用した実験。完全冷凍した死体とそのクローン体での実験。なんだこれは……!」
血の気も引くようなおぞましいものが、そこには記されていた。
「なぜ、ブラックカルテの身体ばかりつぎはぎする実験が……?」
全ては黙秘で通ってきた。末端の研究者には知り得ることはない。趣味にしては悪すぎる。
「ブラックカルテの身体から、つぎはぎ人間を作ろうってのか……?」
ふと考えた。自分の参加しているプロジェクトも確か同じような目的だ。だが、こんな風に、人体を使った化け物の生成は行っていない。マウスにブラックカルテが持つ特殊な脳波をインプットしたり、披検体にブラックカルテの血を打ったり、マウスの胚を操作してブラックカルテの化け物が発現するかをみる、その程度だ。
「……時雨さんは、人工的に人間のブラックカルテを作るつもりか?」
それはとても、胸糞の悪い話だな。
***
「時雨さん」
「
「例のプロジェクト。難航ですね」
「ゾルバか……」
時雨はため息をついて歩きだした。白い建物の中。
「シフトは七分の一まで進んでいたんですが、今は中断中です」
「駒の動物実験の方はどうなっている?」
「こちらも停滞。ゾルバあっての第九施設ですからね」
「国光本部は」
「別にどうも。ブラックカルテのことに関しては時雨さんに一任してますから」
「臆病な老人達だ。ブラックカルテを恐れている」
「まぁ、あの時アレだけの事件が起きましたからね。もう関わりたくないのが本音でしょう」
「あれは奴らが悪いよ」
「ごもっとも」
二人は時雨の部屋に入ると、時雨はデスクに、松田はソファに腰を降ろした。
「他のブラックカルテのデータは」
「今の所、変化はありません。ドリーに関してはまだまだ未知数ですし、ヌメロゼロも」
「今度は厳重にな」
「もちろんです」
松田はふわっと笑った。
***
「ドリー……?」
突然、部屋の鍵を開けて入ってきたのは他でもないドリーで、マツリは驚いた。
「どうして」
挨拶もせず、彼は問う。
「どうして戻ってきた?」
マツリは口を閉ざした。確かに、ドリーからしたら、意味不明だっただろう。彼はマツリたちの逃避行に協力するつもり満々だったのだ。
「ドリーこそ、どうやってこの部屋に来たの?」
「この施設の鍵はすべてコンピューター制御だから。……答えたよ。マツリも答えろ」
ああ、ドリーは怒っている。マツリは悲しく笑った。
「化け物だったから」
「……え?」
「化け物は、私だったから」
「ヌメロゼロだという確信が? 化け物がでたのか?」
「違う。同じじゃない」
「?」
「化け物はいない。私自身が、化け物なの」
マツリの眼まっすぐで、なのに何も見てないようだった。目の前に居るドリーすら、映っていない。
「それ、国光の連中に言った?」
「河口さんには言ったよ」
ドリーはわずかに眉間にしわを刻んで黙った。マツリも黙り、目をつむった。
「罰しに来たんだね。自分を」
マツリは肯定せず、ただ俯いた。
「ドリー」
「なに」
「頼みがあるの」
「いいよ。何」
「私を、助けないで」
ドリーは目を見開いた。その言葉は、あまりも悲痛だった。
「メグに。来ないでって……伝えてほしいの」
***
「行くのか?」
「行かねぇ訳があるか」
メグがそう言って階段を降りようとしたその時、ブンブン、と携帯のバイブが鳴った。メグは携帯をポケットから取り出して怪訝な顔で画面を見る。
「…………。ドリーって……」
「ブラックカルテのか」
「なんでオレの携帯に……」
「メールか?」
「………ふざけんなよ」
指を震わせながら、メグは呟いた。
「なんて?」
「マツリを迎えにくるな。だとよ」
ぎゅうっと眉間にしわを寄せる。
「ふざけんなよ! なんだってんだ!」
しかし、男は小さくため息をつくと、窓の外を見下ろしながら呟いた。
「きっとそれ、マツリの意思だな」
「!」
メグははっとして、ぎゅっと携帯を握りしめた。
「ふざけんなよ……ッ!」
そして階段を降りる事が出来ないまま、携帯を握り閉めて、うつむいた。
「メグ」
見かねたように男がメグに言う。
「俺と一緒に来ないか?」
「どうして」
「国光を、潰すために」
「……んなバカげたこと、のらねぇよ。つるまねぇ。性分じゃねぇ」
「それなら、マツリを助けだすために手を組まないか?」
「…………。今更、お前が、父親ぶんのかよ」
畜生。
こんな無力、こんな現実、腐ってる。
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