「大蕗……マツリか……?」

 唖然とした。

河口カワグチさん、お久しぶりです。」

 マツリがぼうっと立っていたのだ。

 国光の白い建物の入り口に。



「……よく戻ってきましたね」

「はい」

 マツリは時雨シグレの部屋に連れられ、彼と向き合って座らされた。きっと、あれこれ聞かれるのだろう。

「心配しましたよ。今まで、何処に?」

「わかりません」

「では誰が君を?」

「知らない人でした」

 時雨は諦めたようにため息をついた。これ以上聞いても無意味だと察したのだろう。すぐに会話は終了した。

 部屋から出たマツリは、河口と鉢合わせた。

「河口さん」

「部屋、鍵かけることになった。この前みたいなことにならねぇように」

「……もしかして、責任を問われたんですか?」

 河口がマツリ達を一番追い詰めた。なのに、犯人の顔も見てないんじゃ、お咎めくらいあっただろう。

「おかげでお前の部屋の鍵管理は俺になった」

「そうですか」

 それって罰なのだろうか。ただの業務では。

「…………何故戻った」

 河口が低い声で問うと、マツリは一瞬、沈黙した。

「おかしなことを訊くんですね」

「思うだろ、普通。戻ってきたくないとか、そういうこと」

「だって」

 ふっとマツリが笑う。河口はその笑顔に不吉なものを覚えた。

「化け物は、私だったんだもん」

「……。本気で言ってるのか?」

 マツリの部屋の前に立ち止まったまま、二人は見つめあう。

「虚偽だと?」

 言葉に詰まった。だって、それは一度は河口の頭の中でも浮んだ考えだったから。

「化け物なんか飼ってませんよ」

 マツリの声が静かな廊下にじんわり響く。不思議と落ちつく声だった。

「私自身が、化け物だったんです」

 ぽきりと折れそうな少女が無表情な笑顔でいうので、河口は何をどう言えばいいのか分からなくなった。

「調べてみなければ、分からないだろう」

 やっとのことで絞り出した言葉は、この間までのマツリが言っていた言葉だった。

 なんだか滑稽に思えて、マツリはふっと笑った。

「それじゃあ」

「……あ、あぁ」

「あ、河口さん。」

「あ?」

「此処にブラックカルテって、ドリーしか、いないですよね。」

「……? あぁ」

「なら、いいんです」

 マツリは安堵した様子で、ひとり、部屋の中に入っていった。

「なんなんだ、こいつは……」

 河口はボツリと呟いた。


 ***


「ゾルバの骨が折られたらしいぞ」

「……ゾルバ?」

 国光の別の施設。椎名シイナが作業を止め、顔を上げた。

「しばらく治療するらしい。どうすんだよ。研究、止まっちまうぞ」

「それより、ゾルバの骨を折って無事な奴ってのがいるのか?」

 噂話があちこちで。

「…………。メグか?」

 なかなかの暴力事件起こしましたね。と椎名は暢気に考えていた。

「作業はもとからゾルバなんかいなくても進んでたじゃないか。何言ってんだァ?」

「知らないんですか」

「!」

 風間カザマが立っていた。

「このプロジェクト、ゾルバの身体こそが実験の被験体なんですよ」

「それって……」

「ブラックカルテにブラックカルテを移植するという行為は、何故か今までの実験において100%拒絶反応が出ません。その謎を彼の身体を調べることで、解き明かす必要があります」

「移植? 今までに移植が何度も?」

「えぇ」

「いったい誰の。またクローン技術でも駆使して?」

「いいえ。それもありますが、それだけじゃありません」

「……というと?」

を、使ってるんですよ。」

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