いづみがマツリからのメッセージに気が付いたのは、部活後、家についてからだった。

「マツリ……」

 ぎゅうっと携帯を握りしめる。手が震える。肩が震える。気が付くと、涙が出ていた。

 ――ココハ ナンダカ サミシイ デス。

 こんな風に弱音をこぼす親友を、どうして心配せずにいられようか。こんな風に、ひどい目に合っている彼女を、どうして気にもかけず生きられようか。

 いづみはあの日学校を休んでしまったこと。マツリが国光に行ってしまうと分かっていたのに、止めることすらできなかったこと。自分の無力さと弱さからこれ以上目を背けられそうになかった。

「帰ってきてよ……っ! 国光なんか……っ、もうどうでもいいよ!」

 自室で、ひとり叫ぶ。

「化け物なんかじゃないよ……っ! ただの女の子なんだよ!」

 いづみはしばらくの間、何処にもぶつけられない感情を押さえつけて泣きしきると、ぎゅっと拳を握りしめて顔を上げた。

「会いに行かなきゃ……」

 このままでは窒息しそうなのだ。インターハイなんか、行ってられないほど。


 ***


 月が昇って空中浮遊。夜は傾いで過ぎていく。


 その日の夜は、冷たい床に段ボールを敷いて寝そべった。手を繋ぐことはなく、言葉を交わすこともなく。なんだか懐かしいコンクリートの呼吸を聞きながら、微妙な距離感でメグとマツリは眠りについた。


 ――その夜も、怖い夢を見た。

 怖い、夢だった。


 翌朝、鈍い日の光が差し込むと、マツリは風の音で目を覚ました。

「嵐だ」

 呟いた。

 雨がひどい。雨音が湿っぽいリズムを刻む。

「……メグ?」

 バキバキする身体を起こしながら、メグの方に振り向くと、血の気が引いた。メグが居なかったのだ。

「メグ!」

 思わず叫んだ。あたりを見渡す。だけど、彼はどこにも居なかった。額に汗が滲む。

「なんで」

 手元に転がってる黄色い紙に鉛筆でメグの字が書かれていた。

 ――すぐ戻る。此処に居ろ。

 ただ、それだけが書かれていた。

 マツリはぎゅうっと歯を食いしばって、痛む心臓を押さえつけた。

「なんで、置いて行くの」



 ――嵐の日は、こんなコンクリートの床は嫌い。


 思い出す。床につく足が冷えて行く感覚を。

 思い出す。嫌いと叫んで泣く少女を。

 思い出す。鼻につく血のにおいを。

 思い出す。夕べの夢のことを。或る場景を。



 母親は自分の手で自分の腹を刺した。はっきりと、自分の腕を曲げて刺した。

 だけど、その母の手は何かに勢いよく押し返されたように、自分の腹へと跳ね返っていた。なにか大きな力で、無理やり腕を捻じ曲げられたような。そんな折れ方だった。そんなスピードだった。

 ……夢の話だ。

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