「ゾルバのことなんか知らねぇよ。あの日以来、会ってないからな」

 ――本当は二、三度会った。見るたびに歪んでいく彼に。

 メグはポツリと嘘を吐き、男から顔を背けた。男は「そうか」と言って息をついた。きっと嘘だとバレたのだ。

「あいつは今、化け物を作るとかいうプロジェクトに参加してるらしいな」

「あぁ。適任だ、といって」

「……本当に人為的にブラックカルテを作るつもりなのか?」

「らしい」

 ため息。

「その間。ゾルバは自由に町に出れるのか?」

「あぁ。それが条件だったらしい」

 メグは顔をしかめて、深いため息をついた。そんなメグを男は凝視した。

「もしかして、ゾルバに会ったのか?」

 ほら、嘘がばれる。

「……すれ違っただけだ」

「ゾルバは年々、禍々まがまがしい感情を表すようになっていた。……壊れている、と言ってもいい。お前に執着して、お前を恨んでいた」

「……知ってるよ」

「会っても、何もされなかったんだな」

 メグは小さな声で「ああ」と答えた。自分は何もされていない。代わりにひどい目にあったマツリを思い出し、怒りがこみ上げそうになった。

 男はメグが隠した何かに気づかぬふりをすると、壁にかかった時計を見て立ち上がった。

「おっと。そろそろ帰るべきだ。此処は完全に安全ってわけじゃない。仲間じゃない国光の連中も時折出入りしてるからな」

 メグも頷いて立ち上がった。

「そういや、あんたの名前は」

だ」


 ***


 夕日が赤く廃ビル内を照らし始め、眼を閉じていたマツリの顔に光があったった。一瞬眠りそうになっていたマツリははっと眼を開く。

 気づけばかなり時間が経っていたらしい。マツリはあたりを見渡し誰もいないことに、安堵と寂しさを覚えて俯いた。


「マツリ」

「!」


 しかしすぐにメグが帰ってきて、マツリは立ちあがった。

「おかえり」

「誰か来たか?」

「来ない」

 メグはほっとして「ならいい」と言い、あたりを見渡した。そして提案をする。

「……今日、此処に泊まらないか?」

「なんで?」

 マツリは首を傾げた。帰らない理由があるのか、と。

「ゾルバが自由に動いてる。どこで嗅ぎつけたか廃工場まで来た奴だ。あの辺はまた現れるかもしれねぇ」

 マツリはぞくっとした。家の周りに、彼がいると思うと。

「しばらく、転々としたほうが……――」

「ホテルじゃなくていいの?」

「ハァ!?!?」

 メグが突然叫んだのでマツリは眼を丸くした。

「だってカプセルホテルとか、この辺ならきっとあるよ」

「カ……ッ」

 メグは少しだけ赤面し、動揺したまま言葉を数秒失うと、ふっと息をついた。

「バカヤロ……、高校生がそんなところ行くと目立つ。目立つことして、足がついたら元も子もないだろ」

「そっか」

「嫌なら嫌って言えよ」

「ううん。嫌じゃない」

 メグが居る。それなら何処だって、安心だ。

「ありがとう」

「なにがだよ」

 ――そばに居てくれて、だよ。

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