「お父さん、ね」

 一方、地下で向き合う少女と中年は少し緊張した空気の中、静かに言葉を交わす。

「私の名前を知っているんだから、父のことも知ってますよね」

 穏やかな男の声に対し、マツリの声はなんと一本調子なことか。

「あぁ。そっか。そう思うよね」

 大神はくすっと笑った。

「お父さん……とは、そうだね。同盟関係だよ」

「今お父さんはどこにいるんですか」

「探してるの?」

「はい」

 沈黙。マツリの目はまっすぐで、強い。沈黙を守る大神に突き刺さる。彼は考えるように数度瞬きをした末、マツリに問いかけた。

「……会いたい?」

「好意的な意味でですか」

 男は頷く。

「分かりません」

 少女ははっきり言い切った。

「それとも、あなたが私のお父さんですか」

 はっきりと問う。

 再び沈黙。およそ三十秒。

「あなたは国光の人?」

「まさか。その逆だよ」

「此処で何をしてる人?」

「この工場を管理している」

「…………」

 黙り込むと、地下は耳が痛むほど静かだった。

 直立させた脚が軋む。手は垂れ下がって重力を撫でる。見つめあう瞳は、探り合うように鋭い。

 マツリが思考を巡らせる間、男は微かに笑っているように見えた。

「最後にひとつ」

 マツリが口を開く。

「なに?」

「私は、化け物かな?」


 これだけは、この男すら答えてくれなかった。


 マツリは黙って頭を下げ、再びドアに体をむけるとドアノブを掴んだ。それはやけにひんやりとしていた。

「国光から、逃げ切りたかったら」

 大神の声に、マツリは今度は振り向かなかった。ただドアノブを見つめていた。

「此処のことは忘れるな。俺はお前たちの味方だ」

「……うん。だろうね」

 察するに、此処は父親の逃げ道だったんだろうから。

 ――きっと私と同じように、国光から逃げた時、此処にいた気がする。

 マツリはそんなことを考えながらドアノブをひねった。ずっしりとした扉の向こうには、照明のない部屋が広がっていた。あたりは埃っぽく、さびくさい。

 天井を見上げると、穴が大きく開いていた。こんな穴はこの工場にはなかったはずだが、きっといつもは閉じていて、今日来るはずだった別の客のために大神が開いていたのだろう、と悟った。

 しかし、結構な高さである。ここから落ちたのか。よく脳震盪ですんだな。とマツリは痛む頭を押さえた。

 だがよく見ると床には広く白いクッションが積んであった。そして、運が良かったのだと悟った。

 マツリは今出てきた部屋の方に振り返った。ドアの下からほのかに光が漏れていた。

 大神――不思議な男だった。マツリは父と繋がる大きな手掛かりを見つけた高揚感と、何故かメグが見当たらないという不安を振り切るように頭を振って、壁に取り付けられた梯子はしごに手をかけた。

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