7
「おっさん、何者だ?」
「知らない人に、よくついてきたものだね」
潰れそうな喫茶店。メグの目の前にさっき工場で見かけた『よれたスーツに帽子の男』が座る。メグは黙り込んで男を睨んだ。
さっき――マツリを見失った時、気づけば男はすぐ側に立っていた。男は無表情でメグを見下ろしていたが、やがて深いため息をつき「ついてこい」とだけ言うと、工場の外へ歩き出した。
メグが大人しくついていったのは、この男が国光だった場合、下手にマツリを追いかける方がマツリを危険にさらすと思ったからだ。
「君は、大蕗 祀と仲がいいようだね」
メグは黙ったまま男を睨み続けた。
――こいつ、やっぱり国光か?
「国光ではないよ」
「!」
心を読まれたかのような台詞に、メグはビクリと肩を揺らす。
「むしろ、彼女を逃げ切らせてやってほしい」
「……は?」
「俺達は、国光とは逆行する組織。……まぁ、
「……国光を。敵に回してるってことか?」
たいそうな事だ。メグは呆れそうになった。
「なんでまた」
「ブラックカルテ」
「!」
メグは動揺を隠せなかった。――なぜ、最重要機密事項のはずの『ブラックカルテ』が、ころりとこんなおっさんの口から飛び出した?
メグは左の拳を握りしめた。
「あの計画を、
「……計画?」
なんの話だ。
「なんにしても、お前たちが国光から逃げ切るために、俺達はできる限り協力するつもりだ。国光に報告された大蕗 祀の偽住所にも手を回して、本当に彼女が住んでいたような形跡を残しておいた。しばらくは疑うことなくあそこを見張るだろう」
「は……?」
意味不明だ。メグは理解ができず、気の抜けた声を漏らした。
「国光から姿をくらませるなら、俺らの『道』を使うのが一番だからな」
「ちょ……っ」
「安全地帯を教えとこう。これを」
「ちょっと待て……ッ」
理解の追いつかぬメグを無視し、男は一冊の小さな手帳をどさっとメグの目の前に置いた。それは古くて渋い茶色い革の手帳だった。
「まずこの番号。此処に連絡すれば力になれることもあるだろう。あと、此処に書いてある住所は全部、完全に国光の管轄外だ。情報は国光には漏れない。いわゆる同盟だ」
「……ちょっと待てよ」
「質問か?」
「あぁ、山ほどある。おっさんはなんで俺とマツリを……」
「国光から逃れたい人間を助けたいだけだよ」
「はぁ?」
「単なる人がいいおっさんだ。気にするな」
メグが呆気にとられていると、男は手帳の切れはしを置いて立ち上がった。近くでよく見ても、そのナリはかなり古ぼけたスーツだった。
「あぁ、そうだ」
男は思い出したようにそう言うと、メグを見下ろした。
「気を付けろよ。ゾルバがお前を狙うかもしれないぞ」
「……ゾルバ?」
「じゃあな、しっかりやれよ」
「おい……っ」
メグは立ち上がって何かを言おうとしたが、口から飛び出しそうな言葉が多すぎて、結局何も言えずじまいだった。しわだらけのスーツの男は帽子を深くかぶり直し、カランというドアベルの音とともに店を出て行ってしまった。
「……なんで、ゾルバが?」
ぞわりと背筋を這う嫌な予感に、メグは小さく身を震わせた。
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