一時停止された世界が、前触れもなく動き出した。それくらい自然に目が覚めた。


「あ、起きたかい?」

 マツリは声を発さず、ゆっくりと頭だけを動かして左を見た。

「……あの」

 見据えた先に居たのは、ひとりの男――メグじゃない。マツリはわずかに目を細めた。

「大丈夫、大丈夫。ただの脳震盪のうしんとう

 いや、そういう話じゃない。

「あの、此処」

「あー、久しぶりの新客だからちょっと驚いたよ。今日は別の客との約束だったんだがね」

「すみません」

 とりあえず謝ってみた。そして身を起こす。寝かされていたのは簡易なベッドの上だった。

「この分だと、電話してきたの。君でしょ」

「え?」

「今日。電話したでしょ」

「……あ」

 はっとした。そして確信した。

「此処、やっぱり。製造元……」

「そうそう。上の機械のね」

 そう言って男は上を指差す。

 ――なるほど。合点がてんがいった。

「工場は、此処を隠してたんだ……」

「ん? あー。そうだな」

 彼は歯切れの悪い返事をした。

 よく見ると、その男の容姿は声と比べて随分老けていた。美系ではあるのに、無精髭ぶしょうひげを生やしているし、髪の毛はぼさぼさ。ひとことで言うと、だらしない。

 マツリの警戒するような目線に気づいたのか、彼は息をついて名乗った。

「俺は大神オオガミってもんだ」

「あ、私は……」

大蕗オオフキ マツリ

「!!」

 反射的にマツリは身構えた。

「身構えなくても良い。国光に誘拐されたマツリちゃん?」

「どうして……」

 彼――大神はふっと笑って、黙った。

「あっ……! メグは……っ」

 はっと思い出して、立ち上がった。混乱していて気付いていなかったが、メグがいない。

「ん? メグ?」

「一緒に、此処に来たんです……!」

「残念ながら、此処にゃあマツリちゃんひとりで落ちてきたよ」

「え?」

 急いで天井を見上げた。しかし穴なんてない。

「……あの、私どこから……?」

 ここでようやくマツリは冷静にあたりを見渡した。そこは窓ひとつない密室で、明かりは暖色の照明と、机の上の蛍光灯スタンドのみ。そしてさびれたドアひとつ。

 あのドアの向こう側に出口があるのだろうか。と、マツリはドアをじっと見つめた。

「ん」

 その通り、と言わんばかりに男がドアを指をさす。

「失礼します」

 マツリはほっとしてベッドから降り、駆けだそうとした。しかしそれは遮られた。


があったんじゃないの?」


「……っ」

 マツリはドアノブに手をやって固まった。

「いいの?」

 振り向くと、彼は見透かしたようににこっと笑っていた。

 マツリはそんな彼の心の内を探るように、じいっと彼の眼を見つめ返した。そして無表情のまま答える。

「……あります」

「どうぞ?」

 余裕を感じる笑顔で、大神は右の手のひらを軽く天へひるがえした。

「……上の機械は何を作るための物ですか?」

「なにも」

「此処を隠すためのものなんですか?」

「大半はね」

「工場は、あなたが管理してるんですか?」

「まぁ、潰れないようにはしてるかな」

「…………。十年前、此処で起こった事件を知ってますか?」

「……知ってるね」

「お父さんと、どういう関係ですか?」

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