ガラン


「!」

 下のほうで音がした。

 その刹那、ほとんどノータイムでメグがマツリの腕を引っ張り、窓から離した。そしてすぐにメグは窓際の壁に背を当て聞き耳を立てた。

「…………誰だ?」

 楓の一件で国光にこの場所のことはばれている。楓の死に際にマツリが此処にいたという情報は椎名が隠蔽いんぺいしてくれたが、念のため探しにきた可能性だってゼロじゃない。

 メグは恐る恐る埃で曇ったガラスを通して下を見た。

「メグ……」

 マツリが心配になって呟いた瞬間。

「……! 隠れろ!」

 小声でそう叫ぶと、メグはマツリを思いっきり奥へ押し込んだ。

「え……っ」

 メグ自身もすぐに窓から顔を引っ込めて伏せる。

 そのままの体勢で、沈黙はおよそ五分。メグは微動だにしなかった。物音はかけらも聞こえなかった。

「……メグ?」

「行ったか?」

 そう言ってメグが体勢を起こそうと手のひらを地面につける。

「誰?」

「や、男が一人……――」

 振り向いてはたと眼があった瞬間に、メグは言葉につまらせた。

 マツリが机の側面にひっかかるようにして複雑な体勢で倒れている。半分体を起こしてはいるが、さっき押した時に倒れたのは明白だった。

「……あっ」

「?」

「わりぃッ……」

「なにが?」

 メグは首を傾げるマツリのひっかかってる服を急いで外し、体を引っ張り起こした。

「い、たくなかったか?」

「平気」

「わり……」

「平気だよ」

 何度も謝る彼に、マツリは不思議そうに首とかしげて平気と繰り返した。

 メグは眉間にしわを寄せたままマツリの細い体を見やる。

 折れそうな体。抱きしめることすら躊躇する細い肩に、細い腕。

 ――もう乱暴には扱いたくないと思っていたのに。

「……メグ?」

「なんでもねぇよ」

 ぶっきらぼうに言って、メグはそっと戸を開けた。

「さっきの……誰だったの?」

「分からねぇ。だが、ひとりだった。国光じゃねぇ」

「どんな?」

「よれたスーツに帽子のおっさんだった」

 ――なんでこんなところに、そんな男が。

 マツリが思い返す限り、此処に自分以外の人間が来ることなんてなかった。

「降りるぞ。機械の製造元を調べるなら、機械そのものを見たほうが早そうだ」

 メグの言葉に頷き、マツリは彼を追って階下へと向かった。

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