午後、マツリとメグは例の廃工場へとやってきた。

 存在を国光に知られている恐れがあるからとメグは反対したのだが、マツリがどうしてもと言ったのでメグが折れた。


「…………」

 マツリはその場所を見つめて目を細めた。

 部屋にあったのと同じ、なにか硬いものをぶつけたようなくぼみ。どんなに目を細めても、やっぱりそれはそこにあった。

 マツリはぎゅっと拳を握る。

 隣にいるメグもまた、拳を握りしめているのが見えた。此処で死んだ楓のことを思い出しているのだろう。

「二階に上がってみよう」

 マツリが工場の事務室の窓を指さして提案すると、メグは頷いた。

 そうして埃まみれの事務室に入ると、マツリはその窓から工場全体を見下ろした。

「なんか、探してんのか?」

 メグが棚の埃にふっと息を吹きかけながら問う。

「大蕗 奔吾に関する書類は、もうなさそうだけどな」

「……メグ」

「ん?」

 メグが振り向く。マツリは少しだけ息をのんだ。

「……あのね。あの……」

 どもる。マツリらしくない。メグは首を傾げてマツリに近寄った。

「なんだよ」

「工場の……機械とかが」

「機械?」

「壊れてるの……は」

 この問いかけを他人にぶつけるのは、どういうわけかひどく怖かった。自分が化け物かと時雨に尋ねた時よりも、体が小さく震えてる。

「なんでかな……」

 ――あぁ。気付かないで。

 マツリは自覚している矛盾と緊張で高鳴っている心臓を手で押さえつけた。

 メグは表情を変えずにそんなマツリを見つめる。

「……お前が」

 メグが口を開くと、マツリはびくっとした。

「俺の事を忘れた時のこと。覚えてるか?」

「……断片的に、だけど」

 あいまいだった。母親を殺したかもしれないという現実に向き合い切れなくて、そのことを知りうるメグや楓の存在を、無理やり掻き消した。そんな正常とは言えない精神状態の記憶はかなりあいまいだった。

「お前、ひとりで此処にいただろ」

 頷く。そんな気がする。

「あの時、すごい音がして駆けつけたんだ」

 マツリの表情が小さく変わる。

「そしたら、割れたガラスが散らばってたり、鉄の板がへこんだりしてた」

 やめて、と叫び出しそうになるのをこらえ、マツリは俯いた。

「その時……――」

「私」

 遮った。

「……私が、やったのかな」

 眼を合わせないマツリに、メグは異変を感じ一歩近づく。

「マツリ」

「私、やっぱり……ッ」

 額に汗が滲むのが見えた。

「あのな」

 今度はメグが遮る。

「決め付けるなよ」

「だって……」

「俺が駆け付けた時にはお前は倒れてた。他の誰かがやった可能性だってあんだろ」

 ――じゃあ、私の部屋のあのくぼみは?

 それ以上言葉が出なくって、マツリはきつく眼をつむった。

「あ」

 メグが声を零した。

「これ」

「え?」

 メグは机から腐りかけた古い紙を持ち上げると埃を払った。

「この書類サイン。工場の持ち主の名前……、だよな」

「大蕗……。大蕗 奔吾。お父さん……ッ」

 マツリは驚いて思わずその紙を奪うようにして手に取った。

「ほ、本当に、此処にいたんだ……」

 信じられなかった。

 なぜなら彼は大学院を出てすぐに国光へ行き、そのあと忽然こつぜんと、姿を消したのだと聞いた。

 家にあったこの工場の情報は、本当はブラフか何かだと疑っていたのだ。

「……そうだ。ドリーに此処の事と、大蕗 奔吾のこと、調べてもらうように言えねぇか?」

「え?」

「俺らはその間、此処の機械を作った会社を調べる。大蕗 奔吾と繋がってるかもしれねぇだろ?」

「……うん」

 揺れる心臓を抑えつけて、マツリは頷いた。

 その時だった。

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