「マ、マツリ……」

 メグは泣きだしたマツリに対してどうしたらいいか分からず、ただ狼狽うろたえていた。なにが悪いのかも分からない。

「マツリ……!」

 名を呼んでも、彼女は黙ったまま機械のように涙を落っことし続ける。

「……っ」

 メグは強くマツリを抱きしめたいと思った。けれど同時にひどく躊躇ためらった。折れそうな首筋も、華奢きゃしゃな肩も、こんなに近くにあるのに、手を伸ばすのが怖くて、動けなかった。

 そんな風にもぐもぐするメグなんかそっちのけで、彼女は泣いた。嗚咽おえつをあげることもなく。ただ、静かに。

「…………メグ」

 しばらくの硬直と沈黙を超えて、彼女はようやく声を出した。

「どうした?」

 メグがマツリの顔を覗き込む。

「本当は、もっとずっと前に、言うつもりだったんだと思う」

「……え?」

 あの日――記憶を意図的にあいまいにしてしまった、あの日。手を振り払われてしまっただけで足元から崩れ去ってしまう、そんな脆弱ぜいじゃくな自分に飲み込まれたあの日に、本当は伝えようと思っていたこと。

「でも、ずっと。ちゃんと言いたかったことがあるの」

「……なんだよ」

 メグは小さく身構えた。少し怖くもあった。涙を流しながら告げる彼女は、今にも崩れてしまいそうで。

「メグが大事なの」

 その肩は今にも砕けてしまいそうで。

「メグが、多分。いわゆる……」

 その首筋は今にも折れてしまいそうで。

「……その」

 その涙が。今にも。だから。

「好きなんだよ」

 だから、抱きしめたいと思った。きつく、抱きしめたいと思った。

「メグ? メ……――――」

 だから。きつく。メグは彼女の細い体を抱きしめた。少し乱暴に手を解いて、両手で彼女の体を包んだ。思った通り、マツリは細くて、柔らかくて、このまま力を入れたら壊れてしまいそうだと思った。

 驚いたマツリの瞳から涙がこぼれる。

「メ……ッ、メグ……」

 そして少なからずの動揺でマツリが体をこわばらせると、メグは抱きしめた手をゆっくりと解いた。マツリはびくりと肩を揺らす。

「なんもしねぇよ」

 メグはそんなマツリの耳元で小さく呟いた。

 だって、「怖い」という感情で一瞬左手がうずいた。

「わりぃ……」

 そしてするりと彼女の身体から身を離し、マツリを見た。マツリの目からは涙は消えていた。そして、大きな目を見開いてメグをじっと見つめ、口を開いた。

「……欲情した?」

「だから! お前はなんでそうなんだよ!」

 無感情に見えるマツリの心臓は、その時確実に火照ほてってうるさく鳴っていたのだが。

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