10

「これから……どうしよう」

 夜も深まったころ、ベットの上からマツリが呟く。

 メグは目を開けて、ベッドに背を向けたまま唸った。

「探すしかねぇだろ」

「え?」

「お前の父親」

「お父さん……」

 マツリは少しだけ顔を曇らせた。

「お前がブラックカルテじゃないって、証明するにはもうソレしかないだろ」

「……でも」

 ――国光が探して、何の情報も得られていない現状なんだよ。実の娘を餌にしてもなお。

 そう言おうとしたが、虚しさがこみ上げてきてマツリは口をつぐんだ。

「それから、椎名に調べてもらってる事があるんだ」

「なにを?」

「……いや、それは個人的なもんだ」

「…………」

「変なことじゃねぇぞ」

「何も言ってない」

 ――いや、この間でありとあらゆるものを想像しただろ。

 メグはため息をついた。

「……私は」

「ん?」

「あの工場を調べたい」

「え?」

「あそこの謎を解かないと、……お父さんには、会えない。と思う」

「謎?」

「メグはあそこがなんの工場か、分かる……?」

 問う。

「……いや」

「私も。分からない」

「なんだそれ」

「あそこじゃ何も作れないってことしか、分からない」

 メグは首を傾げた。マツリが何を言おうとしているのか良く分からなかったのだ。

「それから……――」

 ――あのベコベコになった壁と機械は、どうしてああなったのか。

 口に出せず、マツリはぎゅっと肩を抱いては首を振った。

「なんだよ」

「……忘れた」

「はぁ?」

 メグは呆れた声を出した。

「でも……工場、調べたいの」

「まぁ……。そうだな。あの廃工場がなぜか潰されることなくあそこにあり続けるのも、変な話だからな」

 ――変なのは、あの、へこみだよ。

 言えない。

 怖くなった。思い出すと、再び自分が怖くなった。

 ――化け物なんだろうか。異常なんだろうか。私は、なんなんだろうか。どうして、誰も何も言ってくれないの。

「…………マツリ?」

 ――どうして、否定してくれないの。

 私が化け物なんだったら。私が、私の手が、何色に染まってるのか、どうして誰も、教えてくれないの。


「マツリっ!」


「!」

 はっとした。

 気が付くとメグがすぐそこにいて、顔を覗きこんでた。

「……っ」

「すごい汗だぞ」

「……暑いからだよ」

「嘘つけ」

 マツリは時々絶対に嘘だと分かる嘘をつく。メグは眉根を寄せた。

「熱は……」

 メグが何気なくおでこに触れた。その瞬間。


 バシ!


「!」

 いい音が鳴って、メグの手にマツリの手が重なった。

「マ……」

 どきっとした。

 マツリがまた、泣いている。

「どうした……?」

「……怖い」

「え?」

 左手は疼いてはいない。けれど彼女は恐怖を訴える。

「怖い」

「…………」

 言葉がうまいことでなくて、メグはただマツリの額に温かい手のひらを添え続けた。


 夜は落っこちるように、今日を掻き消していく。

 何がそこにあるかもわからない、いっそそんな闇だったら。どれだけ楽だろう。

 うっすらと見える自分の姿が、異形。それが恨めしい。

 何も掻き消してくれないくせに、意識は落ちるように無くなっていく。

 住宅街の静けさの中、いつのまにかマツリはぐっすりと眠りに落ちてしまった。



 同刻。

 夜の闇の中、マツリの家を見上げる者の影が深いため息をついた。

「……変わらないものだな」

 そう呟いて、その者はその場を立ち去っていった。



 第15話 終

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