8
「ただいま……」
マツリが呟いて家の敷居をまたぐと、メグも一瞬躊躇い顔をして家にあがった。
警戒のため電気も付けず、そろりとマツリの部屋までたどり着くと、二人は砕けるように座りこんだ。どっと疲れが身体を襲ってきて、しばらく放心する。
「……平気か」
「うん……」
「国光で何されたか……訊いていいか」
「……PPPっていうの、やったよ。ノイズを入れるってやつも。それから、記憶の……――」
「……掘り起こされたのか」
メグがぐっと拳を握ったのが分かった。その経験はきっとメグにとっても
「ううん。途中まで。……私、なんか進まないみたい」
「…………」
「よっぽど思い出したくないものが……あるんだろうね」
マツリが悲しい顔で笑い、俯いた。
「……思い出せねぇなら、いいだろ」
「うん……」
涙が出そうだった。
「でも、知りたいから……」
声が揺れた。
「自分のことも、お父さんのことも、知りたいからあの場所へ行ったのに。メグを国光から解放したくって、行ったのに……。私……なんにもできなかった」
得た答えは、結局、正体不明の沈黙だけだった。
「メグ」
マツリは黙ったままのメグを見つめた。薄闇の中でかすかに見えるその顔は、相変わらず可愛らしい顔で、ずっと頭で描いていた顔で、胸が苦しくなった。
「ごめんね……」
「謝るなよ」
「違う」
泣きそうだった。
「違うの……ごめん……」
俯いたマツリの結われた髪が揺れた。なんで謝ってるのかも、マツリ自身分からなかった。ただ、無力さと不安でどうにかなってしまいそうだった。それが、
「……メグ?」
マツリは再び顔を上げた。メグが急に立ち上がったのだ。
「相変わらず、
「メグの部屋だって変わらないでしょ」
「いや、なにかしら無駄なものはあるぞ。此処よりは」
「……やらしい雑誌とか?」
「ねぇよ!」
そんなに怒らなくても、とぼんやり考えながら、マツリは
「疲れた……よな」
「……んー」
あの施設からここまで、数時間かけて歩いて帰ってきたのだ。全身が気だるく、ひどい眠気だった。
「しゃーねー。俺は一階借りるぞ」
「あ、布団あるよ」
マツリは押入れから布団を引きずり出すと、ばさっと床に落っことした。
「……一階っつっただろ」
「此処で寝なよ」
「手は繋がねぇぞ……」
距離を取る。
「じゃあ、今繋いで」
「はぁ?」
「……っとに」
バシっとメグがマツリの手を握ると、またしてもマツリは繋いだその手を見つめて黙った。メグもつられて黙りこむ。すると彼女の大きな目から、一つ、二つ、大粒の涙が落ちた。
「マ……っ――」
ドキッとした。彼女の顔は無表情に近いのに、丸い眼から大粒の涙がどんどん溢れ出ていた。
――メグの手は、あったかくて、苦しい。
だからかな。なんでだろう。
本当は怖かった。
あの場所で鉄格子から見える月を見るたびに、泣きそうだった。
目が覚めて、手に温もりが残ってないことが悲しかった。
この手がメグと繋がっていないことに、
メグの手に触れたいと、願った。
こういう感情がなんなのか、分からないけど。
どうしても込みあげてくるこの熱い涙を、マツリは止めることができなかった。
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