「じゃあっ、私家に帰るね!」

 とある交差点まで来ると、リョウは立ち止まって一歩下がった。

「平気か、十一時まわってるぞ」

 メグがそう言ったが、彼女はただ笑った。

「マツリ!」

 リョウがマツリに呼びかける。

「リョウ……今日は本当に……――」

「いづみが、待ってるからっ!」

「!」

 いづみの名前に、はっとした。――あぁ、そうか。いづみもきっと心配してくれていたのだ。

 無性にいづみに会いたくなった。あの日以来会えていない親友に。

「もう、いなくならないでねっ」

「……うん」

「もしいなくなっても、何度でも迎えにいくから!」

「……リョウ。今日、どうして来てくれたの?」

 ――ブラックカルテの事も、私のことも、殆んど知らないのに。リョウには何も関係ないのに。

 国光相手にわざわざ危ない橋を渡るなど、不思議で仕方なかった。

「友達だから!」

 リョウは迷うことなく言い切る。笑顔で。

「いづみも苦しんでて、マツリも攫われたんじゃ、こりゃもー動くしかないでしょ!」

「……リョウ」

「それに私は、そうしないと、生きていけないからっ」

 ――まただ。この女。前にも同じ台詞を言っていた。

 メグはじっとリョウを見つめた。言葉の真意が読めなかったからだ。

「決めたことをやり遂げないと。私、生きていけないから」

「……リョウ?」

 少しだけ陰った彼女の笑顔に、マツリはドキッとした。

「じゃっ、また! できたら学校で! あ、いづみに連絡してあげてね!」

「あ、うん」

 ひらりと手を振り走り去っていった彼女を見送りながら、残された二人は沈黙した。

「……フードかぶれ。行くぞ。」

 メグがそう言って帽子とマスクをつけると、歩き出す。

「リョウって……今日、自分から来るって言ったの?」

 マツリはパーカーのフードで頭を隠しながらメグを追いかける。

「あー。聞かねえから。何が何でも自分もマツリを迎えにいきたいって。……でも、実際助かった」

 メグが立ち止まって、再びリョウの背中を見た。

「あいつ、爆薬の調合とか妙に手際良かったし。つか、あの爆弾のアイデア自体あいつだしな」

「へー……すごいね」

「ゲリラ戦なら任せて、みたいなこと言ってた」

 ――そういえば中学の時そうとうワルだったっていづみが言っていたな。なるほど荒事あらごとはお手の物ってことですか。

「……ありがとう」

 マツリはぽつりと呟いて、彼女の金髪が小さくなってくのを見つめた。

「行くぞ」

 なかなか動こうとしないマツリに、メグはマツリの手をぐっと掴んで歩き出す。マツリはただ黙って手を引かれ、掴まれた自分の手をじっと見つめていた。

 ――前を見ろ。

 頼りない足取りに、メグは息をついた。

「お前、本当の家の住所、国光に言ってないよな」

「……うん」

「俺の家は国光の監視下だからな。とりあえずお前の家行くぞ。お前の住所は椎名も偽装してくれてるから、逆に安全……――」

「……」

 マツリが呆けたまま引きずられるように歩くので、さすがに重くなってきたメグは振り向いてマツリを見た。

「お前な……」

「メグ」

「あ?」

 マツリはまだ手を見つめていた。

「手」

「……あ。や、わりぃ……!」

 メグは慌てて繋いだ手を解こうとした。けれど、放せなかった。マツリがしっかりと掴んで放さないからだ。

「……っ……おま……ッ! なぁ!!」

 暫くメグが何か言いたそうに、何度も言葉を噛み砕いた後、ついに諦めたように大きなため息をついて、再びマツリを引きずって歩きしたのだった。

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