「……はぁ……はぁ……」

 暫らくの間、マツリは息を切らして絶句していた。

 薄暗く汚れた水路の丸い空洞。そこに息を切らして屈んだメグが、そしてニコニコしているリョウが居て、マツリはただ目を丸くするしかなかった。

「……ゆっくりしてらんねぇ。行くぞ」

 息を整えたメグが立ち上がってマツリに靴とパーカーを放り投げ、歩きだす。

「あれーっ、感動の再会の挨拶もなしー?」

 リョウは笑ってメグを追いかけた。

「マツリ! 早く来い!」

 メグはリョウをシカトしてマツリを呼ぶ。マツリは目を丸くしたまま急いでぶかぶかな靴を履き、メグとリョウを追って駆け出した。まだ足の裏がビリビリしていた。

「大変だったんだよー」

 リョウがへらっと笑った。

「小型の爆発物調合してさー。職員っぽい人からパスカードパクるために張ったりさー?」

 それをさらりとやってのけてしまう二人に少々疑問を覚えつつも、マツリは二人が苦労をして迎えに来てくれたのだと理解した。

「でも、本当に無事でよかった!」

 にこりと笑うリョウの笑顔と金髪が、暗闇でも輝いて見えた。

「……うん。ありがとう、リョウ」

 マツリもつられて微笑み、頷いた。

「マツリ」

 メグが振り向かないまま声をかける。一刻も早く遠ざかりたいのだろう。小走りで追いつくのがやっとだった。

「あいつ、誰だ?」

「え……?」

「俺の後ろから来たやつ」

「ドリー……」

 そういえば、なぜドリーはあの場所に来たのだろう。どこからともなく来て、そして……。

「化け物……、あの男を食ってたな」

「あ、違うの、ドリーは……」

 一瞬、メグの表情が曇ったように見えて、マツリは慌てて駆け寄った。

「ドリーは記憶とか、知識を喰べる化け物が頭にいて……」

「……は?」

 メグは立ち止まって、マツリをじっと見た。

「新種のブラックカルテで……知りたいと思った事を、根こそぎ食べちゃうんだって、言ってたよ」

「なんで知ってんだよお前」

「本人に聞いた」

 呆れる。あの場所で友達作ってたのか、こいつ。

「……じゃあ、あの時喰ったのは」

「多分、あの時メグの正体を知りたがってたから、侵入者の存在の記憶だと思う」

「……そりゃ、助かったな」

 メグは少しだけほっとたような顔をして、再び歩き出した。リョウは何の事だかわからず、首を傾げながら黙って二人についていく。

「あいつ以外に、俺は誰にも見られてねぇからな。カメラがある所は布を被って顔が映らねぇようにしたつもりだ。あいつが俺という侵入者の事を根こそぎ忘れたってんなら、好都合このうえねぇや」

「……うん」

 マツリは頷きつつ、ドリーのことを気にしていた。

 あの時、後ろのほうで誰かの――おそらく河口の、倒れる音がした。それからドリーが自分を呼んだ気がした。

 ――ドリーはどうなったんだろう。河口さんは怪我をしていないだろうか?

「とりあえずは此処から逃げるぞ。足がつかねぇように身を隠す」

 どうすればいいのか皆目見当もつかなかったけれど、メグがまっすぐ前を向いて迷いなくそう言うので、マツリはコクリと頷いた。

「うん……」

 そんな二人を見て、リョウはにっこりと笑って「うんうん」と頷いた。

「しかし……、あまりにも上手くいったな」

 あっさりと。国光らしくない。

「……今日は、時雨さんも、松田さんも、いなかったから」

「…………」

 メグは考え込んだのか、何も答えず、まっすぐ前を睨んで歩みを速めた。マツリは頭を傾いだが、ふとあることに気づいた。

「……あれ。ねぇ、椎名先生は?」


 椎名がいない理由を聞かされながら、マツリ達は相当長いこと歩いて自分たちの街へと戻ってきた。

 その頃には日が暮れて、もうどっぷりと夜は更けていた。

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