真夜中になって、マツリは再びドリーのもとを訪ねた。頭の中がぐちゃぐちゃでうまく寝付けず、かといって一人では思考がまとまらなかったからだ。

「メグ?」

 メグと会ったことがあるかと尋ねると、ドリーは首を小さく傾げた。

「あぁ、ヌメロウーノ? 会ったことないけど、知ってるよ。有名だから」

 その呼び方は、聞きなれなくて耳が痒かった。

「有名?」

「いろんな意味でね」

 彼は意味ありげにふっと笑った。

「同じ学校だったんだっけ? ……親しかったの?」

「うん……」

 小さく頷く。

「ふーん。すげぇ。こっから出て普通の人間と友達になろうって気持ちが分かんないや」

「……メグも、周りを拒んでたよ」

「そか。君だからか。そういや俺も君とはわりかし仲良くしてる」

 彼は気がついたようにそう言って笑った。

「メグは……同じブラックカルテなのに、どうして学校に行けてるの?」

「あぁ、楓が昔騒いでたね」

 楓を思い出し、少しだけ心臓がきしんだ。

「実験だよ」

「え……?」

 意外な答えだった。予想できなかったわけじゃない。だけど、それは無いと思ってた。

「ブラックカルテが普通の学校に行ったら、集団生活をさせたら、どういうことになるか。そういう実験」

「……でも。メグは……」

「ブラックカルテであることを隠さず、色んな人間に化け物見せては、傷つけてる?」

「……ッ」

 心当たりはあった。

 マツリと話すようになる前のメグは、不良やストリートギャングに絡まれるたびに、化け物を使って人を傷つけていた。誰も寄せ付けず、かといって、特異な変異をこそこそ隠す様子はなかった。国光によって口止めをされていなかったということだ。

「そうなんだ」

 ドリーは少々呆れ顔を見せて、図星をつかれたマツリを見透かした。

「今は、そんなこと……」

「そう」

 それ以上、何も言えなかった。変にかばう言葉は、嘘になりそうで。

「でも……実験なら、どうして国光は……」

「そうなった時点でメグを連れ戻さなかったか?」

「うん」

「それが、実験だからだよ」

 ドリーはなんてことない顔で、つらつらと告げる。

「ブラックカルテは、いかにして人を襲うのか。化け物に引き裂かれた人間はどうなるのか。ブラックカルテが社会生活を通して精神的に成長すると化け物に変化が出るのか、そういうありとあらゆる面で、放し飼い状態のブラックカルテを研究するんだって」

 マツリは微かに嫌悪をあらわにした。一般人を巻き込んで、傷つけて、それを観察するなんて、非人道的だ。

「メグが自由に行動できる範囲は、国光が深く関わる施設や町だけだし……監視役はもちろん付いてる」

「それ……。それじゃ、メグは……自由になんか……なってないんだね」

 メグの抱えていた事情や、環境を思うと果てしなくて、マツリの声はしぼんでしまった。

「……そうだよ」

 あたりまえだ、と言う顔をされた。

「ヌメロウーノなんてブラックカルテの中じゃ一番研究も進んでて、施設内でできる実験はしつくされたんだよ。だから外に出されて研究されてるんだ。ただ、一人だけ」

「それでも、まだ此処に……繋がれてるんだね」

「うん。そうなるね」

 ドリーはにこっと笑った。眼鏡の奥の瞳の柔らかさ。どことなく気品のある笑顔だった。

「羨ましいな。俺、絶対此処からは出られないから」

「……え?」

「俺、他のブラックカルテとは違う特殊な化け物、飼ってるからさぁ」

「……記憶を消し去る?」

「そう。だから、俺。死ぬまで此処にいるんだ」

「………………」

 そんな。

「そんな顔するなよ」

 はっと笑ったドリーが、悲しく見えた。

「メグも……」

「死ぬまで国光からは離れられないね」

「……そんな」

「運命だよ」

 そんなの。

「信じない」

「俺も信じたくはないね」

「絶対……」

 ポツリと呟き、マツリはぎゅっと眉を寄せた。

「絶対。国光から……メグを解放してもらう」

 言い切って俯いた。ドリーは何も言わなかった。


 ――無理だと思っただろうな……。

 でも、それでも諦めたくなかった。

 だって、メグに幸せになってほしい。心から笑ってほしい。

 もっと優しさに触れてほしい、もっと皆にも理解されてほしい。

 傷ついてほしくない。怯えてほしくない。嫌いになってほしくない。


「マツリは……、ヌメロウーノが好きなんだね」

 ドリーは穏やかに目を伏せてうっすらと微笑んだ。

「幸せだね。メグ……とやらは」

「え?」

「だって、こんな化け物になっても、愛してもらってるんだ」

 微笑んだドリーは、本当に優しい顔をしていた。

「救われてるよ」

 マツリは何も言えなくて、ただ、俯いたまま黙った。

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