7
――あと三日で、メグは迎えに来る。
洗い立ての白い服を着ると、マツリの一日が始まる。
「松田さんは……」
部屋から出ると、いつもそこにいる松田がおらず、河口という男がマツリを待っていた。
「喋るな」
彼は短くそう言うと、マツリから目を逸らしスタスタと歩きだした。なんだか怒りっぽい人だな。と、マツリは言われた通りに黙り込んだ。
「今日は、脳の検査だ。ノイズを入れる」
「ノイズ……」
説明は不十分だったが、それ以上のことを聞くこともできず、言われるがまま無機質な台の上で横になった。大きな機械が横にあって、静かにウィンと唸る。
ほどなくして暗い闇が始まった。どうしようもない沈黙に包まれる。ぼんやりとして、意識がまとまらない。何かを考えていないと、消えてしまいそうだった。
――お母さん。
呟いた。
だけど、誰も目の前には居なかった。
――お父さん。
呟いた。
だけど、姿すら、頭を過ぎらなかった。
痛い。辛い。悲しい。苦しい。そんなの、一生感じない体になればいいのに。昔。そう思ったことがあった。でもそれと同時に、嬉しい。楽しい。幸せ。そんなことも、感じられなくなるんだろうな。
私はずっと何が苦しいのかすら、分かってなかった。だから、なにが幸せなのかも、分かってなかった。
そうか。だからだ。
だから私は、自分がおかしいんじゃないかと疑い続けてきたのだ。この手で母親を殺しかねないような人間なんじゃないかと、怯えてきたのだ。
楓みたいに感情の波が激しいわけじゃない。メグみたいに他人の感情に敏感なわけでもない。いづみみたいに、感情豊かに何かを捉えることもできない。
――無感情だからこそ。人間としては、壊れてるんだ。
「なんなんだよ、こいつ」
モニターを見つめる河口がひとり、呟いた。
「コイツ自体が、化け物なんじゃねぇのか……!」
***
「また、か」
「はい」
タブレット端末に表示された報告結果に、時雨は顔をしかめた。
「……ご苦労」
「いえ。失礼します」
河口は軽く頭を下げ、井上と
時雨は画面に映し出される数字の
「……またか」
綺麗に同じ数値が列をなして並んでいる。
ノイズの挿入とは、特定の感情を引き起こす『感情のノイズ』と呼ばれるものを無理やり脳に送り込み、脳や神経、身体の反応を見る実験だ。それに対してこの数値が示す結果はひとつ。
「なんの感情にも、反応しない……?」
いや、むしろ、数値は普通より少し高い位置で一定の値を刻んでいた。反応していないわけでない。しかし、人間として高ぶるべき感情にも、一定値をキープしている彼女の脳に違和感を感じた。
――なんなんだ彼女は。
今までのブラックカルテに見られるような結果は決して見られない。むしろその逆だ。だけど、これは
「……彼女自体が、化け物か……?」
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