あと二日。指を折る。


「記憶を、掘り起こす?」

 今日の検査についてマツリが聞き返すと、松田は微笑んで頷いた。

「そう。ちょっと、脳にも身体にも負担が掛かるんですけど」

「……どう、やって……?」

 そんなことが可能なのか。聞いたこともない。マツリはいぶかしみ、不安そうな顔をした。

「メカニズムは極秘なんです。すみません」

 心臓がうなり始める。

「最初から最後まで、全部掘り返されるんですか」

「いや、そうはならないと思いますよ。ただ、一番反応数値が高かった期間の記憶だけは投薬も行ってつまびらかにすると思います。ブラックカルテが発生するのは、何らかのきっかけがあってのことが多いので、発生の原因を調査するための検査なんですけど。マツリさんの今までの検査結果から、現段階で必要と判断しました」

「……そう、ですか」

「マツリさんの頭の中では、走馬灯のような回想が強制的に行われると思います。人によってイメージが見えたり、声だけが聞こえたり、反応は違うんですが」

「……それって。嫌なこととか、思い出したくないこととか、忘れてたこととかも全部、思い出しちゃうんですよね」

「そうなりますね」

「…………分かりました」

 マツリは頷いた。そして、「ついに、来た」と思った。

 拳を握る。これは、マツリ自身が最も恐れていたこと。でも一番確かめたかったことだった。


 早々に。マツリの心の準備など待たず、実験は静かに始まった。

 横たわるマツリの体中に取り付けられた測定器が、河口達が見つめるモニターに数値を送る。彼らは嫌な予感を直視しないようにして、その画面を睨み続けた。

「……反応、しませんね」

 松田が顔をしかめる。懸念は的中した。一時間たっても何も起きない。

「緑堂、手順間違えたんじゃねぇのか?」

「そんなミスはしません」

 緑堂は表情を変えずに河口の疑心をバッサリ切る。

「そろそろ、反応し始めてもいいのに……」

 松田が心配そうな顔でマツリを見る。静かに目をつむって微動だにしない彼女は、いっそ死んでるようだった。

「……考えられる原因は」

 河口が問うと、松田はあごもとに手をやりながら答える。

「プログラムに破損があるか。彼女の脳に問題があるか。……どうしても、思い出したくない何かがあるか」

「思い出したくない記憶……? 拒絶反応ってことですか」

「そういうことも稀にあるようです」

「もしそうだとしたら、なかなか頑固な娘ですね。……仕方ない。もう暫らく待つか」

 河口がため息をついた。いちいち鈍感だ。時間がいくらあっても足りない。

 じりじりする時間の中、河口はもう一度モニターされた数値を見た。

「……こいつの脳」

 河口が呟くと、緑堂が振り向く。

「微弱だが、だんだん反応が強くなっていく」

「確かに。緩やかなクレッシェンドですね」

「あぁ。それも一定に」

「……奇妙ですね」

 二人は眠るマツリを見た。穏やかな顔だった。

「記憶の掘り起こしは、何故か停滞してしまっているのに。感情だけが高ぶっていくなんて」

 ――何だ。この女は。

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