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「……珍しいね。こんな時間に」

 キィ、と椅子を鳴らして椎名が言った。いつもと同じ、嘘みたいな笑顔で笑う。

「どうしたの……? 高橋さん」

 いづみだった。誰もいなくなった校舎の暗い廊下から薄暗い保健室へやってきたのは。

「話、聞きたくて」

「……やつれたね」

 いづみはいつもとは違う空気をまとっていた。思いつめたような顔をして。

「そうですか」

 いっそ、泣きそうだった。

「かけていいよ」

 ソファを指さして椎名は小難しく微笑む。

「……で」

 きしむ椅子、床を滑らせる。

「話って?」

「国光と……その、化け物のこと」

「なるほど」

「……眠れないんです」

 それは、いづみの赤くなった眼を見れば一目瞭然いちもくりょうぜんだった。椎名は口を閉ざす。

「目をつむったら、メグの手の化け物が揺れてて、マツリを……飲み込んじゃうの」

「……怖い夢だね」

「怖いです」

 いづみは震えていた。怯えきっていた。反芻はんすうすればするほど、それは彼女の心をおびやかすのだ。

「あの、場所が、国光が、……化け物も、血も……!」

 椎名はじっといづみを見つめ、息をついた。


「……君はアレに触れるには、あまりに正常すぎた」


 人間は、壊れるものなんだよ。

 誰かが言ってた。


 第12話 終

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