第13話:サイコロジカル・ピックインサート・プログラム

 なにから話そうか。


 静かな青い光と、薫る珈琲コーヒー。夜を迎えた保健室の静寂を破る。

「……グラックカルテ」

 いづみは椎名と目を合わせないまま呟いた。

「ブラックカルテの……化け物が、マツリの中にもいるって、あの人が言ってました」

 椎名は何も答えずに、続くいづみの言葉を待った。

「マツリのお父さんの居場所を、知りたがっていました」

 意を決したようにいづみは息を吸い込んだ。そして微かに睨んで椎名を見上げる。

「マツリは、国光の……なんなんですか」

「……研究者の、娘だよ」

 椎名が正直に答えると、いづみはあからさまに嫌悪感を示した。

「……嘘」

「真実らしいね」

「あんな研究所にいるような人間が、マツリのお父さんなはずない」

 ――まるで家畜の検査のようだった。

 思い返せば思い返すほど、あの場所の異常さに吐き気をもよおした。それが、あの研究所のほんの一角であるにもかかわらずだ。

「マツリのお父さんは、どうして国光に探されてるんですか」

「……正常な人間なら、あの場所はどう見える?」

 椎名の問いに、いづみは少しだけ表情を和らげた。

「異常だわ」

 笑ったようにすら見えた。

「みんな、頭おかしいわよ……!」

「……そうだね」

 椎名も静かに微笑んだ。

「だから、きっと彼も、あの場所を去ったんだろうね」

 いづみはぎゅうっと拳を握りつぶした。

「ブラックカルテって、皆メグみたいな化け物が体内にいるんですか」

「皆ではないね。けれど、過去の症例をかんがみるとその可能性が高い」

 その口ぶりは、彼や国光が「化け物」などというオカルティックな事象に深く関係してきたことを物語っている。いまだに現実味がないが、どうやら全て本当のことらしい。いづみは眼を細めた。

「メグの左手には、恐怖を喰おうとする化け物が住んでいる」

「恐怖を食べる?」

「あの白い化け物はメグに恐怖を抱いた人間だけを襲うんだ。それこそ、喰らうように、牙で噛みついて」

 ぞっとした。

「それが、暴食衝動タイプの変異。メグの次に現われたブラックカルテも、そうだった」

「……他にもタイプがあるんですか」

「症例は二件しかないけれどね。特定の感情に反応して、身体の形が変形するタイプがいる。……体から何かが生えるとか、そういう風に説明したほうがいいかもしれない。見たことはないけどね」

「……なにそれ」

「どれもこれも、人知を超えるということは確かだよ」

 想像しようとしてみたが、現実感がなさ過ぎた。バカげた妄想になりかけたので、いづみは思考を停止した。

「十三人いるブラックカルテのうち、もう四……、五人は死んでいる。一人だけ行方が分からず、国光が必死に探してる。……で、その候補として、マツリに目をつけたってわけ」

 いづみは眉間にしわを寄せ、椎名の瞳に問いかける。

「マツリは、行くんでしょう……? 本気で、あそこに」

「……らしいね」

「はは。いくら止めても、あの子は止まらない気がしてた」

 いづみは失望したみたいに俯いた。

「頑固だよね」

「まったくだわ」

 怒っている。泣いている。どこにぶつければいいか分からず、いづみの感情は頭の中で渦を巻く。

「十日で。帰ってくるって、言っていたよ」

「……嘘」

 いづみは俯いたまま否定した。

「嘘はつかないと思うよ」

「可能性の問題だと思います」

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